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第8話 魔王様、降臨?

「どういうことじゃ? きちんと説明せよ、タット」


 姉と仲間を助けてくれと言ったタットは目に浮かんだ涙を腕で拭い、ぽつりぽつりと話し始めた。


「はい……。実は姫様が連れて行かれた後、皆で結集して姫様の救出に向かおうとしたんです。そうして、人間領に向かったのですがその時に運悪く盗賊団に見つかってしまって」


「そうか。それで君の姉さんたちは捕まってしまったのか」

「ええ。奴ら、奴隷錠を持っていたんです。姉様が隙をつくってくれて僕だけは何とか逃げ出せたんですが……」

「……なるほど」


 かつて、魔族と人間の力関係は対等に近いものだった。

 その拮抗状態を崩したとされているのが、近年人族によって開発された奴隷錠だ。

 装着した魔族の力を封じ、無力化する首輪。


 ――まったく忌々しい。


 前にメルがそう言っていた通り、魔族にとっては忌まわしい首輪以外の何物でもないだろう。


 メルの話によれば、魔族の中で奴隷錠を解除できたのは先代の魔王ただ一人だったという。

 その先代魔王が倒れてからは魔族が次々に淘汰されていったとか。


「盗賊団は、魔族を捕らえて売りに出す奴隷商人と繋がってるみたいなんです……」

「ふむ。それならすぐには動けんと思うが……」

「よし、助けに行こう」


 タットから話を聞くと、捕まったのは昨日とのこと。

 であればメルの言う通り奴隷商人に引き渡すまでにまだ時間はあるだろう。

 すぐに向かえば助けられる可能性は高い。


「あ、ありがとうございます、魔王様!」


 俺たちは頷き合い、獣人たちが捕らえられているという盗賊団のアジトに向かうことにした。


   ***


 陽も落ちて辺りが暗くなり始める中、俺たちはタットの案内を頼りに人間領へと足を進めていた。


 獣人族が持つ嗅覚は人間のそれよりも遥かに敏感だ。

 連中の匂いを一度嗅いでいるタットは、盗賊団のアジトの場所も突き止めることができるというわけだ。


「そういえば、魔王様はなんでこの地に?」


 鼻をひくひくとさせて歩きながら、タットが俺に聞いてくる。


「ああ、それは――」


 俺は実家を追い出されたことがきっかけでメルと出会い、ここまでやってきたことを掻い摘んでタットに説明した。


「なんと……、そんなことが……」


 タットは事の経緯を聞いて声を漏らす。

 頭から伸びている獣耳が力無く垂れて、本気で悲しんでくれているらしい。


 メルもそうだったが、人間の俺に対しても同情してくれるんだな……。

 歩きながら、そんなことを思う。


「そういえば、タットは俺が人間なのに平気なのか?」


 タットは始めこそ俺に襲いかかってきたものの、今は普通に話をしてくれている。

 これが人間であれば、魔族と会話しようなどと思わないだろうが……。


「確かに、姫様を連れて行った人間のことは嫌いです。でも、人間の中には色んな考えを持つ者がいると、姫様がいつも言っていました。そんな姫様が一緒にいる人ですから、きっといい人なんだろうな、って」

「……そうか」


 タットの言葉を受けてメルを見ると、どこか誇らしげな笑みを浮かべている。


「それに、さっき使われていた魔法は僕たち魔族の王になるべき者が使う伝説の禁呪です。だから、先代魔王様の代わりとなってくれる新しい魔王様がついに現れたんだと思って。もっとも、最初はスライムを人質にした人間がまた攻めてきたんだと思って襲っちゃいましたけど……」


「いや、別に気にしてないよ。それにタットはメルのために怒ってたんだろ? 確認はするべきだったかもしれないけどその想い自体はとても大切なものだと思う」

「魔王様……」


 人のために怒れるのは立派なことだ。

 俺はそんな考えを浮かべてタットの頭を獣耳ごと優しく撫でる。


「それから、俺のことは魔王様じゃなくて名前で呼んでくれないか? 魔王になったわけじゃないし、なんというか、少し恥ずかしいんだ」

「かしこまりました! それでは……」

「ベゼルだ。ベゼル・カーベルト」

「はい! ベゼル様!」


 様付けされるのも少しくすぐったいんだが……。

 くりくりと輝くタットの目を見るとそれ以上言うのもはばかられる。

 メルからも様付けで呼ばれているし今更か……。


「くっく。可愛いもんじゃろ、ぬし様よ?」


 まあ、メルの言うとおりだ。

 耳をピンと立てて興味津々に目を向けてくるタットは、レネとはまた違う可愛らしさがある。


 魔族が悪だという人族の教えを、それだけで覆したくなるほどに。


「そういえば、姫様とベゼル様はどういう関係なのです? 会って数日だとお聞きしましたが、なんだかとても仲が良さそうな……」

「うむ。一晩を同じ寝具で共にした仲じゃ」


 ――おい。


「え? それって……。わわわっ、失礼しました!」


 タットも意味分かるのかよ……。

 なにやら盛大に勘違いされてそうなので、俺は赤面しているタットに向けて訂正しておく。

 いや、一緒のベッドで寝たのは嘘じゃないかもしれないが……。


「む。そろそろおしゃべりは終わりのようじゃ」


 メルが何かの気配を察知したのか立ち止まる。

 そこは魔族領から僅かに外れた人間領の僻地だった。


 そこは小さな盆地のようになっていて、焚き火を中心に男たちが数人、そして外れた所に捕らわれた獣人たちがいるのが確認できる。

 獣人たちは奴隷錠を付けられている他、手足を縄で縛られていた。


 盗賊たちは酒盛りでもしているのだろう。

 ゲラゲラと笑いながらやかましく騒いでいるのが聞こえてくる。


「いやー、しかし今回は大収穫でしたね、お頭」

「ああ。まさかこんな所で獣人族の奴隷が手に入るとはな。男のガキは一匹逃しちまったが、まあ女どもの方が高く売れるしいいだろう」

「ですね。獣人の方が良いってモノ好きも王都には多いですから」

「あとは明日来る奴隷商の野郎に引き渡せばガッポリ一儲けだ! これも日頃の行いが良い証拠だな! クハハハハ!」


「……」


 ――よし、あいつらはぶっ飛ばしていいな。


 今すぐにでも飛び出したいが、下手に突っ込んで獣人たちを人質に使われたら厄介だ。

 チートマジックを使えば奴らには勝てるだろうが、捕らえられている獣人たちも可能な限り安全に助けたい。


 どうしようかと悩んでいると、腕の中にいたレネがプルプルと震えだした。


「ポッポヨ!」

「くっく。レネも役に立ちたいそうじゃ」

「そうか。レネなら奴らに気付かれず獣人たちのいる場所まで近づけるかも。レネ、頼んでいいか?」

「ポヨ!」


 レネはやる気に満ちた目で元気よく返事をした。

 念の為、俺はいつでも強化魔法をかけられるよう準備してレネを送り出す。


 レネは夜の闇に上手く溶けて、盗賊たちに気付かれないよう獣人たちの背後から忍び寄る。

 そして獣人たちの近くまで行くと、縄を解くために噛じり始めた


 ――ガジガジ、ガジガジ。


 獣人たちは一瞬驚いたようだったが、レネが仲間だと気付いたのか素知らぬ顔で縄が解かれるのを待っていた。


 そうして、最後の獣人の縄を噛み切った時だった。


「おい、何だそのスライムは!」

「ポ……!?」


 ――くっ、気付かれたか……!


 盗賊の一人がレネを見つけ、その仲間も獣人たちの縄が解かれているのに気付いたようだ。

 レネを攻撃しようと刃物を抜く者もいた。


 なら――、


「強化魔法! 対象レネ!!」


 俺はレネに向けて強化魔法のチートマジックを放つ。

 そして、それを受けたレネはどんどんと膨れ上がり、巨大なスライムと化した。


「な、なな、なんじゃぁあああ! この化け物スライムはぁ!?」

「ポヨー!!」


 巨大化したレネにのしかかられ、盗賊たちのほとんどが下敷きになる。

 のしかかられた盗賊たちは呻き声を漏らすと、白目を向いて気を失った。


「チィッ……!」


 しかし、レネの攻撃を躱した一人が獣人たちの方へと駆けていく。


 ――人質にとるつもりか……! そうはさせるか!


極大黒炎魔法(ヘルフレイム)!!」


 俺は盗賊と獣人たちの間に黒炎魔法を放つ。

 激しい火柱を目の当たりにして腰を抜かす盗賊。


 俺が近づくと、その盗賊は愕然とした表情で見てきた。


「気絶した仲間を馬車に乗せて、すぐにここを立ち去るんだ。そして二度と魔族を捕らえようなどとするな。でないと……」

「は、はぃいいい! 言う通りにしますぅううう!」


 盗賊は情けなく泣き叫んだ後、仲間を乗せてそそくさと馬車で逃げていった。

 まあ、あれだけ怖がっていたらもう手出しはしてこないだろう。


「す、凄い……。ベゼル様は本当に強い……」

「くくく。流石ぬし様じゃの」

「ポヨポヨ!」


 瞬時に獣人たちの防御に回っていたらしいメルとタットが口々に感想を漏らしていた。


「あ、あなた様は……」

「良かった。皆さんを助けられたみたいですね」


 信じられないような表情を浮かべ、捕らえられていた獣人が俺に近づいてくる。


「みんなも見たでしょう? あの魔法を! ベゼル様は新しく魔王様になられたお方なんです!」

「いや、ちょっ――!?」


 タットが声高らかに叫び、獣人たちの間に波紋が広がっていく。


「おおお、魔王様が!?」

「新しい魔王様が降臨されたんだ!」

「お助け下さりありがとうございます! 魔王様!」


 そうして神でも崇めるかのように騒ぎ始める獣人たち。


 ――だから魔王様じゃないんだってば……。


 俺は獣人たちを救えたことを安堵しつつ、大きくため息をついたのだった。


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