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第7話 魔族領で出会った獣人族の少年

 陽が昇りまもなく頂点に達する頃、俺とメルは魔族領へと続く道を歩いていた。


「ポッポヨー」


 レネはといえば一日ぶりに麻袋から出られたのが嬉しいのか、いつもより大きく飛び跳ねている。


「メル、もう体は大丈夫なのか?」

「ああ、ぬし様が頑張ってくれたお陰でこの通りピンピンじゃ。本当にありがと」


 メルは大きく伸びをしながら笑ってみせた。

 心なしか顔色も良くなっているように見える。


「それにしてもぬし様よ」

「ん?」

「昨日は激しかった、の」

「……あのなぁ」


 昨日、カレイド冒険団の男に絡まれた後のことだ。



 俺はすぐにメルを宿の部屋へと運び、ベッドに寝かしつけた。

 幸い時間が経つにつれてメルの熱も下がっていって、そこまでは良かったのだ。


 夜になって、俺はふとあることに気付く。


 ――俺の寝る場所が、無い……!


 そうだった……。

 確かに俺は宿屋の主人にひと部屋借りたいと言ったのだ。

 あの時は急いでいたとはいえ、そんなことに気が回らないとは。

 よほど冷静さを欠いていたらしい。


 さっき自分への強化魔法を使った反動か、体が重いのだ。

 できれば俺も横になって休みたいところだが。


 部屋には現在メルが横になっているベッドが一つだけ。


 ――端の方なら使っても問題ないか……?


 そんなことを考えていると、ベッドに寝ているメルが寝返りを打つ。


「ん、んぅ……」


 メルの赤い髪が垂れて鎖骨の辺りが覗き、少しだけ開いた唇が妙に艶めかしい。

 それを見て、俺はメルに口づけされた時のことを思い出し……。


「よし、床で寝よう。うん」


 誰に向けてでもなく、そんなことを呟く俺。


 そうして朝、目を覚ました俺の目の前にあったのは、なぜかメルの横顔だった。

 しかも床で寝ていたはずなのに、なぜかベッドで寝ていたのだ。


 ――いや、まさかとは思うが……。


 俺はかけられていた布団をめくる。


 俺もメルも服は着ている状態だった。


「良かった……。さすがにそんなことはしてないよな……」

「そんなこと、とは?」


 俺はびくりとして隣を見ると、メルが目を覚ましていた。

 そして、妖艶な笑みを浮かべてメルは続ける。


「昨日は激しかった、の」


 血の気が引く。


 ――まさか。いや、そんなことは……。



 からかって言っただけだとメルから明かされたのは、俺がその言葉を聞いて大いに狼狽えた後だった。

 夜中目を覚まし、床で寝苦しそうにしている俺を見かけたことで、メルがベッドに引きずり込んだらしい。

 メルはからかった時の俺の反応が面白かったのか、こうしてレイスール村を出た後でも話題を掘り返されているというわけだ。


「くだらないこと言ってないで、とっとと行くぞ。もうすぐ魔族領なんだろ?」


 まあ、こうしてからかってくるのも元気になった証拠か。


 ため息をつきながらも、俺はどこか照れくさくてスタスタと先を歩く。


「ふふ。そうじゃな、魔族領まであと一息じゃ」

「ポッポヨ!」


 メルもそう言って、レネとともに俺を追いかけてきた。


   ***


「ここが、魔族領……?」

「ポヨ……」


 俺が抱えていた荷物をおろして呟くとメルがそれに答える。


「正確には、余が人族に連れ去られる前にいた場所じゃな」

「え?」


 俺はメルの言葉を受けて辺りを見回す。

 しかし、そこにあるのはただ普通の森のように見えた。


 沈みかけた陽が木々を照らしていて、どこか寂しげな雰囲気が漂っている。


 ――こんな所でメルは暮らしてたのか?


 そういえば、メルは奴隷錠をかけられる時に仲間たちを庇ったと言っていた。

 となると、その仲間たちもここにいるんだろうか?


「ああ、ここにいるはずなんじゃが……」


 俺が仲間のことを尋ねるとメルは答えながら辺りをきょろきょろと見渡している。


「もしかして、どこか別の場所に移り住んだんじゃないか?」

「いや、あれを見よ」


 メルが指差した方を見ると、新しい焚き火の痕があった。

 恐らく、メルの仲間のものだろう。


「近くにいるはずじゃ。ぬし様はここでレネと一緒に待っていてくれ」

「ああ、分かった」


 そうしてメルが離れた後、俺は腰を下ろして辺りを見回す。

 ううむ、魔族が住んでいるにしても、こんな森の中でどうやって暮らしているのだろうか?

 そもそも、俺たち人間とは生活する環境がまったく違うのだろうか?


 そんなことを考えながら膝に乗ったレネを撫でていると、


「ポ?」


 何かに気付いたようにレネが声を上げる。

 その直後、背後にゾクリとした気配を感じた。


 そして、


「姫様を連れ去った人間めぇ! 覚悟ぉ!」


 不意に大声が響き渡り、俺はその声がした方向を振り返る。

 そこにいたのは、頭から耳を生やした、獣人族の少年だった。


「くっ……!」


 俺はレネを抱えたまま咄嗟に飛び退く。

 獣人族の少年が振り下ろした木の棒が深く地面にめり込んだ。


 そうして改めて俺は少年の顔を見る。

 まだ年端もいかない、人間であれば年は10かそこらといったところだろう。


「おのれ! スライムを盾にするつもりか!」

「ポポヨ!?」

「ま、待て待て! 君は何か勘違いをしてるぞ。俺はメルを連れ去った人間じゃな――」

「うるさいっ! 問答無用っ!」


 少年は俺の言葉に聞く耳持たず、改めて手に持っていた木の棒を振り回す。

 さっきの一撃を見るに、普通の状態で受け止めるのは無理だ。


 そういえば、獣人族は小柄な見た目に似合わず強靭な力を持つと聞いたことがある。

 きっとこの少年もそうなのだろう。


「くっ、仕方ない」


 俺はチートマジックの使用を念じ、自身に強化魔法をかける。


二倍強化(ダブルフォース)!」

「えっ!?」


 振り下ろした一撃を受け止められた少年が驚愕の表情を浮かべる。


「くそっ、これならどうだ! 巨大化魔法(ギガンティック)!」


 少年が魔法を唱えると、その手に握られていた木の棒がみるみると大きくなっていく。


「くらえっ!!」


 辺りの木の数倍はあろうかというところまで膨らみ、少年はそれを両手でこちらに投げつけた。


 駄目だ、これは避けられない……!


極大黒炎魔法(ヘルフレイム)!!」


 俺は瞬時に黒炎魔法を使用し、巨大化し投げつけられた木を燃やし尽くす。


「そ、その魔法は先代魔王様の……!?」


「そこまでじゃ! タット!」


 そこに割って入ったのはメルだった。


「え、姫様……? 姫様! 姫様ぁ!!」


 タットと呼ばれた少年はメルに抱きつき、泣きじゃくっている。


「馬鹿者が。人間だからと無闇に襲いかかるでない。いつも言っておったじゃろ」


 メルはそう言いながらも、優しく笑ってタットの頭を撫でていた。


「で、でもどうして……。姫様は人間に連れ去られたんじゃあ?」

「ふふ。そこにいるぬし様に助けられたのよ。タットもみておったじゃろ? ぬし様が使ったさっきの魔法を」

「え、ええ。そ、それじゃあ、この方が新しい魔王様?」

「ああ、そういうことじゃ」


 おい。ちょっと待て。

 俺、魔王になったとか聞いてないんだけど。

 なに? もう決まってんの?


「魔王様、これはとんだご無礼を! お許しくでゃ……、お許しくだしゃい!」


 獣人族の少年、タットは慌てた様子で俺に頭を下げた。

 緊張したのか噛みまくっている。


「ときにタットよ。おぬしの姉、シリルや仲間たちはどうした?」

「う、うう……。姉様は……」


 悔しそうにタットは自身の服の裾を掴む。

 そして……、


「お願いです魔王様! どうか、姉様と仲間をお救いください!」


 タットは俺に向けて、目に涙を浮かべながら懇願するのだった。


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