第6話 【SIDE:マーベル】空回りする思惑
「王女様、マーベルです。入ってもよろしいでしょうか?」
「……どうぞ」
僕がリリアドネ王女の部屋の扉をノックすると、返ってきたのはひどく沈んだ声だった。
「失礼します」
リリアドネ王女は窓際の椅子に腰掛けていた。
感情のこもって無さそうな目で僕を一瞥すると、すぐに窓の外へと目線を戻してしまう。
金髪で美形の顔立ちが陽に照らされていて、囚われの姫のような儚い雰囲気がある。
兄ベゼルを追い出した《魔法契約の儀》があった日、僕はロイド王に認められてリリアドネ王女との婚約を勧められた。
父上も執拗に会いに行けと迫ってくるため、連日リリアドネ王女の元を訪ねてはいるが……。
「王女様、今日は良いお天気ですね。どうです? 一緒に外でも歩きませんか?」
「……遠慮するわ。気分じゃないの」
いつもこんな調子だ。
正直、毎度こうだと少し心に来るものがある。
リリアドネ王女から口を開くことがあるかと思えば、いつもベゼル、ベゼルだ。
「そういえば、ベゼルの行方はまだ分からないの?」
ほら見ろ。
「……生憎ですが」
ベゼルは自ら屋敷を出ていったことにせよ、とは父上の命令だ。
いかにも体裁を気にする父上らしい。
「これは余計なお世話かもしれませんが、くれぐれも兄の場所が分かったからといって追いかけようなんて思わないで下さいね。リリアドネ様は一国の王女様なんですから」
「……」
かなり間が空いて、ようやく次の一言がこぼれる。
「ええ。分かっているわ」
本当かよ……。
僕はため息をつき、何とはなしにリリアドネ王女の部屋を見回していると、小机の上に乗せられたあるものを発見する。
「おや、これは?」
そこにあるのは古びた腕輪だった。
誰が観ても安物の腕輪だと分かり、豪奢な部屋の中にあってそれは明らかに異質だ。
僕は思わず腕輪を手に取り、まじまじと見つめた。
「やめて、その腕輪に触らないで」
「し、失礼しました」
リリアドネ王女に言われて、僕は慌てて腕輪を元の場所に戻す。
「あの、王女様。この腕輪は?」
「……小さい頃、ベゼルから貰ったものよ。私の、宝物」
「……」
僕はこんなのろけ話を聞きに来たんじゃない!
思わず叫びそうになって思い留まる。
落ち着け。
ベゼルはもう屋敷を追放された。
それに授かったのは【禁呪・チートマジック】とかいうわけの分からない魔法。
【精霊魔法】を授かった僕とは違うんだ。
「王女様が拘るお気持ちも分かりますが、兄は自分の足で屋敷を出ていったのです。もういなくなった人間のことを考えるのは……」
「……」
「そうだ、こんな安物の腕輪より僕が王女様にふさわしいものをプレゼントしますよ! もっときらびやかで、装飾の付いた腕輪を――」
「兄弟なのに随分と違うのね。貴方とベゼルは」
リリアドネ王女が蔑んだ目で僕を射抜く。
しまった、何か間違えたか。
女は例外なく豪華なものに目が無いと思っていたのに……。
「貴方は自分の努力で何かを為すことを考えた方がいいと思うわ。ベゼルはそういうことができる人間だったわよ」
「……」
くそっ、ベゼルめ。
いなくなってまでも僕を苛立たせるとは。
リリアドネ王女もリリアドネ王女だ。
いなくなった奴のことなんて早く忘れて欲しい。
……。
待てよ、リリアドネ王女は自分の努力で何かを為せと言った。
それなら――。
「分かりました、それでは僕の実力を王女様にお見せします!」
「どういうこと?」
「前にレイスール村という所からの救援要請がありましてね。何でもシャドウが現れたとか。僕の腕を見せるにはちょうどいい機会です」
「……それって、いつ?」
「2日ほど前だったかと」
僕のその言葉を受けて、リリアドネ王女がもの凄い剣幕で立ち上がる。
「なぜ今まで放置していたの!?」
「いえ、父上からはそんな小さな村のことなど構うな、と……」
「いいから早く向かいなさい! 何なら私が――」
「わ、分かりました! すぐ、すぐに向かいますから!」
今にも駆け出しそうなリリアドネ王女を制して、僕はすぐにリリアドネ王女の部屋を後にする。
もしリリアドネ王女が飛び出して怪我でもしたとあってはロイド王に顔向けができない。
とにかく、今はレイスール村に向かおう。
「そういえばケルベロスが出現したとか救援要請書にあったな。まあ人里近くにケルベロスが出るはずも無いし見間違いだとは思うが。念の為、ロイド王に兵士たちを借してもらうとするか」
そうして、僕はレイスール村へと出発することになった。
***
「王都から来ましたマーベル・カーベルトです。シャドウ討伐の件、ご安心ください。王都から選りすぐりの兵士も連れてきましたので」
レイスール村に着いて、僕は村長の老人に挨拶をする。
しかし、村長はといえばこちらに軽蔑した目を向けてきた。
「ああ、それなのですが、もう解決しましてな。遠路はるばる来ていただいたところ申し訳ないのですが」
「え……? 救援要請書にはケルベロスのシャドウが現れたとありましたが?」
やはりケルベロスというのは間違いだったのか?
ケルベロスと言えば僕でも単独では手に負えないシャドウだ。
そんなシャドウに太刀打ちできる兵力が、こんな小さな村にあるわけがない。
そう思ったのだが、
「いえ、目撃者がいるのです。それに、門兵が気配探知魔法で確認しております」
村長はそんなことを口にする。
「そ、そんな馬鹿な……。ケルベロスを!? 一体誰が倒したというのです!?」
「それが、旅人の少年でしてな。今朝方、名も名乗りませんと行ってしまわれたのです。左腕に黒い火傷を負った少年だったと記憶しておりますが……」
「え……」
――左腕に黒い火傷? ハハ、まさか、ね……。
僕は父上に左腕を焼かれて追放された兄、ベゼルのことを思い浮かべる。
いや、そんな筈はない。そんな、筈は……。
頭の中の整理が付かず考え込んでいると、村長が僕に向けて尋ねてきた。
「それはさておき、マーベル殿。なぜ今頃になって救援を?」
「そ、それは……」
僕が言いあぐねていると、村長は大きくため息をついた。
「……もう、結構です。今回の件、ロイド王にも報告させていただきますので」
「そんな……」
マズい。
何かとても面倒なことになっている気がする。
そんなことを考えるが、今はもうどうしようもなくて、僕は王都へと引き返すしかなかった。
王都から連れてきた兵たちが口々に不満を漏らしていたのは、言うまでもない。
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