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犬二匹1




1




 僕は、雷に撃たれてから―厳密に言って、雷に打たれた木に流れた電流を受けた―数日のうちに退院して、一日の自宅療養をして学校へ復帰した。


 その間にいろいろと考えた。僕は、家から一番近いという理由からあの学校へ入学しただけで、学校について、つくづく何も知らなかった。しかし、受験するにあたって、飼育部の存在を知ったとしても、あの学校を避けようとは思わなかっただろう。飼育部がこんなにも僕と関わりを持ち、そして、こうもややこしいことが身に降りかかるとは、考えようもないことだ。


 入学四日目で死にかけた。僕は、そのすべてを飼育部、とりわけ、四枝さんのせいにしようとは思わない。偶然起こった事である。けれど、僕には、飼育部について、旧校舎の鏡について、いろいろ知る権利があると感じた。その危機感は、僕の一つ上の先輩、赤間リコさんの境遇から察したものだ。


 リコさんは反対したが、僕はもっと四枝さんと話し合うべきだと思った。入院している間、四枝さんは病院に一度きり顔を見せたきりで現れず、僕が、学校に行くようになっても数日間、部室には現れなかった。僕は、四枝さんの居場所を突き止めるために、再びリコさんの助けを求めた(また三年生のクラスの生徒に聞き込みをしたけれど、結果は、前回と同じ。生徒手帳に書いてある)


 リコさんは、学校へ来るようになった。さすがに雨の日は遠慮するとは言っていたが、犬の世話もしたがっていたようだ。というのも、僕は、学校に行って、四枝さん探しのついでに体育館裏の犬小屋を見に行ったら、犬が二匹になっていたのだ。四枝さんは、いつの間にか、リコさんに見せるため、いなくなってしまったと思った犬の代わりを見つけてきていたらしい。どっちが新しい犬でどっちが古い犬か僕の目には、まったく見分けがつかなかった。僕は犬小屋でリコさんに聞いてみた。


「どっちが新しい犬です?」


 リコさんは、考えて犬と見つめあった。


 両方とも、メスで、茶色で、大きさは中型で耳が立っていて、愛想がいい。首輪も一緒だった。


「僕、古いほうの名前知りません」


「ロンよ」


「名前、呼んだら来ますかね?」


「どうだろ?芸とか教えてないし」


「おいでロン」


 僕とリコさんは、少しはなれて犬を手招きして呼んだ。うれしそうに舌を出して来た。両方、一緒である。


「二匹ともここで飼います?」


 犬がじゃれついて、リコさんにすり寄っている。リコさんは、いとおしそうして二匹をなでた。


「うん、そうね」


 彼女が、自然に笑っているところは、かわいかった。見ているだけで気分がいい。僕も犬の背をなでてやった。犬が、吠えた。なんだよ。リコさんとは、えらい違いじゃないか。


「急にふれちゃだめよ」


 僕は謝って、頭をなでなおした。今度は吠えなかった。


 ふと四枝さんのことを思い出した。ロンが、四枝さんに懐かれていないことである。


「四枝さんが、ここに来れば、両方とも吠えるでしょうか?」


「あ、それ、試してみる価値あるね。吠えるほうがロンだわ」


 リコさんは、四枝さんの家を知らなかったし、クラスも知らなかった。学年は、彼女が入学した当初、三年生であろうという曖昧な情報があり、それが真実なら、彼は落第しているということになる。リコさんから四枝さんのことを聞くにつれて、彼女と彼の関係性の細部が明らかになっていった。



 彼女が、四枝さんと出会ったのは、今から十一ヶ月前だった。その経緯はおおよそ僕と同じだ。言葉巧みに鏡の部屋に連れて行かれ、鏡に自分の姿を失った。


 その時点では、四枝さんは、彼女の良き相談相手として振舞っていた。


 そして、ある日、彼女は帰宅途中、落雷を浴びた。もちろん、その時、雨が降っていた。幸いにも、たった一人で、大通りの歩道を歩いていた。落雷は、傘を焼き、彼女の気を失わせた。彼女は病院には運ばれなかった。傘や着ていた制服は、ボロボロになったのだが、身体は、まったくの無傷だったのだ。彼女は、その日あった本当のことを四枝さんにしかいわなかった。そんな奇妙なことを疑いもなく安心して話せるのは四枝さん以外にいない。


 二度目の落雷は、彼女は自宅にいた。三度目も自宅にいたので、落雷に見舞われなかった。自宅の近くには、避雷針が設置してあったからだ。しかし、どういうわけか、彼女は、生気を失くし、日ごとやつれていった。病院にいっても原因不明。四枝さんは、早い段階でその理由を落雷に見出していた。


 彼女の活力原が、単に食物で栄養を摂取する他にも落雷に依存しているという考えである。四枝さんは、リコさんを雷に打たせた。彼の推測は正しく、彼女は雷を受け入れて元気を取り戻した。(僕が雷に打たれる前、リコさんの着ていた衣服が脱ぎ捨てられていたのを見たのは、彼女が雷に打たれ、服を焼かないようにするためだったようだ)


 が、その後、待っていたのは、四枝さんによるリコさんに対しての実験行為だった。ことあるごとに彼女を言いくるめ、落雷を引き寄せるプロセスを調べつくそうとしたのである。四枝さんはその現象に『力』を見たのだ。リコさんをなだめすかす、その過程で犬をあてがったりもした。


 そして、最終的な仲違いの原因を作ったのは、鏡を壊す計画だった。


 あの鏡の部屋に避雷針を置いて、窓から突き出させ、接地極をリコさんに任せるというものだった。鉄棒を鏡に当てて、大電流を叩き込む。彼女は鏡を壊して、落雷の呪いから逃れられるというのなら、と渋々協力した。


 しかし、結果、失敗した上に、彼女は棒を持った手に火傷を負った。彼女の雷は彼女自身には無害だったはずなのだが、その火傷は、彼女の落雷による起こった現象ではなくて、電気が避雷針を介し、発した熱から起こったものであるから、有害となった。


 四枝さんは傷を負った彼女にその説明を淡々と語り、失敗の原因は、電撃の弱さにあると彼女を無神経に非難し、さらに今度はうまくいくといって、よどみなく次ぎの計画を進めようと説き伏せようとした。


 散々振舞わされた挙句にこれでは、リコさんは、怒って爆発するしかなく、その後は、現在まで、四枝さんを避け続けた。元はといえば、あの鏡に誘い込んだ四枝さんがすべて悪い。彼女が、考えることはその一点のみになった。


 僕は、思った。四枝さんのやろうとしたことは、すべて無意味なのだろうか?


 リコさんは意地で四枝さんと絶縁しているけれど、鏡を破壊することによって、僕たちがこの得体の知れないものから解放される方法がないとすれば、四枝さんの知恵を借りないわけにはいかない。僕はリコさんの話を聞いて密かに思った。




 僕が退院して二週間近くが経ち、四枝さんは、一向に部室に現れなかった。もうすぐゴールデンウィークだというのに、探すあてすらない。


 僕の放課後は、リコさんと犬を散歩させ、餌をやり、四枝さんが部室にいるかどうか確かめることが日課になっていた。今日も昨日と似たような日が続くと思い、リコさんと犬小屋で待ち合わせた。


 リコさんが持ってきた餌を犬が食べ終わってから、部室へ向かった。僕らは鍵を持っていないので、部室に入ることは出来なかった。


 しかし、今日はいつもと違って、部室の扉には、伝言が張られていた。紙には、大きな字で「放課後、飼育部員は、旧校舎・鏡の間に集合―四枝」と書かれてあった。


 唐突な呼び出しだった。二週間も連絡なしに留守にしていた人の言い草とは、とても思えなかった。


「いきなりですね…」、僕は苦笑まじりに言った。


「こういうやつなのよ。人の都合は、おかまいなしなんだから」


 僕たちはぶつぶつと四枝さんにいいたいことを整理しながら指示通り旧校舎へ行った。

 玄関から入ろうとしたのだが、開いていなくて、裏口にまわった。どういうわけか裏口の錠は、壊されていた。その扉には、ノブがなかった。ドアノブを取ってしまうなんて一体誰が?四枝さんか?でも、四枝さんは鍵を持っているはずだ。僕たちはノブなしの扉を開いて、旧校舎に入った。


 密閉された古い建物は、埃っぽくて息苦しい。そして、前に入った時と比べて、いやに物静かな気がした。真っ直ぐ階段へいく。今は昼であるが、気味が悪かった。木造の階段へ踏み出したら、軋んだ。


 旧校舎は、新校舎ほど広くはないし、構造も単純だ。一階も二階もほぼ同じ間取りである。廊下と教室の配置は一緒で、違うのは、一階の職員室の上が物置になっている点、二階は、教室の一つが、あの鏡の部屋になっている点だ。


 僕たちは、階段をのぼった。一番奥の両開きの鉄のドアが、半開きになっているのが見えた。鏡の部屋だ。


 なにかおかしい。

 

 おそるおそる近づいていく。僕は、扉のすき間から鏡の部屋をのぞいた。後ろにいるリコさんにうなずき、僕と彼女は部屋の中に入った。誰もいない。


「なんなの。呼び出しておいて」


「いませんね。四枝さん」


 相変わらず、僕もリコさんも天井の鏡にも床の鏡にも、身体が映らなかった。映っているのは、服とその影だ。


 床の鏡からリコさんの制服のスカートの中が見えそうになっていたので、慌てて目を反らした。足が映らないといっても下着は映るのだ。


 その動揺からリコさんは、僕の反応に質問する。


「なに?」


 誤魔化して扉を点検した。これも叩き壊されたようだ。


「誰でしょう。こんなことしたのは?」


「あいつ、鍵失くしたんじゃないの?」


「そうでしょうか…」


「あ!」


 僕は、見えることに気づいたかと思って、廊下に出た。面倒くさい事になりそうだ。


「なにあれ?来て」


 彼女が天井を指している。どうやら、スカートの中身のことではない。僕は天井を仰ぎ見た。


「え、なにかありますか?」


「えっと、一、二、三、四、五、六、六番目に重なってるところだけ何か光ってる」


 この部屋自体が、合わせ鏡になっているから、天井には、ここの部屋が積み重なって見えるようになっている。どちらの鏡も、同じものが映り、それが無限に広がっているのだ。しかし、同じものが映っていないものがある。天井の鏡に映った部屋の重なりの六番目に確かに針のようなものが、夕日に照らされて光っている。僕たちのいるところには、そんな針はどこにも存在しない。これが普通の鏡であるのならば、僕たちがいる、この部屋の様子を映し出しているに過ぎないはずなのだが。


「ここ。ここ」


 リコさんは、天井の鏡を見ながら、針のようなもののあるはずの場所へ行き、指差した。もちろん彼女の指は、映らないから、差しているのは彼女の制服のそで口だ。


「ほんとだ。見えますね」


 それを二人して星を見るように眺め続けた。らちが開かない。


「リコさん、このへんで帰りましょう。わけがわからない。四枝さんを待つしかありません」


 僕たちは廊下に出た。


「なんで、あんなに見ちゃったんだろ?首が痛いわ」


 なんとなく廊下の突き当たりの扉を見てみた。物置部屋だ。扉の横には、古い消火器が倒れて転がっていた。近くで見てみる。すると、カツンという音がした。微かな音。


「どうしたの?」


「誰かいそうです」


 僕は、物置部屋の扉の前へ立った。


「危ないわよ」


 物置部屋は、施錠されていなかった。開いてなかを観察する。整列した鉄の棚に埃をかぶった物が、たくさんあった。棚のおかげで窓の光がさえぎられて、部屋が暗い。右側の手前から二つ目の棚と三段目の棚が、傾いていた。その陰のすき間から足が見える。足の向きから考えるに相手は倒れているようだった。


 僕は、そいつに呼びかけた。


「誰ですか?」


 応答はない。ピクリとも動く様子なく、思い切って近づいて姿を見た。相手は、寝返りを打とうとした。鉄の棚の支柱に腕を通されて、両手に手錠を掛けられていて思うようにいかない。影になっていてよく見えないので、もっとよって、顔をあらためる。


「こんなとこで、なにしてんですか」


 僕は、寝ている彼を揺さぶって起こし、外に向かって叫んだ。


「リコさん!四枝さんです!」


 眠気まなこの四枝さんが僕を見つめて、ため息をついた。


「君は、無事か?」


「なんなんですか、それ」


 意味がわからない。四枝さんが起き上がろうとしたので、僕は、手を貸した。


 リコさんは、棚の脇から僕たちをのぞいて、いろんなものをすっ飛ばして感想だけ言った。


「いい気味」


 四枝さんは、棚にもたれて、はにかんだ。そして簡潔に一言。


「ヤスリもってこい」


 彼の頬には、殴られた傷跡があった。口の端も切れていた。


「その言い方は、ないんじゃない?ちゃんとお願いして。それから、今から私たちが質問することにすべて答えるのよ」


「リコさん。今は、そういうの、よしましょう。ヤスリってどこに?」


「部室にある」


「部室の鍵は?」


「持ち物は、ほとんど奪われた。ぶち破れ。タバコ、持ってるか?」


「馬鹿いわなでください。僕は先生を呼んできます」


「やめろ。職員は、何もしやしない」


「ですけどねえ」


 四枝さんは渋い顔をした。


「意味はない。飼育部の問題は、飼育部が、解決することになっている。学校でも警察でもない。飼育部そのものが受け皿だ。学校に事情を通したとして無駄な時間を費やすだけだ。リコ、わかるだろう?」


 僕はリコさんの顔をうかがった。


「そうよ。話したでしょ?この旧校舎に雷落とした時のこと。あの時、あたし、みんなにいろいろ言って騒いだのよ。そしたら、胡散臭い神主がいる神社に連れて行かれた後、病院で気休めの薬、もらったわ。あいつら全員グルなの。親も丸め込まれて同じ。どいつもこいつも、あたしの身に起こったことなんて認めないし、知ったことじゃないのよ」


「人は、見たいものしか見ようとしない。常軌を逸した、得体の知れないものだとなおさらだ」


「でも、これは違いますよ。四枝さん、自分が何されたか、わかって言ってるんですか?殴られてますよ。閉じ込められてますよ。どんな人だって、見ればわかります。誰がこんなことをするんです?」


 四枝さんは、うなだれて、ひとしきり黙り込んだあと、ぽつりと言った。


「矢来だ」




ここまでは前置きです

矢来が出てきて初めて、ミラーブレーカーズは、物語の核心に入っていきます

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