第9話 休みの日は、あなたと市場へ
休日の朝、玄関で待っていた公爵様は、いつもと違う服を着ていました。
灰色の上着に、襟の高い外套。
隠すつもりのお姿なのに、背筋が伸びすぎています。
「お出かけですか」
「市場へ行くのだろう。案内を頼みたい」
私が驚くと、彼は少し間を置きました。
「迷惑なら、別の日にする」
「いいえ。ただ、市場をご存じないのかと」
「最後に歩いたのは、十六歳だった」
十二年ぶりの市場案内は、責任重大でした。
護衛は離れてついてきます。ポルは、家でティムに遊んでもらうことになりました。
私たちが出るとき、玄関の隅で尻尾だけが、不満そうに動いていました。
市場は、雨上がりの匂いでいっぱいでした。
濡れた木箱、干したきのこ、焼けるパン。
私はまず、見知らぬ形のかぶを買いました。
「君の休みも、食材を買うんだな」
「今日は私のためのものです。少し苦い、冬の葉を添えて食べたいので」
公爵様は、それも好きなものの札へ書こう、と言いました。
私まで札を作られるのは、照れくさいものですね。
パンの店では、端の硬いところを二つ。
公爵様は自分の一つを半分に割り、口へ運びました。
大きな手に、小さなパンが妙に似合いました。
店の女主人が、私へ目配せします。
「いい人を連れてきたじゃない。そちらは、旦那さん?」
私は、危うくパンを落とすところでした。
「お勤め先の、主です」
「まあ。じゃあ主さん、袋を持ってあげて。彼女が食べられないでしょう」
公爵様は、笑わずに私の袋を受け取りました。
「確かに」
それだけで、女主人の機嫌がよくなりました。
公爵を知らない人の前では、彼も買い物袋を持つ、一人の男性なのです。
広場の噴水の近くで、彼が足を止めました。
小さな瓶を売る、天幕の店です。
――月花蜜使用。ベルナ家推奨の保養菓子。
令嬢ソフィアによる特製調理。
私は、文字を一つずつ読みました。
私の名前の下には、眠りを招く、とまであります。
そんな説明をしたことはありません。
公爵様は、すぐに店へ詰め寄りませんでした。
護衛の一人を呼び、店の許可証と商品を記録するよう頼みます。
「まず、買おう。中身を調べる必要がある」
私たちは一瓶を買いました。
帰りの袋には、パンと冬の葉と、身に覚えのない菓子。
楽しみにしていた休日を、また奪われた気がしました。
けれど、公爵様は広場の端へ私を誘いました。
濡れていない長椅子を、手で確かめます。
「昼食は、まだだろう」
パンと、店で買った温かい豆の煮込み。
それを二人で食べてから、帰ることにしました。
私の好きな時間まで、あの名前のせいで全部なくしたくありませんでした。
公爵様は何も急かさず、私がパンをかみ終えるのを待っていました。




