第10話 灰色の蜜を、私は使いません
買ってきた菓子は、厨房の食材とは別の棚へ置きました。
最初に調べたのは、ノエさんです。
「封をしたままのものを、もう一つ確保しましょう。私が調べる分と、商業監査へ渡す分を分けたい」
私が魔力の色を見るために火を加えれば、元の状態を変えてしまいます。
先に、何を残すべきかを相談しました。
三日後、公爵邸へ届いた通常の食材の中に、同じ商会の蜜がありました。
グロウ商会の納品印。品名は、月花蜜。
しかし、瓶の端に灰色の細い帯があります。
ベラさんは眉をひそめました。
「前の瓶には、なかったわね」
納品の当番だったティムが答えます。
「新しい採蜜地のものだって、配達の人が」
私は、今夜の菓子に使う予定だったその蜜を、取り分けました。
麦の粉と合わせ、試作の皿だけを蒸します。
湯気が上がった瞬間、息を止めました。
赤い筋が細くまとまらず、ぐるぐる巻きついています。
普段の月花蜜にも強い魔力はありますが、これは違いました。
「食べないでください」
手を出しかけたティムへ言い、自分も匙を置きました。
知らないものを味見して正体を当てるのは、料理人の仕事ではありません。
ノエさんを呼ぶ間、今日の夜食は、いつも使っているりんごへ替えました。
ベラさんが厨房の全員へ、問題の蜜を混ぜないよう伝えます。
ノエさんは夜になって、最初の分析を知らせに来ました。
「灰樹の蜜が混ざっている可能性が高いわ。魔力を濃くするので、滋養を目的に使う人もいる。でも、表示にはない」
公爵様には、避けるよう伝えていた食材です。
ほかのお客様も、月花蜜だけだと思って買っているなら、確かめなくてはなりません。
「私の名前が、あの菓子に使われています」
声が小さくなりました。
ノエさんは、私の前へ腰を下ろしました。
「あなたの名前で売られていることと、あなたが作ったことは別でしょう。今、できる確認をしましょう」
私たちは、家に残っていた以前の納品瓶を探しました。
底に少し残った蜜。日付のついた札。私の調理帳。
別々のものが並ぶと、変わった時期が見えてきます。
その晩、公爵様はりんごを一口食べ、私の顔を見ました。
「料理が変わった理由は、聞いた」
「はい」
「気づいてくれて、ありがとう」
責める言葉はありませんでした。
私は椀の端を、両手で持ちました。
窓辺でポルが、目を開けています。
小さな鼻を、遠くの棚へ向けました。
灰色の蜜の棚へ。
そして、初めて聞く低い声で、短く鳴きました。




