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第11話 元婚約者は、台所の入口まで

アルノー様が訪ねてきたとき、私は魚の骨を抜いていました。


「迎えに来たぞ」


厨房の入口に立つ姿は、あの夜と変わりません。

私が喜んで包丁を置くことを、待っていました。


私は手を洗い、布で拭きました。

その間も、ベラさんの包丁は止まりませんでした。


「何のご用でしょうか」

「こんな場所で働く必要はない。例の菓子のことも、ちゃんと話せばわかる」


迎えに来た、という言葉が、ひどく不思議でした。

誰が待っている場所へ、私を連れていくのでしょう。


「私の名前を使わないよう、書面をお送りしました」

「グロウ殿が宣伝に必要だと言うからだ。君の料理なのだから、誇るべきだろう」

「私が作っていないものです」


彼は声を落としました。


「レシピを見せてくれれば、同じになる。なぜ、そこまで意地を張る」


後ろのティムが、魚の盆を私から離しました。

今、包丁を持たせたくないと思ってくれたのでしょう。

その小さな動きのおかげで、私は少し落ち着きました。


「同じ名前の食材でも、中身が違えば同じ料理にはなりません。その確認まで、私の仕事です」

「難しいことを言うな。料理など、厨房に任せればいい」


そこへ、公爵様がいらっしゃいました。

剣も護衛も前へ出さず、私の横へ立ちます。


「ソフィア。続けたいか。席を外したいか」


私は少し考えました。

公爵様に全部言っていただくことも、できたはずです。

でも、今の私には、言いたいことがありました。


「一つだけ、伝えます」


アルノー様へ向き直りました。


「私は、料理人のような女ではありません。ここでは料理人です。自分の仕事を大切にしております」


彼は、私の前掛けを見ました。

白い布に、魚の水が少しはねています。

私はそれを隠しませんでした。


「あなたのために、仕事も、暮らしも辞めません。今後の菓子の件は、書面でお願いいたします」


公爵様が、玄関へ続く廊下を示しました。


「訪問の約束なく、使用人の働く場所へ来ることも、やめてもらいたい」

「彼女は、俺の婚約者でした」

「君自身が、解消したそうだな」


短い沈黙が落ちました。

私を台所から引き離すための言葉が、ここでは何の役にも立ちませんでした。


アルノー様が去った後、私はもう一度手を洗いました。

指は、少し震えています。


公爵様が、隣に水差しを置いてくださいました。


「今夜は休んでもいい」

「魚の骨を、あと半分抜きたいです」


彼は私の顔を見て、うなずきました。


「わかった。では、それを楽しみにしている」


私は包丁を取りました。

入口にはベラさんが立っています。

腕を組み、何食わぬ顔で、戻ってくる人がいないか見ていてくれました。

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