第12話 小さな竜が、歌う夜
雨の夜、ポルの歌が変わりました。
いつもの短い笛の音に、もう一つ、低い音が混ざります。
私が窓を閉めようとすると、ポルは枠へ前足を置きました。
「きゅう……」
外を見ているのではありません。
方角を見ているようでした。
北の、山のある方へ。
ノエさんが、銀の鱗を持ってきました。
ポルが鳴くたび、その欠けた縁が明るくなります。
公爵様は、椅子へ座らずに立っていました。
胸の傷も、襟の下で光っています。
「昨冬、何があったのですか」
私が尋ねると、彼は長く息を吐きました。
「話していなかったな」
冬の境界へ、大きな吹雪が押し寄せた。
そこには昔から、月竜が守っていた峠がある。
旅人の隊と卵のある巣が、崩れた雪の下へ取り残された。
公爵様は、兵と一緒に道を掘り、最後の人が通るまで、結界を支えたのだそうです。
彼の魔法は防壁を作るもの。剣よりも、誰かを守ることに向いた力でした。
「月竜は、翼を折っていた。俺が倒れたとき、顔を近づけた」
公爵様の指が、胸元へ触れます。
「ここへ、息を吹いた。それから傷が光り、倒れずに済んだ」
力は戻りました。
ただし、眠れなくなったのです。
雪が引く頃には、竜は山の奥へ姿を消していた。
託された卵と銀の鱗だけが、公爵様の手元へ残りました。
ノエさんが、小さな古書を開きました。
領地の寺院から取り寄せた、月竜の伝承です。
――その息は、心の火を守る。
それ以上の詳しい説明はありません。
守られたはずなのに、今の公爵様は、体を休められませんでした。
ポルが本の端へ鼻を寄せ、もう一度歌いました。
窓の向こうで、雨が静かになります。
鱗の光も、すぐ消えました。
「母を、呼んでいるのかもしれない」
公爵様が、低く言いました。
私は、ポルの皿を取りました。
今日はりんごより、温かい月麦を選びます。
寒い窓辺で歌った体を、少し休めてほしかったのです。
ポルは二口食べ、公爵様の外套へ潜りました。
小さな頭を胸の前へ置きます。
銀の光が、布の下で細くなりました。
その姿を、三人で見ていました。
食べられる夜が増えたこと。
胸の光が弱いときほど、公爵様が長く横になれること。
竜の歌と鱗と傷が、同じ時に反応すること。
一つの答えには、まだなりません。
でも、別々だったものが、少しだけ近づいてきました。
私は料理帳の隣に、白い紙を置きました。
今夜聞いた話を、公爵様の許可を得て、そこへ書きました。




