第13話 公爵様が眠った朝、私が泣きました
一時間、眠れた朝でした。
ノエさんが時間を知らせに来たとき、私は朝番のために麦を洗っていました。
手を止めると、指の間から、水が落ちました。
一時間。
初日の十五分から、四週間かかって、そこまで来たのです。
もちろん、それだけで十分ではありません。
夜には、まだ痛みが起こります。
でも、その朝の公爵様は、目の下の影が少し薄く見えました。
「ソフィア」
厨房の入口で呼ばれ、私は振り返りました。
「昨夜の料理、ティムが温めてくれたそうだな」
「はい。私はお休みを頂いておりました」
「君がいなくても、食べられた」
それを聞いて、胸が温かくなりました。
彼は、私にしかできないと言わなかった。
私が休んだことを、残念にも思わなかった。
「それは、よかったです」
笑ったつもりでした。
なのに、頬へ何か落ちました。
公爵様の手が、半分だけ上がりました。
すぐには触れず、私の様子を見ています。
私は濡れた手の甲で拭こうとして、ベラさんに布を渡されました。
「火の前に立つのは、後にしなさい」
裏の小さな庭へ出ました。
公爵様が少し離れて、石の縁へ座ります。
朝の光の中では、黒い瞳に、茶色が混ざっていました。
「何か、つらかったのか」
私は首を振り、それから、うなずきました。
どちらも本当でした。
「必要とされると、うれしかったのです。私がしなくては困る、と言われると」
言葉を選んでいるうちに、涙がもう一つ落ちました。
「それで、どんどん自分の時間を使ってしまいました。なのに、料理人のような女はいらないと、言われて」
公爵様は、私を見たまま聞いています。
「ここでは、誰かに代わってもらっても、居場所がなくなりませんでした。それが……」
言い終えられませんでした。
彼は、自分のハンカチを石の上へ置きました。
私のすぐ隣です。
「休んで戻ってきた君にも、会いたいと思う」
それは、ご主人様の言葉としては、少し近すぎるものでした。
私はハンカチを手に取り、目元を押さえました。
「私も、今朝のお顔を見られて、うれしいです」
公爵様は、照れたように視線を花壇へ落としました。
しばらく、二人で何も言いませんでした。
窓の中でティムが、私へ両手を振っています。
朝食を用意したという合図でした。
私は立ち上がり、ハンカチを返しかけました。
「洗ってから、返してくれればいい」
彼が言います。
小さな刺繍のある、白い布。
次に会う理由が、一つ増えました。
そのことに気づいて、私は、もう涙とは違う理由で、顔を下へ向けました。




