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第6話 公爵様の好みが、ひとつもありません

「お嫌いなものは、ございますか」

「特にない」

「では、お好きなものは」

「出されたものを食べる」


献立相談は、それで止まりました。

私は机の端に並べた五枚の札を、公爵様の前へ押しました。


卵、魚、かぶ、りんご、月麦。

今まで、負担なく食べられたものです。


「どれか一つでも」

「食べられるものであれば、何でも構わない」


ありがたいお客様です。

でも、少しも安心しませんでした。


「構わないことと、好きなことは、違います」


口にしてから、言いすぎたと思いました。

公爵様は札を見たまま、しばらく黙っていました。


「三年間、軍にいた。腹に入って動ければ、それでよかった」


机の上の指が、一度だけ閉じます。


「家へ戻ってからも、あまり変わらない。昨冬のことの後は、食べられるだけで十分だった」


私は札を一枚裏返しました。


「では、今夜は二つ、小さく作ります。どちらか残しても、失礼にはなりません」

「君に、余分な仕事をさせる」

「お仕事です。お給料を頂いております」


彼はようやく、私を見ました。

私も、目をそらしませんでした。


その夜は、同じ白身魚を蒸したものと、ほぐして卵へ混ぜたもの。

公爵様は、どちらも召し上がりました。

でも二つ目の皿を取るときだけ、動きが少し早かったのです。


「こちらがお好きですか」


彼は空の皿を見つめました。


「……柔らかくて、卵の香りがする」

「明日の札に、書いてもよろしいでしょうか」

「そんなことでいいのか」

「大切なことです」


公爵様は、その札を自分で受け取りました。

羽根ペンを持ち、卵、と書きます。

軍の命令書に署名する方の字は、驚くほど丁寧でした。


「ソフィアは?」


私は戸惑いました。


「君は何が好きなんだ」


かつてアルノー様へ、何十回も好みを尋ねました。

同じ質問を返された記憶は、ありません。


「……焼きたてのパンです。端の、少し硬いところ」

「なら、今度それを食べよう」


私たち、と言われたように聞こえました。

けれど、実際にはそう言われていません。

勝手に浮かれないよう、私は皿を重ねました。


窓辺でポルが、りんごの札へ鼻を押しつけています。


「ポルの好みは、わかりやすいですね」


公爵様は、私が裏返した札をもう一度表へ戻しました。


「俺も、練習する」


その一言は、立派な約束に聞こえました。

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