↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/24

第5話 「おいしい」と言われる仕事

最初の週が終わる頃、私の料理帳には、見慣れない数字が並び始めました。


食べた量。痛みの有無。横になれた時間。

そして、一番右に、公爵様の感想。


かぶ――やわらかい。

卵――好きかもしれない。

りんご――皮も。


最後の言葉には、小さな丸を付けました。

誰かのお好きなものが増えると、買い物が楽しくなるのです。


その日は、厨房の試食会でした。

私の担当する夜食を、他の当番にも作れるようにするためです。

月麦を洗い、水を替え、ベラさんの前で一椀ずつ仕上げます。


ティムは、三度も水を替えました。


「どんどん魔力を抜いたほうが、いいんですよね」

「全部を同じにしなくていいの。公爵様には、濃いものが負担になる。でも、竜は違うでしょう」


ポル用の椀には、二度目の煮汁を少し戻します。

湯気は、淡い青へ変わりました。

竜の記録では、その濃さの月麦を好んで食べています。


ティムは人用のほうを味見し、首をひねりました。


「僕の、あまりおいしくないです」

「麦の味まで抜きすぎたのね。かぶの甘さを足しましょう」


ベラさんが、煮てあったかぶを渡しました。

私は匙をティムへ返し、自分で加えてもらいました。


一口ずつ、変わる味を確かめます。

彼は最後に、うれしそうにうなずきました。


「これなら、好きです」


私の力がなくても、できる部分がありました。

同じ産地の麦を使い、水と火の記録を残す。いつもと違う味なら、無理に出さず相談する。

その約束を、帳面の最初へ書きました。


午後、父から手紙が届きました。

解消の書面はベルナ家からも来たこと。準備金は受け取ったこと。

私が台所へ立つ姿を、母がよく笑って見ていたこと。


最後の二行を、私は何度も読みました。


――おまえが幸せだと聞いていたので、それ以上を確かめなかった。

それは父としての怠慢だった。今度は、おまえから話を聞きたい。


帰ってこい、とは書かれていませんでした。

ただ、冬までには王都へ行く、と。


私は窓辺で、便箋を折り直しました。

許せるかどうかを急いで決めるより、この手紙への返事を考えました。

新しい仕事のこと。ベラさんのこと。食事を食べたかと聞いてくれる主のこと。


夕方、公爵様が厨房へ顔を出されました。


「今夜は、何だろう」


献立を伝える前に、ベラさんが私の袖を引きました。

試食で余った小さな麦団子を、皿へ載せます。


「ソフィア。これはあなたの分よ」


公爵様は、その皿が私の前へ来たのを見て、満足そうにうなずきました。


私は麦団子を半分に割りました。

湯気が指を包みます。中には刻んだきのこと、柔らかな玉ねぎ。

おいしい、と口にすると、ベラさんは当然でしょう、と笑いました。


料理帳へ、もう一つ欄を作ろうと思いました。

公爵様の感想の隣に、私の感想を書く場所を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。