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第3話 雇用契約には、おかわりを含めてください

「ソフィア・エルドです」


名前を言うと、公爵様はゆっくり繰り返しました。


「ソフィア。今夜は、ありがとう」


おいしい、より先に届いた言葉でした。

私は椀を持ったまま、少しだけ頭を下げました。

お顔を見続けていると、妙に落ち着かなくなったからです。


翌朝、正式な採用の話になりました。


夜間の担当は、夕方から十一時まで。週に二日の休み。

夜中に追加が必要な場合は、別の当番が保存した食事を温める。

住まいと食事、月の給与、試作のための費用。


書類を読む私の前で、ベラさんが腕を組みました。


「昼の厨房は私が仕切る。夜でも、他の者の鍋を勝手に変えないこと」

「はい。食材の使い方を相談してもよろしいでしょうか」

「相談は歓迎する。黙って変えるのが困るの」


私は大きくうなずきました。

前世の知識は、ここでは万能ではありません。

似た野菜でも、魔力の多い季節や皮の働きが違います。

それを知っているのは、この世界で何十年も調理してきた人でした。


ユアンさんが、最後の欄を指しました。


「ご実家へは、こちらからお知らせを差し上げますか」

「私から書きます。働くことも、婚約が終わったことも」


父は領地にいます。

王都に出てからの私を、アルノー様の家へ任せてしまった人です。

怒るか、戸惑うか、戻れと言うか。

今はわかりませんでしたが、私自身の言葉で伝えたかったのです。


夕方には、薬師のノエさんが厨房へ来ました。

短い髪を耳へかけ、昨夜の調理の記録を一行ずつ読みます。


「食べた直後の痛みが少ない。睡眠も記録できた。でも、料理で呪いが解けたとは言えないわ」

「私も、そう思います」


二人で即座に答えが揃ったので、ベラさんが笑いました。


「話が早くて助かる」


ノエさんは、月麦の残りと最初の煮汁を別の瓶へ入れました。

私の力で見えるものと、薬師の器具で測れるものを、比べるためです。


「まずは、食べられる量を少しずつ。薬は私が調整する。記録を貸してちょうだい」


その夜、公爵様は書斎ではなく、小さな食事室へいらっしゃいました。

椅子に座ったまま仕事をなさらないよう、ユアンさんが書類を遠ざけています。


今夜の椀は、卵を溶いた白かぶのスープ。

公爵様は、昨日よりゆっくり召し上がりました。


「今日は、三口ではないんだな」

「食べられるだけで結構です」

「全部、食べたいと思う」


思う、という言葉が、私にはうれしく聞こえました。


椀を下げようとしたところで、彼が聞きました。


「君は?」

「はい?」

「君も食べたのか」


私は言葉に詰まりました。

試作を何度も味見して、そのまま済ませたつもりになっていました。

彼はユアンさんへ目を向けます。


「もう一つ、椀を」

「公爵様と同じ席では、私は」

「では、隣の卓を使ってくれ。君の夕食が済むまで、茶を飲んでいる」


断る理由を探すより先に、お腹が小さく鳴りました。

私が赤くなると、彼は視線を窓へ逃がしてくださいました。


契約書にあった、作る人も食事を取れること。

印刷された言葉は、この家では実際の椀になるのです。


私は隣の卓へ座り、温かなスープを飲みました。

窓ガラスには、灯りと、二つの椅子が映っていました。

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