第2話 呪われ公爵は、スープを三口食べました
面接で求められたのは、見栄えのする大皿ではありませんでした。
「夜中に、少しだけ食べられるものを」
料理長のベラさんは、五十歳ほどの女性です。
私の鍋を見ても、令嬢の肩書を聞いても、驚きませんでした。
かわりに、持ち手の汚れと包丁の扱いを見ました。
「使っていい食材はこちら。ご主人様には、薬師から除くよう言われているものがある」
一覧には、強い香草、濃い酒、魔力を多く含む肉の部位がありました。
効くはずの滋養食を食べるほど、お体がつらくなるらしいのです。
私は月麦と白かぶを選びました。
月麦は、この世界では安い穀物です。少し青い香りがあり、そのまま煮ると舌に粉っぽさが残ります。
水を替えて洗い、柔らかく煮て、別に火を通したかぶと合わせました。
十八歳の授能式で、私が授かったのは『味調べ』。
自分が手を加えた食べ物の、魔力の偏りが見える力です。
湯気の中に、赤い筋が残っていました。
これは味の濃さではありません。
以前、同じ筋を持つ麦を煮たとき、苦みは煮汁へ移りました。古い調理書にも、最初の水を捨てる記載があります。
でも、初めて扱うものには使えない方法です。
まして、毒の種類を教えてくれる力でもありません。
もう一度、麦だけをざるへ取り、新しい湯へ。
筋が細くなりました。
塩と、ほんの少しの澄ましバターを加えると、ベラさんが試食しました。
「地味ね」
「はい」
「でも、次のひと匙を食べたくなる」
それは、褒め言葉でした。
夜の十時、私は小さな椀を持って書斎へ入りました。
暖炉は燃えているのに、その部屋だけ寒い気がしました。
机の向こうに、黒髪の男性が座っています。
美しい、と最初に思いました。それから、疲れている、と。
「君が、新しい料理人か」
「採用していただけるかは、この椀の後です」
彼は口の端を、わずかに動かしました。
「三口も食べられれば上出来だ」
「では、三口でおしまいにできる量をお持ちしました」
大きな皿いっぱいの料理を残すのは、苦しいものです。
前世でも、食べられない人が食事のたびに謝るところを見ました。
私は椀を置き、何も言わずに待ちました。
一口。
公爵様の喉が動きます。
二口。
匙を持つ手の力が、少し緩みました。
三口目を召し上がった後、彼は空の椀を見つめました。
私は、それだけで帰るつもりでした。
「待ってくれ」
低い声に振り返ります。
「もう一口は、契約違反だろうか」
私は笑ってしまいました。
後ろに控えていた執事さんが、息を詰めています。
「台所にございます。少しお待ちください」
二度目の椀を届けると、公爵様は椅子へ深く背を預けていました。
目を閉じたまま、呼吸がゆっくり続いています。
執事のユアンさんが、私へ手を上げました。
声を出さないで、という合図です。
十五分後、目を覚ました公爵様は、最初に窓を見ました。
それから、私と椀を。
「……眠ったのか」
たった十五分。
けれど、ユアンさんの白い手袋は震えていました。
公爵様は、私へまっすぐ向き直りました。
「名前を、もう一度教えてほしい」




