第23話 お夜食係からの、次の契約
王都の屋敷へ戻ると、ベラさんが私を抱きしめました。
「おかえり。まず、食べなさい」
食事室には、公爵様用の椀と、私用の大きな皿。
湯気の向こうで、ユアンさんが何度も目元を押さえていました。
眠れるようになった公爵様は、すぐに大勢の前へ立ちませんでした。
ノエさんと相談し、仕事を戻す量も、少しずつ。
私の夜番も十一時までから九時までへ変わり、朝の試作を担当する日が増えました。
冬の終わり、グロウ商会の処分が確定しました。
成分を偽った販売、検査品のすり替え、不正な表示。
商会主は服役と賠償を命じられ、保養品の販売免許を失いました。
ベルナ家も、アルノー様が無断で使った私の名前と調理帳、誤った宣伝について、謝罪と訂正を出しました。
父上が返金を負担し、彼は商会の役職を外されました。
伯爵家の跡継ぎとするかどうかは、保留になったそうです。
手紙の最後に、アルノー様本人の文章がありました。
今なら君の料理を大切にできる、と。
私は、それ以上を読み返しませんでした。
すでに伝えた返事が、変わることはありません。
ヴィオラ様は縁談を断り、自分の領地へ戻りました。
短い手紙で、間違った説明を信じたことを謝ってくれました。
私も、証言してくれたことへのお礼を書きました。
その先の関係まで、今、決めなくてもよいと思いました。
父がもう一度訪ねてきたのは、冬の最後の雪の日です。
レオナルド様とのことを、私から話しました。
父は、まず、私の話を最後まで聞きました。
「今度は、よく知ってから喜びたい」
そう言って、次の休日に三人で食事をする約束をしました。
春の初め、レオナルド様は庭で、小さな箱を開きました。
中にあったのは、細い銀の指輪。
葉の模様が、少しだけ刻まれています。
「ソフィア。結婚してほしい」
私は、その指輪を見ました。
うれしい。でも、今の暮らしで、手放したくないものもありました。
「私からも、お願いをしてよろしいでしょうか」
「聞きたい」
厨房で仕事を続けたいこと。
料理帳は私の名前で作り、ベラさんと監修して、屋敷の外へも届けたいこと。
人前へ出る役目が増えるなら、一人で全部抱えず、相談したいこと。
彼は一つずつ聞いて、うなずきました。
「俺からも、一つある」
私は少し緊張しました。
「休みの日に、俺とも、食事をしてほしい」
笑ってから、胸が詰まりました。
難しい条件は、ありませんでした。
「喜んで」
私は指輪を受け取りました。
結婚と雇用の書類は、別々に作りました。
誰かの妻になることと、料理人であることは、私の中ではどちらも、大切だったからです。
その晩、ティムが差し出したりんごの皿に、白い影が落ちました。
窓の外で、ポルが翼を広げています。
春の風に乗って、母の山から戻ってきたのです。
私たちは窓を開けました。
小さな竜は、公爵様より先に、りんごへ飛びつきました。
その順番に、二人で笑いました。




