第22話 眠っている人に、好きとは言いません
公爵様は、その夜、七時間眠りました。
山から戻った村の宿でのことです。
ノエさんは隣の部屋で待機し、ユアンさんへ送る報告を何度も書き直しました。
私も、寝たはずなのに、夜中に二度目が覚めました。
廊下へ出ると、扉の隙間から、細い灯りが見えます。
ノエさんは私の顔を見て、椅子を一つ指しました。
「呼吸は落ち着いている。胸の光も、戻っていないわ」
私は座り、彼女の用意した温かな茶を飲みました。
母竜には、村の寺院と案内人が食事を届けてくれることになりました。
ノエさんの記録を添え、最初の数回は、村の薬師にも見てもらいます。
翼の回復には、まだ時間が必要です。
ポルは今夜、母と一緒に山へ残りました。
寂しいけれど、私たちの都合だけで連れ帰ることはできませんでした。
「眠れそう?」
ノエさんに聞かれ、私はうなずきました。
でも、部屋へ戻る前に、扉の向こうを見ました。
好きです。
声にしそうになって、止めました。
眠っている方へ言えば、返事を待たなくてよいからです。
それは、少し、ずるいと思いました。
朝になってから、伝えたい。
私はそう決めて、自分の部屋へ戻りました。
翌朝、遅い朝食の席へ、公爵様がいらっしゃいました。
髪が一か所、横へ跳ねています。
本人はお気づきでないようでした。
「おはよう」
私の前で、彼が笑いました。
私は椀を置く場所を、少し間違えました。
「……おはようございます」
今日の食事は、普通の量にせず、昨日までと同じ量です。
呪いが解けても、長く食の細かった体が、急に変わるわけではありません。
彼はその説明へ、素直にうなずきました。
一口、二口。
空になった椀を置き、彼が私へ目を向けます。
「俺が眠っている間、君は眠れただろうか」
私は笑ってしまいました。
「少し、心配で起きました」
「そうか。これからは、眠っても、ちゃんと起きる」
その約束を聞くと、今度こそ、言おうと思えました。
「山へ行く前のお話に、返事をしたいです」
公爵様が背筋を伸ばしました。
私も、手を膝へ置きます。
「レオナルド様」
お名前を呼ぶのは、初めてでした。
彼の目が、少しだけ大きくなります。
「私は、あなたが好きです。お食事を待っているときも、袋を持って市場を歩くときも。私の返事を、急がず待ってくださるところも」
声は、最後で少し震えました。
「これからも、ここで仕事をしたいです。それと……仕事が終わってからも、お会いしたいです」
彼は、すぐに立ち上がりませんでした。
一呼吸おいてから、私のそばへ来ます。
「手を、取ってもいいだろうか」
私は差し出しました。
彼の手が、ゆっくり重なります。
「俺も、会いたい」
朝の光が、卓へ落ちていました。
小さな椀と、私のまだ半分残ったパン。
私は、彼の寝癖へ目を向けました。
「一つ、先に直してもよろしいでしょうか」
髪を指すと、彼は驚き、それから笑いました。
これから見る朝には、知らなかった顔が、まだいくつもあるのです。




