第24話 最後の夜食、最初の朝ごはん
結婚したのは、その春でした。
式の前、ベラさんが私の前掛けを預かりました。
母の鍋は、厨房のいつもの棚へ置いてあります。
明日になれば、また使うものです。
私は白いドレスを着て、庭を歩きました。
レオナルド様が、先で待っています。
昔よりよく笑う方になりました。でも、私の前へ手を出すときは、今でも少し照れます。
「おはよう、ソフィア」
結婚式に、その挨拶を選んだので、私は笑いました。
「おはようございます」
毎朝言える言葉を、これからも言い合いたいと思いました。
秋になる頃、私は二十一歳、彼は二十九歳になりました。
屋敷の厨房には、私の料理帳を写す机が一つ増えました。
ベラさんの名前と、ノエさんが確かめた食材の注意書きも、一緒に載せます。
題名は、『夜に食べたい、小さなごはん』。
眠りを約束する本ではありません。
りんごをおいしく焼くこと。少ない量を、温かく出すこと。
好きな味を聞き、食べられなかった日を責めないこと。
月麦の扱いは、土地ごとの違いを記しました。
私の力がない人でも作れるものだけを、実際に何人かへ試してもらいました。
ティムは、その人たちへ火加減を教える役になりました。
ポルは母の山と屋敷を行き来しています。
オルナの翼はまだ無理ができませんが、寺院の記録には、夏に短い距離を飛んだとあります。
私たちは峠の村へ、料理帳と、次の冬の備えを送りました。
そして、婚約が終わった夜から、ちょうど一年。
私は最後の夜食当番を終えました。
辞めるわけではありません。
次の月から、新しい当番表になるのです。
私は朝食と試作を中心にし、夜は週に一度。
ティムと二人の料理人が、ほかの夜を受け持ちます。
その晩は、初日と同じ、白かぶと月麦のスープを作りました。
レオナルド様は、三口で食べ終わる椀を見て、私へ目を向けました。
「もう一口は、契約違反だろうか」
私は声を出して笑いました。
「おかわりもございます」
彼は食べ終わってから、私の椅子を引きました。
今は、同じ卓へ座ります。
私の椀も、最初からそこにあります。
ポルが、窓辺で小さく歌いました。
胸の傷は、もう光りません。
レオナルド様はその声を聞き、静かに茶を飲みました。
「今夜も、よく眠れそうだ」
寝室へ向かうとき、彼が私の手を取りました。
今度は、椅子から立つためではありません。
一緒に歩くためです。
翌朝、私が目を開けたとき、隣の人はまだ眠っていました。
窓から差す光が、黒い髪へ落ちています。
あの寝癖は、今日もありました。
少し待っていると、彼の目が開きました。
「……おはよう」
私は、起きている人へ答えました。
「おはようございます。今日は、何を召し上がりたいですか」
彼は、すぐに何でもいいとは言いませんでした。
しばらく考え、私を見ます。
「卵。それと、硬いパンの端を、君と半分ずつ」
台所では、もう朝の火がともっています。
誰かが鍋をかけ、誰かが果物を切る音がしました。
私が今すぐ飛び起きなくても、食卓は整っていきます。
私は彼の手を握り返しました。
その朝、私たちは二人とも、お腹がすいていました。
完




