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第20話 月の竜に、温かいごはんを

岩棚の奥に、月が落ちているのかと思いました。


白い翼をたたんだ竜。

首から尾まで、屋敷の廊下ほどの長さがありました。

左の翼の付け根には、古い傷が残っています。


ポルが鳴きました。


「きゅう」


大きな竜のまぶたが、少しだけ動きました。

でも、体は起き上がりません。


ノエさんが、公爵様へ手を上げました。

近づきすぎないよう、という合図です。

傷の周りの魔力は弱く、強い敵意は感じられない。でも、眠っている生き物の反応は読めません。


私たちは岩棚の外側へ、小さな火を作りました。

運んだ月麦を、村の水で戻します。

本にあった捧げ物と、厨房で確かめた試作。

それでも、ここの水と火で、同じものになるとは限りません。


最初の鍋の湯気には、赤い筋が残りました。

私は小皿へ取り、ノエさんに見せました。


「全体の濃さは、ポル用より高い。でも、古書の成竜の記録ほどはない」


魔力を全部抜く料理では、竜の力にはなりません。

濃すぎる部分だけを、ゆっくり動かす必要がありました。


火を弱め、鍋の蓋を少しずらしました。

月麦の殻に残る赤い筋が、泡へ集まります。

私はそれをすくい、別の容器へ入れました。

煮汁を少しずつ戻すと、湯気に青い輪が現れました。


香りは、焼いた栗に似ていました。


ポルが前へ出ました。

用意した小皿を二口食べ、それから母竜へ飛んでいきます。

鼻先へ頬をこすりつけ、歌いました。


私は、大きな器を持ちました。

鍋一つ分の粥。人間の腕には重い量です。

公爵様が片側を支えます。


「ソフィア。今、怖いか」

「はい」


正直に答えました。

彼の腕も、少し硬くなりました。


「置くところまで、お願いします」

「一緒に行く」


二人で器を岩へ置き、十分離れました。

ポルが母の鼻先から、器へ移ります。


白い竜が、目を開けました。

銀の瞳に、私たちが小さく映っています。


長い沈黙の後、竜は首を伸ばしました。

最初は、湯気へ鼻を近づけるだけ。

次に、粥を舌へ載せます。


大きな体の中で、低い音が響きました。

翼の縁へ、淡い光が戻ります。


私は膝をつきました。

食べた。それがうれしくて、息がうまく吐けませんでした。


竜は器を空にしてから、私を見ました。

声ではないものが、頭の奥へ届きました。


――あたたかい。


ポルが、誇らしそうに翼を広げました。

私は、次の鍋の月麦を、震える手で量りました。

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