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第18話 公爵様は、私を帰したくありません

晩餐会の後、私は洗ったハンカチを返しました。

ずっと返す機会を探していたのです。

機会は、毎晩あったはずなのに。


公爵様は、庭に面した廊下にいました。

広間の声は遠く、窓の外には、黄色い葉が積もっています。


「借りたままで、失礼いたしました」


白い布を差し出すと、彼はすぐには受け取りませんでした。

それから、両手でそっと取りました。


「ありがとう」


いつもの言葉です。

でも、今日は少し声が低く聞こえました。


「山へ行く前に、話しておきたい」


彼は廊下の椅子を示しました。

私も、公爵様と向かい合って座ります。


「今の契約は、三か月ごとに見直す約束だったな」

「はい」


仕事の話でした。

私は、勝手に上がった胸の音を、落ち着かせようとしました。


「呪いが解けたら、君には、ほかの道もある。自分の店を持つことも、実家へ戻ることも」


彼の手が、膝の上で重なりました。


「その時、給料を理由に、君を縛りたくない」


私は膝の上の指を見ました。

料理の仕事を続けたい。

その気持ちは、いつの間にか、ここにいたいという気持ちへもつながっています。


「ただ」


彼の声が止まりました。

私は顔を上げます。

公爵様は、逃げずに私を見ていました。


「個人としては、帰したくない」


息が、一度止まりました。


「俺は君に、会うのを楽しみにしている。献立だけでなく、今日は何を見たか、何がおいしかったか、そういう話を聞きたい」


窓の外で、木の枝が揺れました。

彼は続けました。


「君が好きだ」


料理を、とは言いませんでした。

何かしてくれるから、とも。


私は返事を探しました。

うれしいのに、うれしいだけでは言い切れません。

この方が眠れず、私の料理を必要としている間に答えれば、その必要と恋を、私は分けて考えられるでしょうか。


「私も、会いたいと思います」


自分の声が、少し頼りなく聞こえました。


「でも、お体が落ち着いてから、もう一度、お返事をしてもよろしいでしょうか」


公爵様は、迷わずうなずきました。


「それまでに、違う答えになってもいい」


私は首を振りかけました。

いいえ、と今、言ってしまいたかった。

でも、彼がくれた時間を、受け取ることにしました。


立ち上がるとき、公爵様が手を差し出しました。

私はその手へ、自分の指を置きました。

大きくて、温かな手です。


椅子から立つだけなら、もう支えはいりません。

それでも二人とも、すぐには離しませんでした。


最後に、公爵様が小さく笑いました。


「一つ、先に伝えておく」

「何でしょうか」

「眠れるようになっても、焼きりんごは食べたい」


私は、そのときようやく、声を出して笑えました。

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