第15話 お夜食係は、薬師と喧嘩しません
「山へ持っていく料理を考えたいです」
ノエさんは、すぐには返事をしませんでした。
私の前掛けと、机の上の本を見ています。
「まず、あなたが山へ行くつもりなら、危険について聞いて」
私は椅子へ座りました。
月見山へは馬車で三日。
最後は半日ほど歩く。寒さ、足場、竜の反応。
公爵様の調子が悪ければ、そのまま戻らなくてはいけない。
料理を届ければ、必ず竜が目覚めるという保証もない。
ノエさんは、順に説明しました。
「公爵様は、あなたを巻き込みたくないと思っているわ」
「私も、無理なことまでできるとは思っておりません」
料理帳を開きました。
寺院の記録には、月竜へ月麦の実を煮て捧げる風習がありました。
加えて、実がよく食べられた年と、ほとんど残った年の記録。
よく食べられた実は、収穫から時間がたっていません。
乾いたものは、煮ても魔力の赤い筋が残りやすいと、私は試作で確かめました。
「生に近い実を持ち込むか、戻し方を変えるか。まず、ここで比べたいです」
ノエさんは、ようやくうなずきました。
「それなら、私も手伝える」
二日かけて、水の温度と煮る順番を変えました。
ベラさんは香りを、私は湯気を、ノエさんは器具の数値を見ます。
途中で、私の見え方だけが変わる試作がありました。
「これなら、落ち着いて見えます」
「数値は、まだ濃いわ」
言い合いになりかけて、二人とも止まりました。
見ているものが違うのです。
私の力で見えるのは、偏りの形。ノエさんは全体の量も調べています。
その試作は出さず、もう一度やり直しました。
ポルが試食したのは、ノエさんの確認後でした。
淡い青の湯気が、細く上がる椀。
二口、三口。竜は顔を上げ、きれいな声で鳴きました。
でも、子竜と母竜の必要量は違います。
記録へそう書き、これで完成とはしませんでした。
夕方、公爵様がいらっしゃいました。
私たちの頁を読み、次に私を見ます。
「君に来てほしいと言えば、断りづらくなるだろう」
私も、膝の上へ手を置きました。
「お命じになるのですか」
「いいや」
彼は首を振りました。
「来てもらえるなら、うれしい。でも、ここで作り方を渡してもらうだけでも、感謝する」
私はまだ、返事をしませんでした。
怖さも、自分が行きたい気持ちも、どちらもありました。
一晩、考える時間を頂きました。
公爵様は、その一晩を、きちんと私のものにしてくださいました。




