3・悲劇のヒロイン聖女様
我が家にやって来た、救世の聖女フィリア・フィリンス。
竜の女神様を信仰する竜主教会公認の、正真正銘聖女様。
因みにお母様の所属する癒やしの教会というのは、世界で初めて癒やし手を名乗ったとされる人間の男性が、慈善事業として始めた組織がルーツで、信仰らしい信仰はない。回復屋さんみたいな集まりだ。
強いて言うなら聖者とされる初代癒やし手様が信仰されているが、竜の女神様みたいに神じゃないので、ご先祖様ありがとうくらいのノリである。
彼の「癒やし手こそ誰にも手を差し伸べよ」という理念に共感したヒーラー達が、ほとんど善意で無力な民衆への癒やしを一手に引き受けている。
竜主教会は竜神の血、すなわち竜の女神様の血が濃いほど尊く優先されるべきという教義だから王族、そして僅かに王家より竜神の血を頂く貴族優先という考えで、庶民は完全放置なんだよね。
一方、癒やしの教会は分け隔てなく癒やしを与える。
各地にポツポツとあって慈善事業のノリで好き勝手に発生している癒やしの教会を管轄しているのが、ちゃんと竜の女神様を信仰している竜主教会。
我らがケノーランド王国建国に関わる信仰で、こちらは王族貴族の寄付が凄いから、とにかくリッチで権威も凄い教会らしい。
そんな竜主教会が見出した聖女フィリア・フィリンス。
理由は明白。
彼女の生まれた街が、大いなる魔に蹂躙された。
数少ない生き残りによると、その魔はまるで伝承の魔王。
しかし魔は一旦の退却を余儀なくされた。
何故なら、フィリア・フィリンスが突如発した神々しき光が魔を払ったから。
その姿、まるで伝説が物語る偉大なる聖女。
そしてその攻防の痕跡を調査した竜主教会は、街を襲いし大いなる魔は魔王復活の兆候と見なし、それを追い払ったフィリア・フィリンスこそ魔王を打ち払う定めの救世の聖女と認定したのだ。
聖女フィリアは既に国王陛下との謁見を終え、同時に王太子殿下との面会を果たし、後見人として竜主教会の教主様ことシャルル・リエール卿が選ばれたそうだ。
すんごい顔ぶれ。
だからこそ我が家、関係無いよね?
ルサキーノってささやかな男爵家ですよ??
しかし国王陛下、朗らかに余計な事を仰ったらしい。
「王都には既に聖女と呼ばれる女性がおっての。彼女共々聖女として励んで欲しい」
そこにカッチーンときたのが竜主教会・教主様およびに聖女たるフィリア様。
教主様はリエール公爵も兼ねていらっしゃる。彼はお貴族様らしく、安価な報酬で庶民を癒やす、癒やしの教会所属のヒーラーを嫌っているし見下している。我ら貴族に囲い込まれるという栄誉にも預かれぬ、貴族の評価も得られぬ底辺ヒーラー共の巣窟、みたいに思っているらしいと聞く。
お母様はそんな癒やしの教会所属の、彼ら視点だとアマチュアヒーラーだ。恐れを知らぬ下民共が無知蒙昧にも聖女などと勝手に呼ばわっているだけの底辺ヒーラー……だった筈なのに、国王陛下がその存在を認めるような発言をした事でまるで実質公式聖女みたいじゃないか。権威ある竜主教会が認めた正統なる聖女と同列に語られるとは何事か! ってお怒りらしい。
王様が勝手に私のお母様と正規の聖女様を同列に扱っただけなのに、その屈辱やら怒りの矛先やらが真っ直ぐお母様に向かっているという状況。勘弁して欲しい。
「アタシが! 聖女なんですよぉ? いい歳こいて聖女と呼ばせて調子乗るとか恥ずかしくないんですかぁ? 勘違いしないで欲しいですぅ~☆ その驕り、アタシがきっちり矯正して差し上げますから。お・も・て・な・し、シッカリして下さいねっ」
初対面で、説明しつつお説教する聖女様。
みゅ~ん。
お父様、好感度マイナス650になっている……!
お母様は変動なし。凄いなあ。
怒気も露わに何かを言おうとしたお父様をやんわり制して、お母様がリエール教主様に切々と訴えかける。
「わたくしは聖女を自称した事は一切無く、当然ながら自分が聖女であるとは露程も思っておりません。よって聖女様を預かる者として相応しくないと考えております」
小馬鹿にした表情のリエール卿。
このまま納得して頂ければ万々歳だったのだけれど、聖女様がキンキンとした声を上げた。
「ひどい! アタシ、家族全員死んだのに!」
「お悔やみ申し上げます聖女様。ですが、我が家は貴女様が満足頂ける環境を提供できる様な家格ではなく」
「でも聖女って呼ばれて良い気なっているんでしょ? ならホンモノの指導が必要でしょ!」
「とんでもございません。聖女様のご指導などわたくしには勿体のうございます。貴重なる聖女様のお時間、お手数お掛けする事、畏れ多いと申し上げたく」
「酷い! アタシ被害者なのに!」
何が酷いのかさっぱり分からない。
聖女様はもっと豪華な場所で大切にもてなされるべきで、ならばウチの経済状態じゃ無理って言ってるだけなのに。
毅然とした背中のお母様。
現状を打破する為に思考を巡らすお父様。
どうしよう。
どうしたら。
突然の、雲の上の偉い方々の無茶振り。
わたしは一体どうしたら。
一体わたしに何が出来る?
でも何もしない訳にはいかない。
けれど下手な事をしてはダメ。
何か、何か───
転移魔法の気配。
バン! と大きな音を立てて、ここ応接室の扉が開く。
扉より見えるはサラリと靡く空色の髪。
瞳孔のかっぴらいた美しい蒼を炯々と輝かせ、威嚇的な笑みを浮かべるエルン様だった。




