5・染色準備3
その日のエルン様はご自身の一人称にお悩みの様だった。
先日、セイウォルじゃない貴族の方のパーティに参加されたのが切っ掛けだったと思う。わたしも伴侶として一緒に連れて行って貰ったから分かる。
同年代の貴族の方々と親睦を、みたいな趣旨のパーティだった。
パーティの流れがすぐに男女それぞれに別れたので、エルン様は同年代の令息達に囲まれて、わたしは同年代の令嬢達に囲まれた。
わたしはそもそも貴族っていう自覚がない。
お母様由来の、古く光輝なるリンリスト伯爵家の血筋を根拠に貴族としての矜持を、みたいに思えば良いのかも知れないが、ちょっとわたしにとって遠い。
お母様は伯爵令嬢で、お父様は実力と実績で爵位を得た。
でもわたしは平民なんじゃないかな? という感覚がある。お母様は駆け落ち同然、お父様の爵位は一代限り。
自分を貴族のご令嬢だなんて自惚れたら痛い目見そうってずっと心の何処かで思っている。
幸いにも伯爵令息のエルン様に見初めて頂けたから、どうやらわたしも死ぬまで何らかの貴族……? みたいなふんわり感で生きている。
セイウォルは正規の貴族とは全く違う文化圏だから、結局貴族らしくなれていない。
セイウォルの伴侶に選ばれる、その印象は憧れと嫌悪に大別される。
深く重く溺愛される事に対する憧れ。裕福な、能力の性質上ほぼ食いっぱぐれない一族に愛される羨望。
それから漠然とした、かの一族に対する嫌悪感を示す一派。ちっとも理解出来ないのだけれど、セイウォルに生理的嫌悪を抱く方も居るらしい。魔物盛りだくさんの結界外で暮らされてはいかが? としか思えない。
あの一族何かおかしくない? 大丈夫? 拘束ひどくない? 辛くない? 助け要る?? という、溺愛頂けているわたしからしたら、鼻で笑いたくなる様な見当違いのご心配を頂けたりもする。
取り囲まれて、何やかや。
一応、ご令嬢方の顔と名前は覚えたけれど、わたしにとってどうでも良過ぎて明日になったら忘れてしまいそうで心配だ。
お友達とのお喋りってエルン様と出逢う前、あんなに憧れてたのに、時間の無駄に思えて仕方がない。
だって彼女ら、エルン様じゃない。
笑顔を作ってご令嬢方の遠回しすぎる当てこすりや見下し、自慢話を聞き流しているが、意識は常にエルン様を探してしまう。
わたしの頭はエルン様だけでいっぱいなので、ご令嬢達と交わした、親切と心配のオブラートに包まれた破局誘導たっぷりの会話は、既に記憶から消えかかっている。
けれど、エルン様は違うらしい。
全人類にとって大恩あるセイウォルだと言うのに、しょーもない小物の令息達からエルン様に対するやっかみみたいなモノをぶつけられたみたいだ。
エルン様はただエルン様として在ればそれだけで最高に格好いいというのに、純粋故にか馬鹿馬鹿しい悪影響を受けそうになっている。
「自分を俺って言うの、どう思う?」
「ご自分を僕って言うの、止めちゃうんですか?」
「考え中。なんか俺の方が格好良くない?」
「僕だろうが俺だろうが関係無く、エルン様は格好いいです!」
「そう言ってくれるの、シルリアだけだよ」
「わたしだけで良くないですか」
「それはそう」
「僕って言うの、笑われたんだ」
「僕って言うのを笑う方のほうが笑われるべきなんです。エルン様を笑うなんて馬鹿です。馬鹿の戯れ言なんてポイですよポイ!」
「そうだね。ごめん僕、ブレてた。そうだよ、シルリアだけ居れば良いんだから、アレは雑音。雑音なんか気にするの止める。ありがとうシルリア」
にこりと笑んでエルン様はセイウォル外のご友人を作ろうとするのをスッパリと止めてしまった。
交友関係が閉ざされるのに全く未練もなさそうだ。
だって遊ぶの、ご兄弟や従兄弟はとこ、年の近い甥姪だけで十分だものね。
セイウォルには同年代の親類がたんと居る。
子供のセイウォルはセイウォル本家のお屋敷やその周辺に住んでいる子が多い。一族だけのちょっとした街みたいになっている。
そして未だ子供のセイウォルっ子の皆さんとその伴侶は、本家で独自の教育を受けるのだ。
だからエルン様はセイウォル外の子が友に居なくても、ちっとも寂しくなんてない。
それにわたしも居る。
……わたしが居たらエルン様は寂しくないだなんて、そんなある意味傲慢とも言える発想が出来る子になってしまった。でも事実だとナチュラルに思えてしまう。
エルン様はわたしに誤解もすれ違いもさせる余地なく大切にしてくれる。大切で大切で大好きだと言葉を惜しまずわたしに刷り込んで下さるから、今やわたしはごく普通にこんな事を考えられる子に育った。
こういう考えになっていくの、周囲の方も褒めて下さる。
セイウォルに愛されるってこういう事なんだって。




