4・染色準備2
わたしはセイウォル家の一員になるのだから、エルン様と一緒にお勉強するべきだし、礼儀作法もセイウォル家のものだけ知っていれば良いのだからと、セイウォル家の用意した教師陣から手解きをして頂いた。
外部の家庭教師ではなく、時間に余裕があるセイウォルの方やその伴侶の方が様々な事を教えて下さるのだ。
セイウォルはたくさん居る。だから余所のお家の余計な指導を必要としない。
ぜんぶ、ぜんぶ、セイウォルに染まる。
わたしはセイウォル邸に日参している。
よそ見なんてする暇はない。余所のお家と交流する隙は微塵も生まれない。
だって毎朝、エルン様が迎えに来て下さる。
家庭教師、魔法の修練、剣の基礎練習等々、ずっとずううっとエルン様と一緒。うれしい。
お出かけするのも絶対必ずエルン様と。しあわせ。
たくさんデートに誘って下さるからセイウォル外の友達なんて必要ないと思うようになっていった。
エルン様だけ居たら良いって、思える様になっていった。
12歳になったエルン様はとっても優秀な結界魔法の遣い手になって、もうすでに王都の結界に魔力を注いでいる。広大な王都の結界魔法はセイウォル複数人による合同の魔法らしい。
でもそれは結界魔法を使える事が大前提。
エルン様はもう既に結界魔法『蒼き堅固なる護り』を使える様になったのだ。巣作り早!
膨大な魔力の持ち主で高度な技術があるって事。
それだけの実力をセイウォル家の家長たるお父様に認められて、だから王都結界の構成に参加するのを許された。
エルン様のお兄様の内、もう成人である長兄と次兄の方は参加されているけど、エルン様は歴代最年少で参加を許されたんだって。
それはもう一人前のセイウォルという扱いで、その働きに応じたお給料を既に貰っている。
セイウォル家の方々は別に強欲ではないが、とんでもない大家族かつ大した領地を持っていない割りに裕福な一族だ。一人一人のセイウォルっ子がそれぞれ担当する都市で結界魔法の報酬によってたっぷり稼いでいるからだ。
都市に住む人々、王族貴族領主様らにとって、彼らの『蒼き堅固なる護り』の有無は死活問題だ。
魔物の脅威が完全に除去されるからね。
命綱の費用を惜しむ馬鹿はほぼいない。なので彼らへのお給料を惜しむ馬鹿もほぼいない。
それが王都の結界ともなれば、それはもう稼ぐ稼ぐ。
……のは良いのですが。
ある日、ぽんと手渡されて反射的に受け取った杖。
吃驚するくらい手に馴染んだ。
魔力の波長がとてつもなく繊細に調整されている。明らかにわたし専用に作られたオーダーメイド。
「わ、わたし用の癒やしの杖……? おおおおお、お幾らですかわたた、わたしのお小遣いで支払いを」
でもわたし、杖屋さんに行った覚えがない。
そんなレベルにないからだ。
サプライズでここまで完璧にその人専用に調整された杖を贈れるって、この杖の蒼い宝玉ってこの感じ、まさかエルン様が手ずから調整されてる……? 他者がそんな神業みたいな魔力調整出来る……? 本人が杖屋さんに行ってプロに調整して貰う訳じゃないってのにどうなってんの? 天才過ぎない……? 柄の部分も凄く美しい装飾……。この柄の青みを帯びた独特の銀の光沢はミミミミスリル! 正確な値段はよく分かんないけど多分、王都のお屋敷くらいは軽く買えるお値段。さ、触ってて大丈夫だろうか?? 指紋付けて大丈夫? なんか恐くなってきた。
わたしは動揺しまくりだというのに、エルン様は優しく糸目で微笑んでおっとりと首を傾げる。
「何故? シルリアの杖なのに」
「わたしの杖だからです。支払います」
「僕が払うよ。シルリアの杖だし」
「??」
「?」
丁度その場にエルン様の長姉ミミアーヌ様が通りかかって「ウチの男連中って好きな子には自分の由来のものを身に纏わせたい習性だから貰ってやって。ありがとうってニッコリしてれば、しばらく病まずに平和よ」と仰って、エルン様もニコニコと頷いたものだから、有り難く頂戴する事にした。
「僕が居ない時は僕と思って離さないでね?」
それからは折に触れて髪飾り、ブレスレット、ネックレスを贈って下さる様になった。何かにお呼ばれした時には、それ用のドレスも。エルン様とバッチリ対になっているデザインの、とっても素敵なドレス。
いつもいっつも恐縮するのだけれど、「シルリアを可愛くするのは僕だけの権利で趣味なんだから遠慮しないで」ってにっこり笑顔で頷かれるので、わたしはいつも有り難く頂戴している。お代があのぽにゃ~とした癒やし魔法だって言ってるけど、圧倒的に割に合ってない!
わたしの家は高位貴族みたいにわんさかと装飾品を買える様な家ではないので、もうエルン様に頂いたアクセサリーだけで追加で買わなくて十分かなって感じだ。大層なパーティに招待される様な家でもないし。
年を経る毎に順調に、何もかもがエルン様関連のものに包まれていっている。
それら全部にたっぷりとエルン様の魔力が付与されていて、彼ら一族得意の防御効果などが大量に掛けられているみたい。高度すぎてわたしには完全に解明できない魔法がたくさん編み込まれている様だ。
離れていても、常にエルン様を感じさせる。
癒やし手として教会へ赴くお母様の厚意で、レベル上げにとなるからおいで、と一緒に街中を歩いている時、「やべえヤツにやべえ重さで想われてんな」と知らない方がドン引いていたけれど、わたしは嬉しい。
お母様も、セイウォルらしいわね~と微笑んでいる。セイウォルはとても数が多いから、お母様の友人知人にも伴侶に選ばれた方がぽつぽつと居るみたいだ。
「不安はないわ。だって私が知る限り、セイウォルに愛された方は一人残らずとっても幸せそうだもの」
そう言ったお母様は、貴族ではない方かつ、結界外の魔物負傷で重症の方をちゃきちゃきと50人ほども癒やしたというのに魔力切れなんて微塵もなくて、全く疲れを見せない笑顔。
一方わたしは、教会近くのご隠居さん5人程の腰痛をぽや~とノロノロ癒やしてへっとへと。感謝をされてはいるけれど、ヒーラーとしての格の違い、才能の違いにいつも心がべっこべこにへこたれている。
哀しいと思った事、嬉しいと思った事を、わたしは残らずエルン様に報告する。
わたしは何もかもをエルン様に隠さない。
セイウォルの方や伴侶の方にそうあるべきと教えられて、自然とできる様になったから。
そんなわたしをエルン様が愛おしげに見て下さるから。エルン様が嬉しいと、わたしは胸がきゅうっとなって幸せになる。
だからわたしの全部は、エルン様に伝えるべきと染み付いていく。
実際、お母様にもお父様にも話せないもの。
偉大なヒーラー達の娘なのに、どうやらわたし、回復魔法の才能がないって。
優しい両親、周囲の方々、何も言わない。
それが辛い。
お父様やお母様みたいなヒーラーになりたいのに。
わたしはエルン様の胸の中でちょっと泣く。
エルン様、いつの間にか少し大きくなっていっている。
段々と、たくましい大人の男性になりつつあるのだ。
それでも変わらずわたしを大切に愛でて下さる。
こんなに才能のない、ポンコツのわたしでも。
頭を撫でて、背中を撫でて、慰めて下さる。
ここだけがわたしの安らげる場所だって思う。
エルン様だけ。
エルン様だけなんだ。わたしには。
「大丈夫だよシルリア。ただ回復魔法の行使には効率が悪い体質なだけなんだ」
「それってつまり、才能がないって」
「ああ泣かないで。シルリアは知識も技量も鍛錬も十分じゃないか。要は君の身体にたくさん魔力があれば良いだけなんだ」
「でもわたし、魔力あんまりないです」
「今はね。ヒトの法律が縛りさえしなければ、今すぐにでも優れた癒やし手にしてあげられるのに」
「???」
「とりあえずはこれで我慢して?」
ちゅ、とキスをされた。
ぼぼぼと頬が赤く燃える。
エルン様が微笑んでいる。彼もちょっと顔が赤い。
だってだって、口は初めて。
ふわっとした感触。
なのに消えずに残っている。
この唇に、彼の感触、残ってる。
「ほらほら僕の目、癒やしてみて」
目を閉じてすっかりいつも通りのエルン様。
でもでも、わたし、つややかな唇、見てしまう。
だって、だって、たった今、わたしにキスした唇だ。
エルン様に貰った癒やしの杖を縋る様に抱え持ってぷるぷる震えながらそこばっか見てしまって、頭の中そればっかりで何にも出来ない。
やがて片目だけ薄ら開いたエルン様。
「えっち」
わたしはいよいよ爆発したみたいに真っ赤っか。
ほんの僅か、ごく至近距離を許された美しい蒼の輝きに吸い込まれてしまいそう。
「また欲しいの?」
唇の動きが妙に艶めかしく見えてしまって、わたしはもういっぱいいっぱいで、頭がどうにかなってしまった。
混乱のままに杖を振るって、ヤケクソ気味に回復魔法。
「…………あれ?」
すごくスムーズ。
何だろう? 魔力が増えてる??
ああ、彼の、注がれたんだ。
馴染んで……うん、エルン様の。
ひたひた。
凄く心地良い……。
うっとりとしながら魔力を注ぐ。
なんだかわたしの魔力とエルン様の魔力が混ざり合って回復魔法と魔力譲渡のキスでぐるりと循環した感じ。
二人に馴染み巡り回り合うその感覚は、とってもとっても心地が良くて満たされる。
「いつもありがとう。シルリアの魔力だけが眩しくなくて目に優しいんだ。うん。もっと深く馴染もうね」
「はい、エルン様……」
ちゅちゅちゅ。
目を癒やしたご褒美のように口付けられる。
わたしはとろんと身を委ねた。




