3・染色準備1
「ねえエルン様。一目惚れってどんな感覚なんですか?」
エルン様は本当に足繁く我が家に通って下さっている。
でも伯爵家のご子息を力一杯おもてなししていたら我が家は直ぐに力尽きてしまう。経済的な意味で。……っていうのを早々に見抜いた聡明なエルン様は多分あえて、より庶民っぽく振る舞われるようになった。
ちょっと裕福な家程度の我が家の規模にするりと馴染んで、医療従事者の両親の手伝いもサラリとこなして、あっという間に我が子も同然のポジションを確立させてしまった。
本当に凄いし、本当に有り難い。
我らがルサキーノ男爵家は、お父様が若い頃に猛威を振るった疫病の特効魔法薬を開発した功績で一代だけ頂けた爵位による端くれ貴族で、それはお母様と結婚する為に褒美として王様に頂いたんだって。お母様は古い伯爵家のご令嬢で、四女だったのもあって、お父様の叙勲でなんとか結婚の許可を貰えたんだとか。お母様の実家とはほとんど絶縁状態だけれど。
つまり、ルサキーノ男爵家ってのは平民に毛が生えたような家ってこと。
だからエルン様とわたしはお父様のお手伝いで、魔法薬を入れる容器を煮沸消毒をする前段階の、ガラス瓶の水洗い(大量)なんて地味~な仕事をしたりしている。
本来はわたしだけの仕事で、エルン様がするような仕事じゃないのに、一緒に居たいからと手伝って下さるのだ。
もうすっかり慣れた作業で、わたしはふと思い付いた質問をしてみたってわけ。もちろん手はちゃっちゃとガラス瓶の水洗いをし続けている。
「一目惚れ……そうだね。僕達は生まれた時からずっとずっとずっとずっとずうううっと、誰かを渇望している生き物で、顔も名前も知らない愛しい誰かに対する愛情とか切望とかを募らせながら耐えていて、破裂寸前で、だからシルリアを見つけて、やっと逢えたって耐え抜いてきた愛しさが爆発した、そんな感覚だったよ」
眩しそうに愛おしそうにわたしを横目見るエルン様に思わず頬が赤くなる。うれしい。でもちょっと不安がある。
「その。一目惚れって感覚は、実は勘違いだったらどうしようって考えちゃいます。後から実はわたしじゃなくてこの人が運命の人で愛してますって事はないですよね? わたし、もしエルン様にそう言われちゃったら泣いちゃいますよ?」
「うーん僕からしたら有り得ない……。シルリアは一目惚れって言われると不安?」
「ううう。すみません……病気で見た目がすっごくおデブちゃんになったらどうしようとか。大人になるにつれてエルン様が好きって言って下さったこの顔じゃなくなったら、どうしよう恐いなって」
「ああ、ヒトは一目惚れって見た目が気に入ったって解釈するんだ」
「セイウォルの方は違うんですか?」
「魂の波長って分からない?」
「分からないです……」
「そっか。シルリアが大人になったら分かる様になれるよ。僕達の感覚と同じになれる。僕の一目惚れが勘違いだとか僕が目移りするとか、そういう生態にない不安が杞憂だって塗りつぶせるんだけど。不安なら早めようか?」
「? シルリアはまだ子供です。大人になってからする事は、大人になってからが良いと思います」
「それもそうだよね。……残念」
「???」
わたし達は綺麗になったたくさんのガラス瓶を木箱に入れて、風の魔法でぷかぷかと宙に浮かべながら運搬、お父様の研究室に向かっていった。
「いつもありがとうね二人とも」
「…………。いえ、」
目を細めて、一瞬反応が遅れたエルン様をお父様はしげしげと見つめだした。観察、いや診察しているのかも知れない。
「エルンスト殿はいつも眩しそうにされている」
「はい、マイシャー殿。いつも眩しいです。みんな良く平気だなって思います」
「だから常に目を細めていらっしゃるのか。我々はそんなに眩しくないのですよ」
「えっ、そうなの? シルリアも眩しくない? 眩しくないのが普通なの?」
わたしにとって、エルン様が糸目なのは当たり前すぎて、眩しがっているという発想がなかった。
何というポンコツ。
わたし、婚約者なのに。
自分にしょんぼりと落胆しながらエルン様に答える。
「わたしにとっては、眩しくないのが普通です……」
「そうなんだ……! 僕、眩しいのが当たり前すぎて、ちょっと吃驚だよ」
「診察させて貰っても?」
「はい、お願いします」
お父様は様々な計器でエルン様の診察をして、色んな質問をした。
エルン様の個人的な事だしと、わたしは席を外そうとしたけれど、エルン様がどうして出て行くの? ときょとんとされたので在席を許された。
どうもエルン様は、わたしとエルン様を別人じゃない扱い、二人で同一人物だと思っているみたいな言動をする。
やがてお父様は診察帳にさらさらと何かを書きながら頷き、診断を下す。
「竜眼器質、先祖返りかな。魔力が見える過ぎるんだ」
「竜……?」
「シルの質問は後で。エルンスト殿にとっては色々な人、色々なモノが纏うあらゆる魔力がよく見え過ぎる為に、世界が眩しいのでしょう。きっと君は強大なセイウォルになる」
「ありがとうございます。マイシャー殿、この眩しい視界を緩和させる魔法薬などはありますか?」
「それは君の眼が人の肉体には上等すぎる弊害って感じだからなあ。魔力を見る、感知するというのは、歩ける泳げるみたいに一度出来る様になったら一生出来るんです。だから例えばエルンスト殿が服薬などで全く魔法が使えなくなったとしても、魔力は見える。そういう実例がありますから。ごめんね、役立てそうにないみたいだ」
「いえ、教えて下さってありがとうございます。眩しいのには慣れていますから、大丈夫です」
「うーん、なにか良い手段があれば良いんだけれど。ちょっと考えてみるね」
「お気になさらず」
お父様は研究者魂に火が付いたのか、さっそく分厚い医療書を取り出し、調べ事をし始めてしまった。王都一の魔法医者と言われるお父様でも難しいのなら、他のお医者様でも難しそう。
高度な専門知識を持つお父様の研究に期待するしかない。
ぱぱっと魔法薬一本で解決できたら良いのだけれど、病気という訳じゃないから、更に難しい。
お父様ならいつかきっとと信じよう。
わたしももっとヒーラーとしての知識を覚えまくって、お父様とお母様みたいな一流のヒーラーになって、エルン様の眩しい問題を解決するお手伝いができる様な魔法医者になりたい。
……肝心の、回復魔法があんまり上手に出来ないけれど。
知識なら! 知識なら才能なくても役立てるはず!
せめてエルン様の目の負担を何とか出来る様な、何かを出来るようになりたい。具体的に何をしたら良いのか今はさっぱりだけど。何か。
わたしのぽや~とした、ささやかな回復魔法は、ほとんどエルン様の疲れ目やそれによる頭痛の緩和に使われる。
出逢って直ぐの頃、辛そうなのが見ていられなくて咄嗟に目元に回復魔法を使った事があった。
どう考えてもあのへろへろした回復魔法にそんな威力はない筈だけれど、エルン様は「シルリアのだから一番すっと馴染んで癒やされる。これからもお願いして良い?」って言って下さって、それから逢う度にぽや~と目を癒やしている。
お父様は疫病排除の英雄的な魔法医者だし、お母様は結界外での魔物による負傷を6人分位のおかず一品ぽっちの報酬で癒やしてくれる事から、聖女だなんて呼ぶ人も居るほどの偉大な癒やし手。その技量も神域なんて言われてて王都癒やしの教会における筆頭ヒーラーでもある。
そんな偉大なヒーラー二人の娘なのに、あまりにも恥ずかしい腕前だから、恥ずかしくて誰にも使えなくて、だからちっともレベルが上がらないでいたから、エルン様の疲れ目癒やしに使って貰えて本当に助かっているし、嬉しかった。初めて認められたみたいで。
エルン様の前でだけ、恥ずかしいわたしの癒やしをお見せできる。
だって彼は、わたしの癒やしが一番効くと言ってくれた。
そんなの、生まれて初めてで。
わたしはお世辞だろうともそれに縋った。
お陰様で、のそのそと癒やしレベルも上がってきている。
両親は天才過ぎて、どうしてわたしがそんな所で躓いているのか心底分からないらしいのだ。わたしの全力は彼らの呼吸レベルで、自然と出来る息の吸い方を教えるだなんて、どうすれば良いのかと困惑しているらしい。
わたしも、両親に教えてって言うのも恥ずかしくて。
だって自分で分かるのだ。
両親の癒やしの凄まじさを。
わたしの至らなさを。
彼らの前で癒やすの、見苦しい腕前で拙い魔力で編まれた癒やし効果のほつれた回復魔法、みっともなくて、見せられない。
お父様は新たな研究に夢中。
もうああなったら、お母様の声で夕飯だと言われない限り、外界の何も感知できないだろう。
目の診察の為にいつもよりお目々をぱっちりさせていたエルン様はお疲れ気味。診察が終わっていつもの糸目になった瞬間、言われずともわたしはスッと近付きエルン様の目を癒やす。
癒やしながら二人でまったり話す時間がわたしは好きだ。エルン様も心地が良さそう。
「いつもごめんね」
「わたしの方こそ、エルン様が眩しいの気付きもしなくて、婚約者失格です。がっかり、されましたよね……?」
「えっ、失格?? ヒトってそんな発想するんだ。ガッカリなんてしないよ。僕だってシルリアが眩しくないって気付かなかったじゃないか。僕は婚約者失格?」
「まさか! でもエルン様は眩しくて大変だから、条件が違うと思います」
「違いませーん。そんな事より僕に聞きたい事、あるんじゃないか? ほら、竜とか竜とか」
優しさに満ちた話題転換して下さってる……!
甘えて流されるのも申し訳ないけれど、でも確かに竜は気になる。
純粋な竜って絶滅したって本に書いてあったし、その残り香とされる魔物の竜モドキ、あるいは竜の残り香でさえ討伐すると英雄譚になるレベルの強さと貴重さ。
本物の竜なんてちょっと血を与えた位で、ただの人間を超常的な英雄にしちゃうらしいっていうか、我らがケノーランド王家の方々が凄いのは大昔にちょっと与えられた竜の血の効力が現代にまで残っているからっていうし。
女神様の種族でもあるし。
「セイウォルの方は、ご先祖が竜……?」
「そう! 『蒼き堅固なる護り』ってのはね、要するに伴侶を護る為のある種の巣作り。竜の縄張りを示す魔法なんだよ」
なるほど、それは魔物が入れるはずもない。最強生物の縄張りなんてどんな魔物も近寄らないに決まっている。
エルン様の手がわたしの頬に触れる。
「僕が大人になったらシルリアを決して逃がさない大きな大きな巣を作るから。大丈夫、規模は竜体基準だから息苦しさなんてないよ。大きな都市ごとすっぽりだから退屈なんてさせない。ね、ずっとずっと一緒にいようね」
蜜の様にとろとろと注がれる甘い言葉。
わたしはうっとりしちゃって小さくこくんと頷いた。
綺麗な綺麗な空色の目だけがわたしを深く染め続ける。




