2・セイウォルの一目惚れ
毎週火・木17時更新予定です。
よろしくお願いします。
お誕生日会当日。
すーぐくるくるフワフワし出す明るい栗色の髪を頑張って綺麗に真っ直ぐになるように梳かして、目の色に合わせた新緑色の新しいドレスを張り切って身に纏って、お母様の転移魔法でばびゅんと、セイウォルのお屋敷に伺った。
貴族のご令嬢ってのは、こういうお呼ばれにはお付きの人が必須らしいけど、ルサキーノ家は大したお家柄ではない上に、お父様の方針で我が家はメイファ一家しか雇っていない。
なので、こういう時はメイドのメイファが付き人役として付き添ってくれる事になっている。メイファには追加のお給料も出るし、使用人仲間との交流や婚活にもなるからとウッキウキで参加してくれている。
「エルンスト・セイウォルです。今日は僕の誕生パーティに来て下さってありがとうございます」
彼は一目で特別な人だと分かった。
『蒼き堅固なる護り』と謳われる空色の結界で有名な一族だけれど、彼らの髪の色も優しい空の色をしていた。
そんな綺麗な色合いを見たのは初めてで、思わずわたしは見とれ続けた。
お目々の色はうかがえない。
常に優しく微笑んでいる様に目を細めているから、あんまり分からないのだ。いわゆる糸目と言われるお目々だ。
でもとっても優しそうで素敵なお方だと思う。
わたしはとっても素敵な男の子だと思ったのに、他のご令嬢達はそうじゃないみたい。
ぱっちりお目々の麗しの美少年じゃないって、近くの招待客の女の子達がくすくすしていた。エルンスト様の1個上のお兄様は美少女みたいに美しいんだって。
多分あの人がそのお兄様なんだろうなって人を見たら、確かにそこらの女の子より美少女みたいなお顔をしている。当の本人は美少女評価にむすっとしていたけれど。
だから主役の筈のエルンスト様は、最初だけチヤホヤした後ほったらかし。女の子達はエルンスト様の四人居るお兄様達や、一個下の弟君のところに集まっている。
わたしもお友達を作っていらっしゃいってお母様は見守り態勢。お友達のご婦人とお喋りしている。
メイドのメイファも「これから先ぼっちは大変ですよ。まずはエルンスト様とお話しして、それからご令嬢方とお話ししてみましょうね」とわたしを少年少女達のいるエリアに連れて行って離れていった。
不安になってお母様やメイファを見るけど、お母様はご令嬢のお母様方とお話ししてるし、メイファは何処かの護衛の男性とお付きの女性の集団とお話ししている。
わたしも二人みたいにちゃんと「しゃこうてき」ってのになれるように頑張らないと。
ええっと、まずエルンスト様にごあいさつ?
ごあいさつはさっきお母様としたもの。
いっぱいのお客様の群れに乗って、おたんじょうびおめでとうございますって。
だから違うのね。
えっと、お話し?
でもお話しって、ええーっとぉ。
こういう場は不慣れでいっつもまごまごしてしまう。
でもシルリアももう7歳。
お母様が連れて来た女の子にお話ししてあげてね~ってお膳立てばっかりして貰うの、もう良くない。
ぜんぜん偉くない名ばかり貴族ってやつらしいけど、ちゃんとシルリアもご令嬢っぽいことできるもん。きっと!
ばくばくする心臓から勇気を振り絞って、初めて一人で慣れてない人に話かけようと近付いていった。
招待客の群れの向こう、エルンスト様は何だかキョロキョロしている。
彼の優しげな糸目をやんわり馬鹿にする、ご令嬢達のくすくすなんてちっとも気にしていないみたい。
誰かを探しているみたい?
! これです。
人さがしのお手伝いしたら良いのです。
これなら、わたしでもできる。
「だれかをお探しですか? わたしもお手伝い──」
「!!」
わたしが声を掛けると、エルンスト様は物凄い勢いで振り返って、それから目を見開いた。
ざわっと周囲のご令嬢が色めき立った。
「なんてきれいな青──」
わたしは思わずつぶやいてしまった。
だってこんなにきれいなもの、初めて見たの。
ピカピカに晴れて美しく澄んだ空の色。あるいは絵本が伝える遠い南の海の色はきっとこんな色。
細く伏せ気味だった瞳が、ぱっと真っ直ぐにわたしを見つめる、たったそれだけなのに、わたしはどうしてか強い衝撃を受けた。
ほっそりお目々の笑顔と、大きな猫目の落差が凄い。
美しい、美しい青が、魂が吸い込まれそうな位に綺麗な瞳が、何だか物凄く必死にわたしを見つめていた。遮るものなんて何もない筈なのに、絶対に見逃すまいとするような眼差しだった。
淡い青のくるりと上を向いた睫毛がお日様にきらきらと輝いていて、瞳を開くだけでがらりと印象が変わる。
元々可愛らしい感じだと、わたしは思っていたけれど、開いた瞳の印象が凄くて、途端に繊細な美少年になっててとてもびっくりしちゃった。
「……君だ」
「?」
「逢えた。うれしい。わかる。君だ」
あまりにも美しくて、だからこそちょっとヒンヤリ感があったエルンスト様の瞳が、わたしを見つめる内に、とろりと潤んだ。ほっぺたが薔薇色になっていって、ふわっと笑ってそう言ったの。
その声、きっと、一生忘れない。
凄くやさしいの。ものすごく安堵していたの。
はちみつの様な声。
ひどく甘く鼓膜を震わせ、心をきゅっと掴まれた。
エルンスト様は流れる様に、あるいは衝動のままに、わたしをぎゅっと抱き締めた。
まだ子供の細い腕、小さな子供と子供の身体だった。
ぽかぽかと温かい身体で、物凄く心臓がばくばくとしている音が聞こえた。
当然だけど、男の子に抱き締められるの初めてで、わたしにも彼のドキドキが移ったかの様に胸が高鳴っていく。
今まで、わたしを抱き締めたり抱き上げたりするのは、両親やメイドといった大人だった。
当たり前だけれど、大人に比べてエルンスト様はまだ子供で、でも若木の様な腕はきゅうっとわたしの心ごと、わたしをつかまえて離そうとしない。
わたしはふあふあくらくらしちゃって、力が入らない指できゅっとエルンスト様の服の端を掴んで応えた。
やがてそうっと抱擁が終わった。
わたしはほうっと火照った吐息を零した。
同じ歳の男の子が、わたしの前に跪く。
彼はまだ子供だったけれど、所作は立派な騎士様のようで、とてもとても格好良かった。
「大人になったら、僕と結婚して下さい」
凄く真剣な表情。
びりびりとするくらい、わたしが「はい」と言うのを欲しているのが伝わってくる。すごくすごく求められているのが伝わってくる。初対面なのにちょっと恐いくらいだ。
おびえすら混じった真剣過ぎる表情でわたしの返答を待つエルンスト様。もし断ったら死んでしまいそうなくらいの必死さが見えた。
でもその様を見て、わたしはきっと、何かが変わった。
目の前のエルンスト様で頭がいっぱいになっていく。
ちゃんと考えられなくなったの。
だって冷静で正しい判断、例えば親に相談してとかそういうちゃんとした令嬢らしい振る舞いが、ちっぽけな頭からすっ飛んでいった。
「……わ、わたしでよければ、よろこんで」
熱に浮かされたみたいに、わたしは勝手に即断即決してしまった。
一瞬だけ、わたしはやらかしてしまった気持ちになった。
ちゃんと通常の令嬢らしい考え方もちらっとあったので。
でも
「よかったぁ……」
安堵のあまり崩れ落ちそうになって、ふにゃって笑ったエルンスト様を見て、もうダメだった。
「すき……」
思わずこぼしてしまったわたしの言葉に、まんまる猫目になったあと、
「僕はだいすき」
にこ~っと笑って細まる目がすっごく可愛い。
「あのね、僕、君のこと精いっぱい大切にするから、これからよろしくお願いします。ね、シルリアって呼んで良い?」
「はい。よろしくおねがいします。エルンスト様」
「ね、僕の事はエルンって呼んでよ」
「エルンさま?」
「うん! シルリアにだけ特別だよ?」
エルン様はわたしの手を取ってベンチに一緒に座ると、色んなことをいっぱいお喋りした。わたしも沢山お話しした。
エルン様は大人になったら、王都を出て何処か素敵な都市を護るつもりなんだって。
シルリアはどんな街が良いって? にこにことエルン様が聞いてくれる。
当たり前みたいにわたしも一緒なの、心がふあふあしちゃった。だって、わたし達、大人になったら結婚しちゃう! どこかの都市でバリアを張るエルン様とわたしはいつでも一緒なのだ。だって、結婚しちゃうから。
海が見える素敵な都市が良いかな? 綺麗な避暑地? 賑やかな商業都市? お勉強がしたいなら学園都市だって良いよだって。
でも、二人共が良いなって思う街が良いよね?
これからゆっくり話し合って二人で決めましょうって言ったら、ふわんってとっても綺麗に笑って頷いて下さった。さっきのご令嬢に言いたい。どこが微妙な容姿ですか! とっても可愛い。とっても綺麗。
目を閉じた途端に微妙って今言ったご令嬢誰!?
糸目モードも世界一かわいいでしょうが!
大体招待されているってのに失礼ですよ!
ご令嬢ってくすくすくすくす徒党を組んで理解が出来ない事ばっかり! 方向性が違い過ぎます。わたし、ぼっちで構いません。だって大人になったらどこかの都市に行くのです。エルン様と一緒にね!
ぶつくさとそう言ったら、きらきらと綺麗な青の瞳がとっても魅力的に輝いて、わたしの瞳をのぞき込んで
「じゃあ、もう、僕だけで良い?」
「良いです。わたし、エルン様と一緒に王都を出て、エルン様が護る都市で、お母様みたいな癒やし手になるんです。しゃこうっての、わたし無理って、分かりました」
「良かった。ね、僕達、ずっとずっと一緒に居ようね」
「はい!」
いつの間にか大人の方達が微笑まし気に見守って下さっている。
「やはりセイウォル家ですね」
「本当に一目で伴侶を決めてしまわれるのですね」
「セイウォルの一目惚れは凄まじいからなあ」
「あの恋し仕方はまるで───」
「あれで一生異常に睦まじいんだから、どうなってるんだか」
「まあともあれ、若い二人に竜の女神様のご加護があります様に」
セイウォル伯爵家と我らがルサキーノ男爵家の婚約はサクサクと正式に交わされた。
「ふふふ。シルリアったら、一目ですっかり変わっちゃって」
「色んな意味で凄いお家だ。興味深い。ウチは政略結婚する程の家でもなし、シルリアの意思が一番大事だ。ルサキーノ家は有り難くお話しを頂戴するよ」
大人達で色々とお話しが交わされたみたいだけど、難しい事はよく分からない。
伯爵家はわたしの家柄からしたら釣り合わないって考えてもおかしくないのに、セイウォル伯爵もその夫人も大歓迎だった。
「あの。ごめんなさい。ルサキーノ家は……ともかく、わたしはその、セイウォル伯爵家に益をもたらすのは難しいかも知れません。でも、わたし、頑張りますから!」
何をだよ。
と突っ込む大人は幸いにも居なかった。
わたしに何かとてつもない才能が秘められているとか、凄い天才で便利な何かを発明して莫大な富をもたらすとか、そんな事はないのに一丁前にエルン様の隣は譲れなくて、とにかく必死で訴えた。
でも、エルン様のご両親もたくさん居るご兄弟も朗らかに笑って、けど口を揃えて同じ事を言った。
「この子の求婚に応えてくれてありがとう。エルンストはあなたを選んだのだから、もうあなただけなの。どうかこの子をよろしくね」
皆さんの下さる言葉は、わたしにとって嬉しい言葉だ。
でもこれ、どういう意味なんだろう?




