7・記憶を凌駕する仕込み
思い出して、ぐらりと揺らぐ視界。
ふらり倒れそうになる私の身体を、しっかと抱き留めるエルン様の逞しい腕。
はっと顔を上げる。
私の視界をエルン様だけが埋め尽くす。
「シルリア……?」
美しい、美しい青の瞳が私の奥をのぞき込む。何もかもを見通す様な透き通った青。ヒトには有り得ぬ、綺麗が過ぎてゾクリとしてしまう様な青。
淡い青の、たっぷりとした長い睫毛が優美に伏せられ、ふっと笑みを作る。
「……分かるね? 僕のシルリア」
それはひどく優しく、私を誑かす甘い声。
耳から直接、脳にとろとろ注がれる声。
私の瞳が、思考が、ぼうっと蕩けて、何か……彼の為の何かへと仕立て上げる様な、良く馴染む声。わたしは人生の大半、この声を浴びる他なく生きてきた。
「はい、エルン様」
私は、よく躾けられている。
何も知らない真っ新な子供の頃から、エルン様に溺愛される以外の選択肢なく仕込まれ育て上げられた。
ほんの子供の頃から彼のとのキスの甘美を味わい続け、時間をかけて彼との接触は深まるばかり。私の人生の大半を掛け、魔力は彼に最適の波長に調教されてる。魔力とは魂から沸き上がるモノ。つまり何らかの技術で、私の魂すらも彼好みに改良されてしまっている。
私は、現代日本に生きる喪女だった。
恋人なんて二次元にしか居なかった。
そんな女だというのに、男の人に肩を、腰を抱かれて歩くという行為に慣れきっている。ずっとずうっと、やって来た事として。でも、生まれて初めてされる様な感覚もする。
でもシルリアは、身も心も魂さえも、ずっぷりとエルン様のモノなのだ。それに喜んですらいる位に、徹底的にエルン様の伴侶と化している。
「ん、大丈夫だよ。シルリア」
私の何を見透かしたのか、ある種の凄みのある笑顔。
私の背を撫で、一方の手で頬を撫でる。
「それは些細な揺らぎだよ」
優しい蜜の声で、しかしきっぱりと断言する。
もしかして、思い出したの気付いた?
いやまさか。
上目遣いでエルン様を伺うも、にこにこと目を細めて笑むばかり。しかしやんわりとした腕の拘束は強固にして強靱。私はその中にいる以外の選択肢がない。
本来の私なら、きっとその状態はカチンコチンになる。
けれどシルリアの身体は、まるで良く馴染んだ習性の様に彼の腕に甘え、淑やかにもたれるのだ。
私の意思とはまるで違って。
エルン様は原作ゲームにおいて、名前も出てこないし姿も出てこない。設定として存在だけはある、ほぼモブな恋占令嬢シルリアの婚約者だ。
まさかこのゲームの世界にセイウォルという竜がヒトの規格で生きている様な一族が存在するとは思わなかった。
ゲームの世界で、街や都市の外に出たら魔物だらけなのに、どうして街の中では安全なの? に対する答えが、このゲームでは伴侶を溺愛する竜じみた一族の、伴侶を保護する為の縄張り的な結界魔法だとは思わないじゃないか。
いやでも、セイウォルって聞いた事あるような……?
何だっけ、ええっと確か──
思案する私は、エルン様によって流れる様に入学式会場に連れて行かれ、色々考えている内に入学式が終わる。
と、途端にぐいと腕をつかまれ転移魔法が発動する気配。
糸目がちの目を見開いたエルン様が転移魔法により私の視界から消える。
どうやら私、急に腕をつかんできた誰かに転移魔法でどこかに連れ去られた様子。
ぱっと転移後に即、見渡すと人気のない庭園。やや離れた箇所に校舎が見えるから、ケノーランド王立学院内の何処かではある様子。遠くでなくて良かった。まあ、急に相手たる私の了承も協力もなくそんな真似が出来るなんて王国トップクラスの魔法使いでもないと不可能だ。比較的近くにしか転移できないのも当然の事か。
そして私は腕を掴んだ相手を見やる。
一体誰が突然に私を転移し連れ去ったのか。
「アンタ、アタシの親友だったわよね?」
このゲームの主人公、救世の聖女フィリア・フィリンスだった。




