8・前のこと処理
私、シルリアに親友かと訊いてくる聖女フィリア・フィリンス。ゲームではともかく、今現在の私達の関係は親友とは口が裂けても言えない関係だと思う。
でも、私に「親友か」と質問してくる。
“特別な情報”がなかったら、そんな発想にならないと思う。彼女はお母様を敵対視していた。お母様を王都の方々が勝手に聖女と呼んでいたから。それを気に入らず、聖女様と教主様が我がルサキーノ家に圧力を掛けた。
どうまかり間違っても、親友ではない。
そろりと聖女様の表情を伺う。
以前と大して変化はない様に見える。
劇的に中のヒトが変わってしまったという風じゃない。
でも。
ほぼ黒よね。
転生者よね。
明らかに原作ゲームの情報を前提とした発言をしている。
それを踏まえて、私はどうすべきか。
「親友は……ウチに圧力なんて掛けてこないと思います」
「は? 圧力??」
「教主様の意向で我が家、王都中の方々から冷遇されててお店で食べ物も売って貰えないのです」
「え、マジ! さすがにそれはヤバいわ。前のアタシはマジでカスだね~! ごめん、ちゃんと言っとくわ」
「それは本当に本当に、お願いします」
「任せて! んならもう、アタシら親友よね? だってそういう設定だし!」
「設定……」
「あ、やべ。今のなし!」
聞いてしまった事は消せやしないのですが……。
今の彼女は結構うっかりさん?
表情はあっけらかんとしていて、本当に悪意は無さそうに見える。
とはいえ、直ぐに全面的に信用なんて出来ない。今までの仕打ちやお母様に対する暴言が消えた訳じゃないもの。
だからこちらも前世の記憶があるとは言わない。
聞かなかった事にしてスルーする。
「はあ、分かりました。それで、親友とは一体何をどうすれば良いのでしょう?」
とぼけた感じで今の発言、何もよく分かっていませんって顔で、のんびり尋ねる。恋占令嬢シルリアっておっとりめのキャラだったし。
救世の聖女フィリア・フィリンスは一瞬ホッとし、それから気を引き締めるとビシリと指をさしてきた。
「決まってるでしょ! アタシと二人で魔王を倒すの!」
ば、バカ!
高難度縛りプレイがしたいのなら一人でやって下さい!
『救世の聖女と運命の恋』は乙女ゲーだ。
だからバトルも比較的簡単。……攻略キャラが居るなら。
当然ながら恋占令嬢シルリア・ルサキーノは攻略キャラじゃない。
でも全く戦闘に参加しないかというと、そうでもない。
恋占令嬢シルリアは複数の攻略キャラを侍らさず、一人のキャラ以外にコナを掛けない一途プレイの時にちょいと駆り出される事になるキャラだ。
勿論弱い。
キャラAの攻略にはキャラBの好感度がある程度必要、みたいなシチュだと出番すらない。
このゲームにおける戦いのコンセプトは攻略キャラを聖女パワーでバフって私の男つええええをやる、だ。
戦闘中にわざわざバフらなくても、好感度が高ければ高いほど戦闘前に聖女バフがかかるし、レベルアップでどんどん強くなる。
聖女の運命の恋のお相手は世界を救う救世主となる定めなのだ。聖女様の見る目すげえええ、聖女様のもたらす奇蹟のお陰ですうう、みたいなノリだ。
つまり女キャラを連れ歩くメリットなぞ無い。
恋占令嬢シルリアはハッキリと聖女様の下位互換。
カスみたいな回復魔法と、まあまあな威力の光魔法。
勿論、聖女様が光魔法にスキルを振ったらそっちの方が強い。聖女様みたいな全体バフは特にない。
魔法系の攻略キャラの方がマジで便利。
精々は光魔法がやや稀少で弱点付ける事多いからまあまあ便利って位か?
つまり恋占令嬢シルリアと聖女様の二人で魔王を倒すってまあ、率直に言って正気か? っていう難易度なのだ。
私はクラクラする視界を何とか宥めて、必死に言葉を紡いだ。
「聖女様……、それは無謀というものです。聖女様と魔王打倒など……私にその様なチカラはございません」
「レベルを上げれば良いじゃない。アナタ、鍛え方が足りないのよきっと」
「いえ、あの、そもその素質がと言いますか、もっと有望な資質ある殿方らと共に挑まれた方が宜しいかと」
「倒せるまで鍛えれば倒せるのよ!」
いや、脳筋か!
恋占令嬢で魔王倒せるまで鍛えるとかコスパが馬鹿か? 馬鹿なのか?? 同量の経験値で攻略キャラ達は裏ボスを倒せる様になってるわ!
「どうしてそこまで有望な殿方の助力を厭われるのですか」
「良いコト? アタシは聖女なの」
「そうですね」
「魔王を倒したら救世の聖女よ凄いのよ!」
「そうですねー」
「アタシと一緒に魔王を倒したイケメンがいたら、ソイツと絶対結婚させられるじゃん!」
「そうでしょうか??」
「そうに決まってるでしょ! あのジジイすーぐ聖女サマの尊き御血筋があああってウルサいんだから!」
「そうですか」
「アタシのその辺にはイケメンの貴族しかいないわ」
「はあ」
「でもさっき、アタシ思い出しちゃったの!」
「…………何をですか」
「ええっと、それは忘れて頂戴! でもさ、アタシ、思ったんだわ。貴族の嫁とか無理!」
「なら、平民の中から相応しい男性を選ばれては?」
「んな時間あるか! アタシは聖女よ! アタシは聖女なんだから悲劇はゼッタイ全部潰す! 悲劇なんて起こる前に叩き潰す! だから男漁りの時間なんてないの。だから鍛えるの。鍛えて鍛えて鍛えまくって! そんで魔王をブッ倒す!!」
おお。
さすが聖女のカリスマというのか、中のヒトの情熱が素晴らしいのか、真剣に訴える様は心を揺さぶられる。
にいと笑って聖女は言った。
「もちろん、アンタもね」
「えっ」
「世界を救う為よ。頑張りましょ」
「えっ」
「ハイ決定ー! さ、ランニング開始!」
「えっ、あの、ちょ?!」
そうして唐突に始まったランニング。
怖ろしい事に校庭10周。
死ぬかと思った。
恋占令嬢、そんなフィジカル鍛えていないもので。
主人公特権か、何やら私のステ画面を見ているかの様な仕草で何度も頷く聖女様。ホント勘弁して欲しい。
ぜーぜー言いながらぶっ倒れていた私を捜索していたエルン様が発見、当然ながら誘拐犯の聖女様に竜の威嚇がぶつけられる。
「聖女様は随分とお行儀が宜しい様だ。一体どういう了見か説明して頂いても?」
随分と高い頭上から氷結でもぶつけるかの様な凍える眼差し。冷ややかなナイフの様な声音。
それは私を護る為の、私に向けられていない声であると分っていても、怖ろしくて震え上がってしまう様な声だった。
けれど聖女フィリア・フィリンスは平然と振り返った。
エルン様の感情など、歯牙にも掛けぬ視線。
分かる。
モブだと思っている目だ。
彼女はどうでも良いのだ。エルン様の怒りなど。
「アタシとシルリアは親友になったの。だから二人きりになるのに転移魔法は必要だった。仕方ないでしょシルリアの為よ」
ひるむエルン様。
シルリアの為というワードにたじろいでしまった様子。
一瞬、シルリアの為という事について本当なのか目まぐるしく思考したのだろう。
「アタシは聖女よ。シルリアの親友となったのだから聖女として潤沢な利を提供するわ。大切な親友を大切にするのは当然の事でしょ? オトコなんかとは違う種類の、シルリアに必要なものをたんとね!」
「救世にお忙しいであろう聖女様がわざわざ施して頂かなくとも、シルリアには僕から出来る限りのものを捧げておりますので、どうぞお引き取り下さい」
「ったく、これだからオトコってヤツは。鬱陶しい。アンタ気軽な女同士の自由な付き合いすら制限する気? どんだけ心狭いのよ!」
「自由とは片腹痛い。シルリアのご母堂をあれだけ口汚く罵っておきながら親友面とは、聖女様は途方もない面の皮の厚さをしておられる」
「それは前のアタシの話でしょ!?」
「………………。ああ、貴殿はそう解釈されたのか」
「なに、何よ! 気味が悪い目! アタシはちゃんと謝った! 前のアタシの罪はもう改善させる様に指示出したから、今頃すっかり帳消しなんだから!」
「そうなんですか。それは良かったですね」
全くそう思っていないのがあからさま様子で軽やかに滑る様に流される言葉。
むきー! と顔を怒りで真っ赤にしている聖女様。
「さ、帰ろうシルリア」
「いいえ、修行よシルリア」
二人は同時に私に言ってきた。




