6・思い出した、入学式
わたしが15になる年、王立学院への入学案内が届いた。
王立学院へ通うのは、貴族ならば義務である。
魔法の才能あるならば学院に通い、その研鑚を国に捧げるのは義務である。
指定の制服、武闘訓練用の衣装、鞄、靴、その他諸々。
その費用は貴族ならば当然、該当家でまかなうべきだとされている。魔法の才能ある選ばれし平民ならば特待生となり、それらは無償で提供される。同じ歳だったらしい救世の聖女様はこれに該当する。
……わたし、殆ど平民みたいなものなんだけどなあ。
困ったなあ、指定の販売店で売って貰えるかなあ。
と、悩んでいたらエルン様が当然という顔をして
「セイウォルには毎年、王立学院指定の店から販売員が来るんだ。毎年それなりに入学するし、在席生徒多数だからね。シルリアも一緒に買おうね」
お願いします、と言うしかない現状が情けない。お陰様で無事、入学準備が出来ました。
因みに、流石に費用はルサキーノ家から出ている。お父様はわたしの入学を見越してきちんと長期的にやくりくりして費用を用意して下さっていたのだ。
流れる様にわたしの分の入学費用も支払おうとするエルン様を説得するのはそこそこ骨が折れました。
きっと入学しても、王都の方々みたいに白い目で見られるのだろうけれど、それは別に良い。わたしにとって大切なのは家族とエルン様だけだもの。
でも王立学院生徒達がわたしを阻害する様子をセイウォルの方々に見せてしまうのはよろしくない。きっと皆さん純然たる善意からお引っ越ししようモードになってしまわれる。エルン様が気付くのは勿論、学院に多数いらっしゃる他のセイウォルの方達に目撃されるのも危険だ。だってすぐにエルン様にまで伝わるだろうからね。
それを防ぐにはきっと、エルン様にべったり引っ付いているのが一番だ。他に何かスマートな解決方法があるかも知れないが、わたしの頭ではこれ以上の最善策を思い付かない。
エルン様と一緒の時は、わたしに対してあからさまに冷たい扱いしない。今現在の、王都民の様子を見るに。恐らく王立学院でも同様だと思う。
うん、それしかない。
そうしてやって来た入学式当日。
当然の様に伯爵家の馬車で迎えに来て下さったエルン様。
「あわわ、格好良すぎです。似合いすぎですエルン様……!」
青を基調とした制服姿が淡い青の髪と麗しいお顔の良さを引き立てる。まるで彼の為にあつらえた様。
エルン様の制服姿が素敵過ぎてぼうっと見とれていると、顔にかかった髪を払って下さりながら
「ありがとう。シルリアも制服姿、すっごく似合ってるよ」
と素敵な声で囁いてくれるものだから、わたしはふわふわしてしまう。声変わり前から魅惑的過ぎなお声だっただけれど、声変わり以降は自身の魅力的な武器を存分に発揮されてて、すぐ耳の傍で囁かれてしまう。
わたしはエルン様のあらゆる事に軽率にメロつく生態となったのだけれど、エルン様は容赦なくわたしが気に入った事を手加減ナシに攻めてくるのだ。
これ以上好きにさせて、どうするつもりなのか。
そう根を上げるわたしにエルン様はにこっと「ダメにしたいかな」と仰るのが怖ろしいのに震えるほどに嬉しくなっちゃう。もう駄目なのに、これ以上は本当にもう駄目なのに。
そんなわたしなんて慣れまくりのメイドのメイファが、互いを見つめまくりのわたし達をテキパキと馬車に乗せて見送ってくれた。
「いってらっしゃいませシルリアお嬢様。良い学院生活を」
「ありがとうメイファ。いってきます!」
ケノーランド王立学院。
ケノーランド王国の威信がかかった、煌びやかで広大な学院だ。実家が遠方の方には立派な寮が完備されているものの、王都生まれのわたしやエルン様は馬車で通学だ。
とっても広い通学路には各お家の豪奢な馬車が沢山見受けられる。貴族ならば馬車通学が常識って感じ。
我がルサキーノ男爵家には馬車を保有する余裕なんて無いので、エルン様がいなかったら転移魔法通学だったろう。でも貴族の癖に転移魔法通学って恥ずかしいってちょっと馬鹿にされる空気感が、貴族の令嬢子息の中にはある。転移魔法通学はちょっと敬遠したい雰囲気だ。
そんな馬車通学エリアを抜けて、エルン様の手を取り下車。頭上より薄紅色の花びら、舞い落ちたる学び舎に足を踏み入れる。
その光景。
ああ、懐かしいなと思った。
初見なのに。
見覚えがあった。
そんな筈ないというのに。
×周目開始の入学式。
“桜”舞う見慣れたスチル。
───次は誰ルートにしようかな。
…………。
なにそれ。
思いつきもした事のない言葉が脳裏に流れる。
前の周回でやっと体力ステ足りたから、今度はルフェルナンドにしようかな。
んーでも結局のところ「私」、推しのラテールス様ルートにしちゃいがちでぇ。コンプ出来ない困っちゃう~。
わたしの声だ。
わたしの思考だ。
そんな筈ないのに。
意味が分からない思考。
なのにわたしの声で響き渡って気持ち悪い。
ふらり、視界が揺らぐ。
即座にエルン様の腕が支えて下さったのが分った。
なのに最愛のヒトを見る事も出来ない。
わたしの目は勝手に桜舞う校舎を映す。
だってそれはスチルだ。
初見なのに見覚えがある画面の向こうにあるはずのモノ。
遠く、聖女様が見えた。
救世の聖女、フィリア・フィリンス。
目に映った瞬間に、電撃が走る様だった。
主人公だ。
このゲームの、主人公がいる。
そうだ。
彼女は主人公だ。
このゲームの。
この世界の。
わたしの名前はシルリア・ルサキーノ。
主人公の親友で、攻略キャラが彼女に抱く好感度を占いという体裁で伝えるのが役目のほぼモブキャラ。
恋占令嬢シルリア。
いかにもモブらしいネーミングのキャラだ。
シルリア・ルサキーノは 知るリアル先の って意味合いの名前だ。「先のリアル知る」を入れ替えただけの適当な名前。
イベントで聖女の祝福を受けてスキル『恋占』が進化、軽い未来予知を持つ事になる。
つまり選択したら発生するサブイベントの案内役も兼ねるモブなのだ。
これを思い出している「私」は誰?
思考がそう思い至った時、何かが決壊する様に記憶の濁流に押し流された。
25年生きた現代日本人のごく普通の大量の記憶。
25年は大量で。
記憶がたくさんたくさんあって。
些細な事から大切な事まで記憶が山ほどあふれ出して、過去の何かを押し流すくらいに、たくさんあって。
きっと私は、思い出して、何かが欠けた。




