偏見
僕が目覚めるのは朝の五時と決まっている。今まで五時を過ぎた事も、五時前だった事も無い。五時ピッタリ。意識しているわけでも、五時に起きる理由も無い。
三十分軽くランニングしてから部屋に戻り、シャワーで汗を洗い流して身を清める。
朝食は目玉焼きとサラダ。温かいコーヒーも淹れて、時間を掛けて食べる。
洗い物、身支度を終えると、七時になる。この時間になって、ようやくみんなが起き始める。登校してくるのは早くても八時から。それまでに学校へ行き、カバンを教室に置いて玄関前で待機。そうして登校してきた生徒達に挨拶を交わす。
「おはようございます霧島さん! 今日も変わらず早いね!」
「おはよう。君達も変わらず可愛らしいよ」
僕の笑顔に、彼女達は嬉しそうに声を上げた。今日もみんな朝から元気一杯だ。
そうして一人一人に挨拶を交わしていくと、神木さんが息を切らして僕の前まで走ってきた。
「神木さん! おはよ!」
「はぁ、はぁ……か、鍵……!」
「え? 鍵?」
「アンタの部屋の鍵! 何処にあんだよ!」
「ッ!? か、神木さん! そんなに僕との共同生活を気に入ってくれたのかい!? なら今日中にでも合鍵を作って君に贈らないとだね!」
「違う!! 鍵が無い所為で部屋が施錠出来てないんだよ!」
「大丈夫だよ。盗みを働くような子は寮内に居ないから」
「だとしてもだ! 留守にするんだったら鍵を閉める! それは常識だろ!」
登校してくるみんなが僕達のやり取りに注目している。これを機に彼女達は知るだろう。神木ミヤコという女の子は狼のような見た目をしていながら、その実、とても良い子だと。そうなれば神木さんに話しかける人も増える。次第に関係を築き上げ、元の同居相手とも和解出来る。
「あの子、霧島先輩に怒ってない……?」
「霧島先輩に限って、怒らせるような事はしないはずだけど……」
「じゃあ言い掛かりなの……?」
おや? なんだか想定していた反応とは違う。耳にした言葉よりも、目に映る見た目の方が優先されるのか。人は見た目によらないという言葉があるように、見た目の優先順位はそう簡単に譲られないものなのか。
「……もういいよ。部屋から何か盗まれても知らねぇからな」
神木さんはため息を吐くと、納得いかない様子で僕の横を通り過ぎていった。
神木さんがいなくなると、見ていた数人が僕に近寄ってきた。
「あの、霧島先輩。大丈夫ですか?」
「大丈夫。彼女は君達が思うような子じゃないんだよ」
「でも、あんな風に一方的に怒鳴りつけるなんて、少し乱暴ではありませんか?」
乱暴、か。神木さんの言葉を聞き流して、目に映った光景だけで悪者として捉える方が乱暴に思えるよ。
その後の午前の授業は身が入らなかった。考えるのは神木さんの事ばかり。どうすれば神木さんに対する偏見を払拭出来るか、そればかり考えてしまった。いくつか案が浮かんだが、僕の想定は必ずしもその通りにいかないだろう。今朝の一件が尾を引いている。
昼休みになると、いつものように食事の誘いを受けた。今までの会話と回数を基に、誰と食事をしようかと考えていた時、天啓が降りた。
【みんなから好かれる僕が一緒に居れば、神木さんもみんなから好かれる】
その考えに不思議と疑問は浮かばず、僕の足は真っ直ぐと一階の一年の教室に向かった。
初めて話した時と変わらず、神木さんは窓際の最前列で一人黄昏ていた。
「神木さん」
僕が声を掛けると、神木さんは小さくため息を吐き、気だるげに僕の方へ顔を向けた。
「なんだよ……」
「食事の誘いをしに来た」
「断る。他を当たれ」
「そう言わずに。これからしばらくは一緒に住むんだ。食の好みを知っておきたいんだよ」
「……奢り?」
「この学校の生徒なら無料だよ」
「……知らなかった」
神木さんは椅子から腰を上げると、僕を無視して廊下に出ていった。
けど、教室の出入り口前で振り返り、僕を睨みながら足を止めてくれた。
そんな彼女の姿に、より一層の使命感を覚えた。
みんなが神木ミヤコを好きになるようにする、と。




