仲良し
しばらくの間、神木さんと同居。進展の無かった僕達の関係が一気に進んだ気がする。友人とまではいかずとも、知人にはなれた。彼女がどういう人間なのかも少し知れたのは大きな収穫だ。
「何か飲むかい? コーヒーに紅茶、オレンジジュースもあるけど―――って、神木さん?」
少し目を離した隙に、神木さんはカバンを部屋の隅に置いて、ベランダの椅子に座っていた。同じ部屋に居られるほど気を許していない、か。
ペットボトルのコーヒーを紙コップ二個に均等に注ぎ、それを持ってベランダに出た。
「はい、どうぞ」
「……」
数秒ほど僕を睨んだ後、僕が差し出した紙コップを受け取ってくれた。
「……なぁ。アンタは、誰にでも優しくするのか?」
「なんだい嫉妬かい? 他人に優しくするのは当たり前だ。そこに特別な感情は無いし、好き嫌いも関係ない。怒りや嫉妬は、自分の事も相手の事も正常に読み取れなくするノイズだ。例を出すのなら、僕の事を嫌う君に対して怒っていたら、君の本質を知れなかった」
「マトモに付き合いも無いのに、アタシの本質を知ってるって?」
「全部じゃないよ。何百とある鱗の一枚に過ぎない。それを全て知った暁には、僕と君の間に切っても切れない繋がりが生まれる」
「アタシはアンタがどういう人間なのかを知らないし、知りたくもない。となれば、アンタが言う切っても切れない繋がりというものは永遠に得られない」
「初めから諦めてたら成功も失敗も無い。君に関心を持たせてみせるよ」
「……そのポジティブさ。そこだけは見習いたいね」
神木さんは紙コップのふちに唇を当てると、ゆっくりと紙コップを傾けていった。
そうして一口飲み終わると、あからさまに苦い表情を浮かべた。
「コーヒーは苦手?」
「……別に」
「あ! またそうやって遠慮して。僕の事が嫌いなら、僕に気を遣う必要は無いんじゃない?」
「例え嫌いな奴からでも、出された物を無下にしていい理由にはならない」
そう言うと、神木さんはコーヒーを一気に飲み干した。飲み終わった彼女は先程よりも表情に出て、もはや泣き出しそうな表情を浮かべている。そんな彼女が可愛らしくて、つい笑みをこぼしてしまった。
それが馬鹿にされていると思ったのか、神木さんは紙コップを握り潰して部屋に戻ってしまった。苦い表情を浮かべる彼女は可愛らしかったけど、次からはオレンジジュースのような苦味の無い飲み物を出そう。
時刻は十時近くになった。夜更かしするほど仲が深まっていない僕達は眠る事にした。
「よし。さぁ、おいで」
「おいで、じゃねぇよ。なんでアタシがアンタと一緒のベッドで寝なきゃいけないんだよ」
「いやだな神木さん。ベッドは一つしかないんだよ?」
「別にアタシは床でいいよ。カーペット敷いてあるし、ジャケットを掛け布団代わりに出来るし」
「君が床で寝るなら、僕も床で寝よう」
「じゃあ誰がベッド使うんだよ」
神木さんはカバンからジャケットを取り出すと、それを掛け布団にして床で横になった。明日、敷布団を調達してこよう。
明かりを消して、目を瞑った。暗闇の中、僕の匂いとも部屋の香りとも違う匂いがする。柔らかな石鹸の匂い。神木さんの匂いだ。
「フフ」
「どうした?」
「いや、君の匂いを堪能していただけだよ」
「キモ……」
「けど、明日以降はこの匂いじゃなくなるのか。僕と同じ匂いになる。同じ匂いがするなんて、なんだか仲良しみたいだね」
「今すぐ口を閉じて寝るか、ぶん殴られて気絶させられるか。どっちが良い?」
「後者を選ぼう」
「……勘弁してくれよ」
結局、神木さんは僕を殴ってはくれなかった。殴られる痛みと、それによって覚える感情が何なのかを知っておきたかったが、残念だ。




