提案とお願い
朝の玄関前。
「やぁ。おはよう、神木さん。気分はいかがかな?」
「最悪」
昼休み。
「やぁ。こんにちは、神木さん。良かったら僕とお昼―――」
「邪魔」
放課後。
「やぁ。午後の授業お疲れ様、神木さん。君は部活に入るのかな? もし良ければ、僕が部を案内し―――」
「帰宅部頑張りまーす」
うーん、進展が無い。嫌ってくれて嬉しいけど、これじゃ一方通行だ。
そもそも、相手に嫌われながら仲良くなるという事が難しい。それ以前に、誰かと仲良くなるのが難しい。今までは勝手に好かれてたから。彼ら彼女らも、こんな風に頭を悩ませていたのかな。
コーヒーを飲みながらベランダに出ると、向かいの一年の寮から誰かが出ていくのを目にした。時計を見れば、夜の八時。門限はとっくに過ぎてる。何か買い忘れがあって、人目を盗んで出掛けたのかな。個人的には見逃してあげたいけど、先輩という立場である以上、注意をしなければ。
駆け足で寮から出ると、一年の寮の前で座り込んでる子がいた。あの子だろうか。あの様子だと、外に出るのが目的じゃないようだ。
「こんばんは。こんな時間にこんな所でどうしたの?」
歩み寄っていくと、彼女が僕に顔を向けた。顔を見て少し驚いた。座り込んでるその子は、神木さんだった。
「神木さん……!」
「……うわぁ。よりにもよってアンタかよ……」
「相変わらず辛辣だね。そこが君の良さだけど」
「アンタは相変わらず平然と他人を小馬鹿にする」
「小馬鹿? したかな?」
「天然なら尚更酷いもんだ。それで、学校の王子様はこんな夜中に何処の姫を掻っ攫おうと企んでるんだ?」
「攫うだなんて、どうしてそんな無駄な事を。お姫様なら、向こうから僕の所へ来てくれるよ。僕が外に出たのは、門限を守らない悪い子を叱る為さ」
「なら無駄足だったな。この通り、アタシは寮の敷地外には出ていない」
「確かに。なら無駄足にならないよう、君は僕の話し相手になってくれないか?」
「嫌だね」
オホホ。何を言っても返ってくる言葉にトゲがある。ここまでの会話の中で、一度も僕に目を合わせてくれなかった。僕は彼女を苛立たせてるのに、彼女は僕を悦ばせてる。不公平な気がして罪悪感が湧くけど、それ以上に気持ちが良い。
それにしても、いやに僕のワガママに付き合ってくれるな。今もこの場から離れようとせず、ただ座ったまま。傍には旅行用に使うようなカバン。
「ねぇ、神木さん。神木さんは、一人部屋かい? それと誰かと相部屋?」
「それ聞いてどうすんのさ」
「気になっただけさ。ちなみに僕は一人部屋だ。いつでも遊びに来ていいからね」
「絶対行かない」
「安心して。マメに掃除はしてあるから。それで、君はどっちなんだい?」
「……相部屋だよ」
「相部屋。へぇ……なるほどね」
大体察しがついた。昨日と今日で神木さんの様子を見ていたけど、彼女はどうも協調性に欠けている。おまけに近寄り難い雰囲気と、高い身長から見下ろされる鋭い目つき。大抵の子は彼女の内面を知る前に、まず避けてしまうだろう。見た目からの憶測で怖がられてるのもあるけど、彼女は全然笑わないからね。
「よし。君の事情は大体察しがついた。そこで提案だ。僕の部屋に住もう。それが僕にとって、そして君にとってベストだ」
「アンタがどうして好かれてるか、アタシには分からん……」
「君、部屋を追い出されたのだろう?」
「……察しが良いの、腹立つな」
「人付き合いに大事なのは色々あるが、第一に笑顔だ。君は不得意みたいだけど」
「アタシだって、笑う事くらいある」
「笑ってみて」
「はいどうぞ、で出来るわけねぇだろ」
「へぇ。君は自分に嘘をつけないタイプなんだね。不器用だが、素敵な不器用さだ」
図星だったか、神木さんは何か言い返そうとして、結局口を閉じた。ちゃんと自分自身を理解しているようだ。だとするなら、僕が口にした彼女に対する指摘は、彼女を傷付ける言葉の暴力だったな。次から気を付けよう。
神木さんの前でしゃがみ込み、改めてお願いした。
「僕の部屋に来てくれ。同居人の子との関係が良好になるまででいいから」
僕がそう言うと、神木さんは初めて僕と目を合わせた。眼差しは相変わらず好意の欠片も無いけど、表情に嫌悪感が無い。
すると、神木さんは傍に置いていたカバンを手に持ち、三年の寮の方へ歩き始めた。
やっぱり。神木さんは自分と相手のどっちかが負担になるのなら、迷わず自分を選ぶ人だ。それが常識になってるんだ。だから【提案】では断り、僕からの【お願い】は聞いてくれた。
優しい子だ。
けど、損な子でもある。




