果実の味
ヒカリのおかげでだいぶ課題が進んだ。これでしばらくはペンを持つ必要は無い。
夏休み本来の自由な時間を謳歌出来る。だというのに、夏の暑さで消極的なアタシは、寮近辺から離れようとしない。課題をやらなくなっただけで、これまでの日常に変化は無い。
「……ヒカリの所にでも行くか」
寮から出て一年の寮へ移動中、黒くて平べったい車が寮前で停まっていた。車は全然知らないが、見ただけで分かる高級感。この学校に通う奴で金持ちの子供は珍しくない。
後部座席の窓がゆっくりと下りていくと、微動だにせず霧島がアタシの事を見ていた。
「やぁ、ミヤコ。一週間と二日振りだね」
「九日振りって言えよ」
「時にミヤコ。今から海へ行かないかい?」
「やだね」
「じゃあプール」
「やだね」
「仕方ない。川で手を打とう」
「さっきから水関連ばっかだな……まぁ、暇だしいいか」
「えっ!? そ、そうかい! ならば、早く乗りたまえ!」
後部座席のドアを開け、中に乗り込んだ。外から見た高級感と違って、座り心地が良いくらいで車内は普通だった。運転をしている眼鏡をかけているオジサンは、いかにも執事という見た目と雰囲気。ハンドルを握る両手には白い手袋を着けている。
車内や窓の外を観察していると、隣に座る霧島がアタシの右手に手を重ねてきた。その手をアタシから離し、執事に聞かれてはマズいので、睨みで悪態をついた。それが逆効果になったのか、霧島はアタシの肩に頭を乗せてきた。離してもまた絡んできそうだし、もう面倒なので放っておこう。
車内では一つも会話が生まれず、その内車が停まった。車から降りると、そこは自然の中。陽を遮る木々や、綺麗な川、まだ建てられてそんなに経っていないようなコテージまである。
「それじゃあ、明日のお昼にまたお願いします」
その声を耳にし、後ろに振り返った時には既に車はこの場から走り去っていた。
「……明日の昼?」
「ええ。とりあえず、ここら辺を案内しよう」
その後、この近辺の通り道やコテージに置いてある物の説明を受けた。
そうして今、アタシと霧島はコテージのベランダから川を眺めている。淹れてくれたコーヒーは苦味よりも果実の味が強く、コーヒーの感じがしない。色はコーヒーだが、味はむしろ紅茶に近い感じだ。
「……え、日帰りじゃないのか?」
「今更な質問だね。せっかく来たんだ。一泊くらいしないと」
「アタシは日帰りのノリで来たんだぞ?」
「なにか不都合が?」
「特に無いが……だからといって、急な泊まり込みは戸惑うだろ」
やはりコイツからの誘いは安請け合いしない方がいいな。幸いなのは、ここは寮と違って涼しい所だ。暑さで中々値付けないなんて事はないだろう。
「ここは高校入学祝いに父からプレゼントされてね。今まで訪れても泊まる事は無かったんだ」
「スケールのデカい贈り物だな」
「父と母はそれぞれ外と内に興味を示してる人でね。おかげでプレゼントはいつも新鮮味がある。十歳の誕生日の時は、釣り道具一式と本を贈られたよ。全然釣れなくて母から贈られた本を読むアタシに、釣りの楽しさを見せようと父が意地になってたっけ」
「良い両親だな」
「最近は忙しくしていて中々会えなくて、帰省した時も一食を共にするくらいしか出来なかった。けれど楽しかったよ。あ、そうそう。両親には君の事を紹介しておいたから」
「なんて紹介した?」
「僕にとって初めての相手だと」
「ハハ。誤解しか生まない紹介の仕方だな。馬鹿がよ」
コーヒーを飲もうとしたが、既に無くなっていた。自分でも気付かない内に飲み続けてたようだ。何処で売ってる物か聞いてみたいが、案の定アタシのような庶民には手が届かない高級品だろうな。
すると、霧島がテーブルに置いていたポットを手に取り、アタシの空のコップにコーヒーを注いだ。
「このコーヒーのように、ここを気に入ってくれるといいな」
「それはアンタのもてなし次第だな」
「なら心を込めて、もてなさないとね。なんなら、もう一泊したくなるような」
「気が早いんだよ……やっぱり、美味いコーヒーだな」
隣から妙な圧を感じた。自然と顔が霧島の方へと振り向き、そこで待ち構えていた霧島にキスをされた。体育祭の後にしたので慣れたのか、抵抗する気も起きなかった。




