廊下の一幕
人生の転換期は様々ある。中でも誰もが最初に経験する転換期は、小学生から中学生になった時。
小学生の頃、友達になれずとも、他の人とそれなりに接する事が出来ていた。
けど中学生になると、絵の具のパレットのようになる。色が混じらないように区分される。どの色とも違う私は、中学の三年間、パレットの外側で放置されていた。一度だけ同じ色になれるように努力してみた事があったけど、結果はトラウマが出来ただけ。
高校生になっても、私はまだどの色にも属せずにいる。幸いとするなら、ここには異性の学生がいない事。男の人に何か酷い事をされたわけじゃないけど、怖い。だから、私は女子高を選んだ。面接の時、この学校を選んだ理由にその事を言った時の先生達の反応は、嘲笑や呆れるでもなく、聞き慣れた様子だった。
実際、この学園は少し特殊な環境だ。聞こえてくる会話の中で、恋人の話で盛り上がる事があったけど、その恋人というのがどうやら同性の女の子のようだ。会話だけでなく、空き教室などの人気の無い場所で、恋人がするような事を女の子同士でするのを何度か目撃してしまっている。
入学してから一週間が経ち、既にグループが確立されていた。こんな私にも声を掛けてくれた子達がいたけど、私が属せば奇数になってしまうから断った。いや、本当の理由はあの子達の優しさに見合う価値が私に無い事が申し訳なかったから。どんな理由であったって、私は最初で最後のチャンスを不意にした。
私は一人、教室の端っこにいる。出来るだけ時間の掛かる小説を読みながら、時折クラスの様子を眺める。このクラス、というより、この学校に居る人はみんな良い人ばかり。目の保養と言うと変態じみてるけど、眺めているだけで愛しさと羨ましさで一杯になる。
中でも、一番の人物は三年の先輩である霧島先輩。背も高く、スタイルも良くて、何よりも絵本の王子様のように凛々しい顔。成績も優秀で、身体能力も高く、性格も雰囲気も良い。完璧とは、きっと霧島先輩のような人の事を言うのだろう。
そんな人なわけで、近付こうとする人は大勢いる。既に恋人がいる子でも、霧島先輩には熱い視線を送る。
昼休みになると、私達の学年の教室では霧島先輩が階段から下りてくるのを待っている。食堂は一階にあり、ちょうどここの廊下を真っ直ぐ進んだ先にあるから、お昼になると必然的に霧島先輩がこの廊下を通るわけだ。
一番奥の教室から、少女達の歓声が響いてきた。霧島先輩が下りて来たようだ。徐々に歓声が重なり、大きくなっていき、遂にこのクラスの前を通る頃。廊下側の窓や出入り口は既にギュウギュウ詰めで、ハッキリとは見えない。けど、隙間から僅かに見える姿だけでも、霧島先輩はやはり高貴な存在だと思わせた。
すると、誰かが霧島先輩にぶつかっていった。
「君、待ちたまえ」
「あ?」
たったそれだけのやり取りで、一気に空気が凍り付いた。離れた場所に居る私がそうなのだから、近くで観賞している子達はより一層緊迫しているに違いない。
見ていられなくなったのか、三人組が廊下側から離れた。空いたスペースに行って廊下の様子をうかがうと、廊下には霧島先輩、そしてミヤコちゃんが睨み合うように立っていた。
「どうして僕の肩にぶつかっていったんだい?」
「廊下ってのは右側を歩くもんだよ。テメェは真ん中歩いてるんだ。肩ぐらいぶつかるだろ」
「マナーの話をしてるんじゃない。君が僕にぶつかった理由を知りたいんだ。推測するに、君は僕に好意があるんじゃないかな?」
「ハッハッハッ! 自惚れんな」
「そうかそうか! これがツンデレというものなんだね! これまで漫画本は避けていたけど、読んでみたおかげで君の事を一つ理解出来たよ!」
「……マジでウゼェ」
「フフ! 不思議だ。今までは怖かった君の言動が、今は好意の裏返しと分かると嬉しくて堪らないよ!」
まるで意思疎通が出来ていない奇妙なやり取り。これは何も今に始まった事じゃない。入学以来、色んな所で見る二人のやり取りだ。ミヤコちゃんは霧島先輩を嫌っているのに、どうしてか霧島先輩はミヤコちゃんの事を気に入っている。何がキッカケかは誰にも分からないけど、あの霧島先輩に気に入られたミヤコちゃんは入学早々、良くも悪くも有名人になった。
ミヤコちゃん。小学生になる前まで一緒に遊んでた私の幼馴染。引っ越して以来、今まで会えていなかった彼女は、とても怖くなっていた。いつも誰かを睨み、言葉遣いは荒く、近寄りがたい雰囲気。
ミヤコちゃんと目が合った。一瞬、昔のミヤコちゃんの面影がある笑みを浮かべたけど、すぐに表情を変え、食堂の方へ早歩きで向かっていった。そんな彼女を霧島先輩は追いかけていった。
どうして、霧島先輩はミヤコちゃんの事を気に入ってるんだろう。二人は全然違う色。それ故に反発し合ってるのかもしれないけど、二人には特別な何かを感じる。
特別……そうだ。そうだった。
ミヤコちゃんは誰かの特別になれる人だった。




