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虐待され続けて辛かった  作者: Liu
フィクション・ポエム

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世紀末到来!

この世界を見渡してみろ。


そこには、テレビの中で薄ら笑いを浮かべているサルの連中、SNSで高級レストランの薄汚いメシを見せびらかしているブタの連中、タワーマンションの窓から下界を見下ろしているトカゲの連中。


世の中の「勝ち組」とやらを解剖台に乗せて、その頭蓋骨をげんのうでかち割ってみればいい。中に入っているのは、脳味噌ではなく、誰かのスネをかじって発酵した、ピンク色の生臭いプリンだ。


奴らのほとんどは、純度100パーセントの馬鹿である。


そもそもだ。


実家が太いというだけで、生まれた瞬間からゴールテープを切っている連中がいる。


顔の造形がたまたま流行りのデザインだったとか、胸の脂肪の塊が重力に逆らってでかく太ったとか、ただ、それだけの、何らかのバグで勝利者となった畜生どもだ。


あるいは、ほんの少しだけ、おままごとのような「努力」なるお遊びをして、学歴だの職歴だの芸歴だのという、ペラッペラのメッキを手に入れた連中も同罪である。


奴らの何が罪深いか。


それは「痛み」を知らないことだ。


奴らにとっての挫折とは、せいぜい「欲しかったエルメスのバッグが手に入らない」とか「アキトにシャンパン入れられなかった」程度の、まことにくだらねえストレスでしかない。


腹を空かせて泥水をすする痛みも、理不尽に顔面をアスファルトに擦り付けられる屈辱も、何もかもを奪われて内臓が裏返るような絶望も知らない。

痛みを感知する神経が、生まれつき腐り落ちているのだ。


他人の痛みがわからないからこそ、奴らはどこまでも残忍になれる。


この血みどろの、処刑場のような社会で、通り魔のような理不尽に急襲され、内臓を引きずり出しながら必死に這いつくばっている弱者に向かって、奴らは高級な革靴でその傷口を踏み躙りながら、涼しい顔でこう言い放つ。


「自己責任だよね。努力がたりないよ」と。


奴らは、悪意すら持っていない!


散歩中に靴の裏で蟻をすり潰すように、無自覚に、無意識に、ナチュラルに……嫌がらせを、息を吐くように行うのだ!


与えられた環境という名の巨大・ロボットに乗って、安全圏からミサイルを撃ち込んでいるだけの分際で、自らの力を「実力」だと勘違いしている、なんとも救いようのない白痴どもである。


ほんならば。


強者に踏み躙られている無力な弱者、何もしないで部屋の隅で丸まっている引きこもりの無能たちは、純真無垢で善良な被害者なのか?


「ボクは、取り柄はないけど、悪いことはしたことないよ」と言った声が聞こえてきそうだねえ。


……馬鹿か?


んなわけあるかい!


奴らもまた、別のベクトルで致命的にイカれている。例えるなら、奴らは「殴り合いの作法」を知らないバグったNPCだ。

人間社会という名の殺戮の荒野において、通常の人間は「ここでは平手打ちまで」「ここでは肩パンチまで」という、痛みの相場を知っている。

しかし、部屋から一歩も出ず、他人と摩擦を起こしたことのない温室育ちの無能は、その相場を知らない。

だから、ちょっと肩がぶつかったとか、朝の挨拶の声が小さかったとか、その程度の些細なトラブルが発生した瞬間、パニックを起こして初手で、悪魔のような大型チェーンソーを、または、刑事のような正義のツラをして二刀流チェンソーを持ち出してくるのだ!


相手の首を刎ね飛ばし、血の海の中で「ぼくは悪くない!社会が悪いんだ!」と喚き散らす!


痛みの加減を知らない弱者は、時として、権力者よりもタチの悪い、制御不能の殺戮兵器(ばとるやろう)と化す。


じゃあ、最底辺の泥沼から、血の涙を流しながら努力して成り上がった奴ならまともなのか?


残念だが、それもちと違う。


むしろ一番厄介な化け物になる確率すらある。


社会から「お前はゴミだ、生きている価値がない」と全否定され続けた無能が、たまたま、た・ま・た・まイラストを描くことだけは上手かったらどうなるか。

歌だけは上手かったら。

死に物狂いで勉強して学歴だけは手に入れたら。

あるいは、部屋に引きこもって画面と睨めっこして、株取引で金だけは手に入れたらどうなるか。


奴らは、その「唯一の武器」という巨大な右腕だけを異常に発達させた、グロテスクな戦闘生物兵器(バトル・ミュータント)になるのだ!


奴らは、その肥大化した右腕だけが自らの存在価値だと狂信し、それ以外の人間性をすべてドブに捨てる。


そして、その巨大な右腕をぶん回して、他者を徹底的に見下し、かつて自分が受けた屈辱の何倍もの暴力を周囲に撒き散らす。


「俺は絵が上手いから、お前らみたいな凡人をゴミ箱に捨ててもいいんだ。絵が上手いから、何してもいいんだよ」


「俺には金があるから、お前らの尊厳を札束で往復ビンタしていいんだ。金持ちだから、何してもいいんだよ」


完全に何もないやつはこう言う。


「僕は弱者だから、何してもいいんだよ」


そうやって、かつての自分と同じ弱者を蹂躙し、悦に浸るのだ!


ここまで読んで、絶望のあまり、窓からその身を投げ捨てたくなったであろうか。


上を見れば、痛覚を喪失した無自覚なサイコパスの勝ち組ども。


下を見れば、初手でチェンソーを振り回す痛覚未発達の無能ども。


横を見れば、右腕だけが異常に発達した承認欲求の化け物ミュータントども。


この四面楚歌の、鮮血に塗れた生き地獄の中で、それでも他人の痛みを想像し、誰かを無闇に傷つけまいと歯を食いしばっている「善良な諸君」は、はたして、いったいどうやって息を吸えばいいのか。


どうやって、この狂った連中をぶち殺し、あるいはやり過ごし、自らの人生を勝ち取ればいいのか。


答えは一つだ。


私が今から言うことを、脳髄のシワに直接タトゥーとして彫り込め。


「国語を学べ」


ふざけているわけではない。


論理の飛躍でもない。


私は極めて真面目に、この血塗られた戦場(バトルフィールド)の唯一の生存戦略を語っている。


よく聞け。


この世の中の、他人との軋轢やケンカ、もめ事、プロジェクトの進行、そのすべてにおいて、「理論」で行われていることなど、ただの一つも存在しない。


会社対会社の乱闘。


個人対個人の乗っ取り合い。


サークル対サークルのリンチ。


バンド対バンドの脅し合い。


ネコ同士の殺し合い。


イヌ同士の食い争い。


大国同士のミサイルの撃ち合い。


そのすべてにおいて、戦闘行為を開始する「理論」や「大義名分」なんてものは、いつだって、後から取ってつけた安っぽい言い訳に過ぎない。


発端は、決断は、最終的な引き金は、常に、例外なく、100パーセント、「感情」なのだ。


「なんか、あいつの顔がムカつく」


「なんか、俺のプライドを傷つけた」


「なんか、あいつが楽しそうなのが許せない」


そんな、下水道に浮かぶ汚物のようにドロドロとした、原始的で醜い加害の感情だけが、この世界のすべての行動のトリガーを引いている。


いいかよ、よく想像してみろ。


いくら君が、血の涙を流して画期的な商品開発をしようとも。


いくら君が、魂を削ってミケランジェロも裸足で逃げ出すような優美なイラストを描こうとも。


いくら君が、マザー・テレサのような無償の愛でボランティアに打ち込もうとも。


それを最終的に判断し、評価し、承認するのは、いったい、誰だ?


君の上司である、脳味噌が半分溶けた白痴の勝ち組だ。


君の作品に群がる、重箱の隅をつつくチンピラだ。


君の善意を「破壊」すること自体を目的として、正義の面を被った人権団体だ。


奴らを「論理」や「数字」や「作品の質」だけで納得させられると思ったら大間違いだ。


奴らは「なんかムカつく」という一秒の感情で、君の十年の努力をシュレッダーにかけることができる権力を持っている。


「なんか、ムカつくから、殺す」


その理不尽な暴力、感情の津波から君の身を守り、逆に奴らを操り、屈服させ、あるいは懐柔するための唯一の魔法の杖。


それこそが「言葉」なのだ。


相手の醜い感情の奥底にあるコンプレックスを読み解き、撫で回し、麻酔をかけ、自らの感情を刃物のように研ぎ澄ませて相手の脳髄の最も柔らかい部分に突き立てる。


言葉の力、すなわち「国語力」がなければ、君がどれほど優れた能力を持っていようとも、この感情の泥仕合では即座に撃破され、肉片一つ残さずに食い尽くされるのである。


だが、敵の感情をコントロールし、性格のひん曲がったクソ野郎どもを倒すには、絶対条件がある。


それは、「こちらが先に、自らの性格を良くしなければいけない」ということだ。


おう、勘違いするなよ。


私が言う「性格を良くする」というのは、花畑でスキップするような発狂野郎(エレクトリカルパレード)になれという意味ではない。


強靭で、しなやかで、他者の痛みを理解しつつも決して折れない、鋼鉄の魂を持てということだ。


では、その鋼鉄の性格はどうやって作られるのか?


それは、言葉による強烈な「自責」「反省」、そして「改善」からしか育たない。


なお、「他責」は生きる上ではどんどんするべきだぜ。


気分が晴れるのならば、財布の中身が足りないなら国会でおままごとをしているジジイのせいにするべきだし、気分が悪いならイかれた接客をするババアのせいにするべきなんだ。


だがよ、成長は「自責」からしか生まれないんだぜ!


自分の中に湧き上がる醜い嫉妬、怠惰、怒り。それらを「モヤモヤする」なんていう幼稚園児(くそがき)の言葉で終わらせてはいけない。


自分の魂を、解剖台に乗せろ。


圧倒的な語彙力という名のメスを握り、自分の醜い感情を、正確な言葉で、骨が見えるまで切り刻んで言語化しろ。


「私は今、他人の成功に対して、自らの怠惰を棚に上げて、ルサンチマンから来る正当化された怒りをぶつけようとしているのね」と。


自覚しろ。


痛みを伴う言葉で己の罪を書き出し、己の未熟さを言語で認識し、そして言葉によって新しい自分を設計する。


語彙力のない人間に、深い反省は不可能だ。


「ああん?……あーはいはいはいはいじゃあ、あたしがぜーんぶ悪いってゆうの?はいはいはいはいじゃあ謝ればいいんでしょ。はい、ごーめーんーなーさーい!はいこれで満足?……てかまじキモいんだけど!」


顔も心も不気味なモグラ野郎の口から飛び出してくる人間気味な叫び声に、意味はない。


言葉を知らない人間は、自分の感情の正体すらわからず、ただチェンソーを振り回すだけのバケモノに堕ちる。


国語を学ぶということは、自らの内なる獣に首輪をつけ、理性の光で照らし出し、真に気高い「最強の性格」を作り上げるための、血みどろの精神鍛錬なのだ。


だから、善良なる敗残兵よ。


地獄で歯を食いしばる、美しき努力者たちよ。


本を読め。


言葉を知れ。


表現を磨け。


奴らが札束で殴りかかってきたら、論理と感情を完璧に縫い合わせた言葉の針で、奴らのプライドの風船を音もなく破裂させてやれ。


奴らがチェンソーを振り回してきたら、圧倒的な語彙力で奴らの存在意義そのものを解体し、言葉の檻に閉じ込めてしまえ。


奴らが右腕だけを振り回すミュータントなら、言葉の力で奴らの脆い心臓を的確に撫で斬りにしてやれ。


君たちが流した血と涙、理不尽に耐え抜いたその痛みは、言葉という最強の武器を手に入れた瞬間、何者にも負けない絶対的な「知性」と「優しさ」に変換される。


痛みを知らない馬鹿どもに、世界を明け渡すな。


暴力しか知らないバケモノに、君の努力を踏みにじらせるな。

君のその優しさを、君のその才能を、君のその人生を守り抜くために。


そして、このクソみたいに絶望的な世界に、君の特大の反撃の狼煙を上げるために。


国語を学べ。


君たちの泥まみれの逆襲が、今、ここから始まるのだ。


私は、その最前線で戦う君たちの、最高にイカれた勝利の雄叫びを、心から楽しみにしている。

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