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虐待され続けて辛かった  作者: Liu
フィクション・ポエム

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36/45

死は救済!つねりあう民衆!地獄!嫌がらせがマナーの世紀末社会!

私は一刻も早く死にたい。


この願望は、悲劇の主人公を気取るためのポーズではない。

私の絶対的な結論である。

何故、私はこれほどまでに死にたいのか。

何故、この世界に生き続けることが生き地獄なのか。


理由は、あまりにも、あまりにも、明確だぜ!


この世界が、善人のふりをして他人をちょっとだけつねる、救いようのない偽善者たちで溢れかえっているからだ!


殴り殺すのではない。


刺し殺すのでもない。


彼らは、絶対に自らの手が汚れない安全圏に身を置きながら、慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、親指と人差し指で他人の皮膚の最も柔らかい部分を、気づかれないように、しかし確実に、引き千切らんばかりの力でつねるのだ!

なお、ここまでの文章を読んで「何と戦ってんの。人をつねる人なんかいないじゃん。じゃあ何月何日につねられたの」と思った人は、私の話を例え話と分かっていながら、意図的に「話を理解してあげよう」としないくらい性格が歪んでいる。そういう人は直ちにまわれ右である。


「つねり」とは何か。


何かを失敗した人間を見つければ、人々は大挙して群がり、ちょっとだけ追い打ちをかける!


「かわいそうに。でも、あなたのやり方も悪かったのよ」


「反省して、次はもっと私の役に立つ人間になりなさい」


そんな、もっともらしい、正義の味方を気取った言葉の針を、傷口に深く突き刺す!


逆にだ!


誰かが何かで成功し、光り輝くステージに立ち上がれば、彼らは拍手を送るふりをしながら、その足元をちょっとだけ引っ張る!


「調子に乗るなら、いつか大きな痛い目を見るよ」


「お前程度なら、他にもいくらでもいる」


そうやって、他人が血のにじむような努力で積み上げてきた価値を、爪の先で少しずつ削り落とし、自分たちのいる凡庸な泥の底へと引き摺り下ろそうとする!


この世界の倫理は、とっくの昔に腐り果て、反転してしまっている……


痴漢も、万引きも、横領も、あろうことか、殺人ですらも、その背景に「悲惨な生い立ち」や「同情すべき孤独」という薄っぺらなドラマが添えられていれば、大衆は途端に優しい理解者の顔をして、何にも知らない頭で、何にも考えずに、アニメやドラマのセリフをそのまんま言って加害者を擁護し始める。


「彼もまた、社会の冷酷さに狂わされた被害者なのだ」


「誰も彼を救わなかったのが悪い」


「正義の反対は、また別の正義だから、彼もまた正しい」


そうやって、絶対的な罪を犯した人間にすら、自らの度量を見せつけるための免罪符を与えようとする。犯罪が悲惨であればあるほど、彼らの歪んだ同情心は刺激され、加害者を抱きしめることで、自分がいかに高潔で慈悲深い人間であるかをアピールするための道具にするのだ。


その一方で、光り輝く存在に対しては、彼らは寸分の容赦もなく徹底的な叩きのめしを敢行する!


地道に日本の底力を支え続ける製造業、額に汗して本物の味を提供する飲食店、血の滲むような修練を重ねて舞台に立つ芸の道、あるいは自らの時間と肉体を投げ打って行う無償のボランティア。

こうした、純粋な情熱と美しさを放つ杭が現れると、社会の住人たちは一斉に目を血走らせて群がってくる。


「あそこの工場の管理体制には、たぶん、不備がある」


「じゃあ、あの店の接客態度には誠意が足りない」


「ボランティアなんて、どうせ、好感度狙いの売名行為だ」


ありとあらゆる理屈を捏ね上げ、彼らはその光を徹底的に踏みつぶす!


昔の人間は、このおぞましい集団心理を、「喧嘩両成敗」だの、「出る杭は打たれる」だのという、いかにも知恵の結晶であるかのような言葉で言い表し、システムとして固定化してきた!


気持ちが悪い!


反吐が出るんだぜ!


どちらが正しいかなどは関係なく、ただ、揉め事を起こしたからという理由で、趣味的に、しかし無関心に、気分とノリで、双方を罰する思考停止の傲慢さ。

優れた者を寄ってたかって引き摺り下ろす行為を、社会の調和を保つための不可避の法則であるかのように語る卑劣さ。


これらは教訓などではない!


凡庸で悪意に満ちた多数派が、突出した個人を合法的にリンチし、つねり殺すために作り上げた免罪符なのだ!


嫌がらせの正当化なのだ!


だからこそ!


この世界の病理を完全に理解している、本当にやり手のクリエイターや経営者たちは、恐るべき防衛策をとる。


彼らは、絶対に、「売れないように売る」のだ。


意味がわからないかい?


普通なら、自分の作ったものを一人でも多くの人に届けたい、大ヒットさせたいと願うのが当然だと思うだろう。


だがよ!


それは、この地獄のルールを知らない素人の浅はかな幻想だ!


この世界において、爆発的に売れるということ、突然流行るということは、それは成功を意味しない!


それは、破滅(ないらん)、あるいは、公開処刑(ぶちのめし)の合図なのだ……


例えを言おうか?


例えば、一時期街中に溢れかえっていた、あのタピオカミルクティー。


あるいは、誰もが指先で回していた、ハンドスピナー。


または、私たちが生まれるはるか前に、日本中を狂乱の渦に巻き込んだという、たまごっち。


これらはすべて、ある日突然、爆発的なブームを巻き起こした。誰もがそれを手に入れようと列を作り、メディアはこぞってそれを取り上げ、時代の最先端として崇め奉った。


だがよ?


その熱狂の先に何が待っていたか?


大衆という名の怪物は、新しい「玩具(サンドバッグ)」を見つけると、一斉に群がり、貪り食い、限界までしゃぶり尽くす。


そこには愛も敬意も存在しない。


そして!


彼らは、その流行り物が少しでも色褪せたと感じた瞬間、あるいは「もう古い」という冷たい空気が社会に流れた瞬間に、一転してそれを激しく嫌悪し、ゴミ箱へと投げ捨てるのだ!


「ほーん。まだあんなもの、使っているのか」


「時代遅れ。キモ。恥ずかしいコンテンツじゃん」


昨日まで神のように崇めていたものを、推していたものを、今日は最も汚い汚物であるかのように嘲笑い、唾を吐きかける!


爆発的な人気とは、大衆に「いつでもそれを叩き壊して捨てる権利」を与えることに他ならない。目立つ場所に引っ張り出された杭は、彼らの消費の快楽のために、文字通り八つ裂きにされて処刑されるのだ。


人は皆、誰しもが、「喧嘩両成敗」と「出る杭は打たれる」を信じているからね!


だから!


真の強者たちは、絶対に……流行らないように流行らせる。


一過性の熱狂を生み出すのではなく、人々の生活の隙間に静かに、目立たないように侵入し、気づけば「いつもそこにあるもの」として定着させる。

人々の嫉妬のレーダーに引っかからないように、退屈な日常の背景として溶け込む。

そうして、細く、長く、確実に社会のインフラとしての地位を確立する。

それが、この狂った処刑場の中で、生き延びるための唯一の正しいやり方なのだ……


つまりだ。


すべては「株」なのだ。


そして、この徹底的な拝金主義の世界において、すべてがスピーディーに、人気も、命も、人生そのものすらも、株のように消費されていく!


人間関係も、個人の尊厳も、すべてはチャートのように数字で評価され、無感動に売買される。


いずれ売り飛ばす株だろう!

いずれ売り飛ばすポケモンカードだろう!

何が投資だ!

それは「投機」というんだよ!


いずれぶん殴るアイドルだろう!

いずれぶん殴るキャラクターだろう!

何が推しだ!

それは「陵辱」というんだよ!


自らの加害性の捌け口を綺麗に美化するんじゃあねえぜよ!


今日の人気銘柄は、明日には暴落して紙屑になる……

人々は、他人の人生という銘柄(こんてんつ)を冷酷な目で見つめ、少しでも値下がりしそうな気配を察知すれば、一斉に売り浴びせ、その人間が社会的に破産していく様を無責任に楽しむ。


だから。


だから、最初に言ったように、人間は、他人の人生をつねるのだ。


彼らは、自分自身の人生という株価が底辺を這いずり回っている絶望的な現実から目を背けるために、他人の背中をちょっとだけつねる。


他人の価値を下落させることで、相対的に、自分自身の人生の株価を維持しようとする。


誰もが他人の足を引っ張り、誰もが他人の失敗を願い、誰もが善人のふりをしながら、ポケットの中で指先を尖らせて次の獲物を物色している。


……これが、拝金主義という怪物に脳を乗っ取られた現代人の、悍ましき生態系なのだ。


私は、これまで生きてきて、つねられたことしかない。


あるいは、苦痛の連続に、世界中のすべての接触が「つねられる」ことだったと錯覚してしまうほどに、私はこの、底なしの地獄の世界を這いずり回ってきた。

私の身体には、目に見えない無数の青痣が刻まれており、その一つ一つが、過去に出会った人間たちの歪んだ笑顔と結びついている。


人間にとって、世界とはどこから始まるのか?


子が生まれ、初めて見る「他人」とは誰か?


それは、両親であり、そして親戚だ。

彼らこそが、子供にとっての最初の社会であり、人間関係の絶対的な基準となる。

そして、私の原風景に存在した奴らこそが、この「他人をちょっとだけつねるひとたち」の、最も純粋で、最も救いようのない完成形であった。


奴らの蛮行こそが、私の魂の深層に焼き付いた、最初の、そして、最大の絶望なのだ!


私の両親や親戚たちは、世間一般から見れば、どこにでもいる「普通の、善良な家族」だった。


時にはしっかりと犯罪を犯すし、大声を上げてきちんと暴力を振るう。


そして彼らは常に、小綺麗に整えられたリビングで、穏やかな口調で話し、私に対して「人類愛」を説いていた。


もちろん、彼らの指先は、常に冷たく尖っていた。


私が子供らしい純粋な夢を語った時、両親はひどく心配そうな、慈愛に満ちた顔をして私の手を見つめた。


「クキキキキ!お前のためを思って言うけれど、ま、お前に才能はないよ。やめちゃいな!」


「お前が傷つく姿を見たくないから、お前が積み上げた交友関係も、知識も、学も、趣味も、命も、先に捨てちゃいな!」


彼らは、私の未来という名の芽を、愛という名の分厚いハサミで、根元からちょっとだけつねり、切り落とした。


私が絶望してうつむくと、彼らは満足そうに私の背中を撫でて、こう言う。


「はいお前諦めたー!お前の意思で諦めたんだー!はいばーか!ぶぎゅぎゅぎゅーん!でゅくし!じし!……ヒーッヒッヒ!」


親戚たちが集まる法事や正月の席は、私にとって完全な処刑場だった。


叔父や叔母たちは、全くあり得ない、嘘の、優秀な経歴や華やかなエピソードを披露した後、必ず、本当に申し訳なさそうな、同情に満ちた視線を私に向けた。


母が言う。


「バッカねーあーた!あたしゃね、世界政府の幹部だけど?ワ、知らなかったのーン?ま、このあたしでも、電磁波の脅威を『西の方角へ拝むこと』で解決したというのに。あなた、馬鹿だから本当に大変ね。西向くサムライさんじゅうご!西向くサムライさんじゅうご!ヨイトマケー、ポン!……さ、おせち食べるわヨッ!ま。地道に生きていればきっと良いこともあるわよ」


叔母が言う。


「あーたね、身の丈に合った生き方をしなさい。あーたは苦しみ抜いて、自殺しなさい。はい、お前は仲間はずれ。……さ、かんぱーい!ことしもよろし……あ?……あーたはソト出てなさい!頭悪いんだから!あたしね、リンカーンに会ったことあるの!ヒミコにも!なぜってそりゃ、家柄よン!みなもとのフジツグの末裔だからん!……イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!……チョイポーーーッ!!!……これからね、あたしたちタキゲン一族が、世界政府と交信するから、見てなさい!ってんの!……こら!コジキのチョンですか?ほんっと部落民みたいな顔してるわね!だからアンタはカタワなのよ!心のカタワ!もー!あんたね!あたしゃあね、フジテレビの国際アナウンサーだったのよ?だから、あなたは、死になさい!」


父が言う。


「おいしくなりましたか?な!り!ま!し!た!か!……いーーーーーっ!……中村さんは、広いままですか?まだ?……お?……まあそんなことよりもね先日ね私はね脳科学者のあの馬鹿と会って来ましたよまあねえ話がどうにも纏まらない人でねえこんな取り留めもないことを話すからさぞかし馬鹿なんだなあと思って話を聞いていたけどねえだけどまあ彼はあのキャラ性があるからテレビにも…………リキパル?チキパルチキパル!ぷーーーちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅぷちゅ!……どぅ!どぅ!どぅ!どぅ!……おちっこちてくる!おちっこもれちゃうッ!!!!!!その前にお前死ね!死ねッ!!!!!!」


彼らは、言葉の端々に猛毒を仕込み、私の自尊心の最も柔らかい部分を、笑顔のままでギュッとつねり上げる。私がその痛みに耐えかねて表情を曇らせると、今度は親族の手先たちが横から追い打ちをかけるように言うのだ。


「きみねえ、偉い方が心配して君にアドバイスをくれているのに、そんなね、なんで不貞腐れた顔をするんだい。君の親戚だろう?君の両親だろう?本当に、君は、感謝というものを覚えたほうがいいよ。君のためだから」


彼らは、私を愛しているというポーズを崩さないまま、私の魂を毎日、数ミリずつ、確実に削り取っていった。彼らにとって、私は自分たちの凡庸な人生を慰めるための、格好の「つねり対象」だったのだ!


自分たちより弱い存在、自分たちより傷つきやすい存在を身近に置き、それを善意の皮名目で痛めつけることで、彼らは自らの歪んだ優越感と、家族としての正気を保っていた!


この奴らの蛮行こそが、私の原風景だ。


世界とは、愛する家族という仮面を被った怪物が、子供をじわじわとつねり殺す場所。


それが、私の脳髄に最初に叩き込まれた世界の真実だった。


だから、家を一歩出た社会の荒野に、私が何を期待できるというのだろうか?


学校も、職場も、街ですらすれ違う見知らぬ人々も、すべてはあの両親や親戚のバリエーションに過ぎない。


彼らは皆、ポケットの中で指を尖らせ、私が失敗して倒れるのを、あるいは成功して光り輝くのを、今か今かと待ち構えている「つねる者」なのだ。


私はもう、休まりたい。


これ以上、誰の視線も気にしたくない。誰の言葉の裏にある針を怯えて探したくない。

私がどれほど目立たないように、売れないように、流行らないように、世界の背景の染みとして生きようとしても、奴らは必ず私を見つけ出し、その薄汚い指先で私の肉を摘まみにやってくる。


この拝金主義の世界が続く限り、人間の命が株のように消費され続ける限り、このつねり合いの地獄は永遠に終わらない!


もう、楽になりたい。


だが、この世界で「楽になる」ための唯一の方法は、自らもまた仮面を被り、他人の人生を笑顔でつねる怪物になることだけだ。


他人の株価を暴落させ、他人の失敗に追い打ちをかけ、他人の成功の足を引っ張る、あの奴らと同じ側の住人に成り下がる。


チンピラしかいない世紀末世界(じごく)で生きるには、自らもチンピラになるしかない。


それしか、この地獄で生き残る道はない……


私には、そんな悍ましい怪物になる力は残っていない。


他人の皮膚をつねるための指先の力すら、とうの昔に擦り切れて失われてしまった。


私に残されているのは、ただ、全身につねられた青痣の痛みと、冷え切った絶望だけだ。


だから。


私は、一刻も早く、死にたい。


「死にたい」


死だけが、この終わりのない監視と、終わりのない暴力の連鎖から、私を完全に解放してくれる。


死の世界には、善人のふりをした両親も、同情の言葉で殴りかかってくる親戚も、他人の命を株のように消費する大衆も、一人も存在しない。


そこは、誰の目にも晒されず、誰の手にも触れられない、絶対的な安全の聖域だ。


私は目をつぶる。


耳を澄ませば、今日も世界のどこかで、誰かが誰かの人生をつねり、その肉が引き千切られる微かな音が響いているから。


その音が、私を早くこちらへ来いと、死の深淵へと誘っている。


私はその冷たい闇に向かって、静かに、しかし一歩ずつ、確実に歩みを進めていく。


自殺。


自殺だ。


自殺しかない。


この、生き地獄の世界を完全に消し去り、本当の安らぎを手に入れるために、今から地獄行きの列車に轢かれようとしているのだ……

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