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コミカライズ決定【8位】ヴェリタスの最終定理7 番外編 THE ORIGIN  作者: 王璃月
探偵・半自伝・オムニバス

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29/31

暗殺者、探偵を襲う!そして始まる共感の嵐!

8割事実の羅列です

深夜の静寂を切り裂き、鈍い風切り音が私の鼓膜を震わせた!


次いで、私の腹部をめがけて、圧倒的な質量を持った何かが振り下ろされた!


金属バットである!


本来であれば、内臓を破裂させ、肋骨を粉々に粉砕し、私を永遠の眠りへと叩き落としていたであろう凶悪な一撃。


だが、私は無傷であった!


奇跡ではない。


神の加護でもない。


ただの純粋な物理法則と、私の無意識下における反射神経がもたらした必然である。分厚い冬用の布団の上から振り下ろされた金属バットの衝撃は、幾重にも重なった綿と羽毛の層によってその威力を徹底的に殺され、私の肉体に到達する頃には、ただの重たいマッサージ程度の圧力へと変換されていたのだ。


一体なんなのか?


思考するよりも早く、私の肉体は反撃のを完了させていた。


「襲うとは、いい度胸じゃんよね!だから、じきじきに、私が殺してやる!」


布団の反発力を利用して身体を捻り、金属バットが布団に沈み込んでいるそのコンマ数秒の硬直を見逃さず、私は暗闇の中に立つ気配の重心に向かって、渾身の蹴りを叩き込んだ。

くぐもった悲鳴とともに、何者かが後方に吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちる音が響いた。私は即座に布団を跳ね除け、部屋の照明のスイッチを叩き叩いた。

蛍光灯の白々しい光が、私の城であるアパートの一室を照らし出す。そこに転がっていたのは……黒ずくめの服を着た……酒臭い、一人の狂女(きちがいおんな)であった。

手には、床に落ちた金属バットが鈍い光を放っている。見覚えのある顔だった。夜の街特有の、化粧と他責で塗り固められた、狂気を感じさせる醜いその顔を見た瞬間、私の脳内であらゆる情報が結合し、一つの鮮明な記憶のファイルが展開された。


それは、私がかつて解決に導いた、ある泥棒事件の記憶である……


事の始まりは、煌びやかなネオンが毒々しく光る夜の街、ホストクラブからの依頼であった。店から高級シャンパンが盗み出されたというのだ。私は即座に調査を開始し、独自のネットワークと圧倒的な情報収集能力をもって、犯人を瞬時に特定した。犯人は、その店で働くホストの一人であった。彼は盗み出したシャンパンを、別の業者に転売していたのである。


だが、ここで少し考えてみてほしい。


ホストクラブで客が注文するシャンパンは、平気で十万、あるいは百万という狂ったような値段がつけられている。客たちはその液体を味わうためではなく、承認欲求を満たすため、あるいは単なる権力の誇示として、そのバカげた金額を支払う。そして時には、その高価なボトルを床に叩き割ったり、流しにそのまま捨てたりすることにすら快楽を見出し、大金を溶かすのだ。


しかし!


そのボトルの「仕入れ原価」はいくらだろうか!


そう、たかだか数千円、せいぜい一万円程度である!


そんな原価数千円の酒を盗み出し、裏ルートで転売したところで、得られる利益などたかが知れている。リスクとリターンが全く噛み合っていない。つまり、この盗難事件の真の目的は、シャンパンの奪還などではなかったのだ!


依頼主であるホストクラブの店長の真の目的は、店のシャンパンを盗み出し、さらには逃走する際に店内の機材や内装を破壊して逃げた、その「恩知らずな愚者」を捕縛し、報復することであった。もちろん、金のためならば、私はこのような、一見すると「どうでもいい案件」も完璧な解決へと導く。私は依頼通りにその逃亡ホストを追い詰め、首根っこを掴んで店長の元へと引きずり出した。


だが、この一見単純な捕物劇は、これから起こる凄惨な地獄の「始まり」に過ぎなかったのだ!


私に捕らえられたそのホストは、店長からの制裁として、見せしめのために頭を丸刈りにされた。煌びやかな髪型がすべての価値基準であるホストにとって、それは社会的な死を意味する。


だが!


もし彼に、一握りの知性と逞しさがあれば、状況は違っていたかもしれない。「丸刈りにされた悲劇のホスト」という事実を逆手にとり、自らをピエロとして演出し、客の同情と笑いを誘って売り上げに変えるという、前向きな生存戦略をとることもできただろう。逆境すらも金に変えるのが、真のプロである。


しかし!


原価計算すらできずに数千円の酒を盗むような愚者(まじでほんとにやばいやつ)に、そのような高度な機転が利くはずもなかった。彼は己の惨めな姿を金に変える知性を持たず、ただひたすらにどす黒い怨念を増幅させていった。

そして、その怨念の矛先は、なぜか……店長でも私でもなく、店で最も輝いていた「売上ナンバーワンのホスト」へと向けられたのである!


余談だが、私がお利口な「伏線」を信じず、小綺麗な「筋道だった話」を現実的ではないと切り捨てて、「破綻した話」や「神展開」なる混沌のシナリオを好むのは、この「現実」を知っているからである。


ある夜、丸刈りの愚者は、ナンバーワンホストを物陰から奇襲し、金属バットで滅多打ちにして半殺しにした!


これが引き金となった!


ホストクラブという場所は、虚飾とストレスが極限まで圧縮された火薬庫である。日々、理不尽な客や過酷なノルマに耐えているホストたちは、心の奥底で常に「人を殴る正当な口実」に飢えていた。ナンバーワンが襲われたという事実は、彼らにとって最高の免罪符となった。「仲間を助ける」「店を守る」という大義名分のもと、彼らは日頃の鬱憤を晴らすかのように……乱闘を開始した!


結果は、阿鼻叫喚の地獄絵図であった!


死人こそ出なかったものの、ホストたちは無為に、互いに殴り合い、血を流し、店内の高級な調度品は粉々に砕け散った。店そのものと、店の「最高級の売り物」であるホストたちは、文字通り……「大破」したのである!


そして今、私の目の前で壁にうずくまっているこの黒ずくめの女こそが、その半殺しにされ、顔の形が変わるほど大破したナンバーワンホストの、最も太い指名客エースであった。


彼女の論理は、完全に破綻していた!


愛するホストが破壊されたのは、丸刈りのホストが暴走したからであり、その丸刈りホストを捕まえて店に突き出した私がすべての元凶である、と。自らの愛する存在が失われた悲しみと怒りの矛先を、最も遠く、しかし最も因果関係の始まりにいる私に押し付けるため、彼女は夜な夜な私の事務所兼自宅を張り込み、ついに金属バットを持って暗殺を実行しに来たというわけだ!


他責も、ここまでくると、清々しい!


まったくもって、馬鹿馬鹿しい!


だが、私はただ座して理不尽な暴力を受け入れるような、か弱き探偵ではない。私は、圧倒的な暴力の渦中をくぐり抜けてきた「戦士」である!


私は壁際で呻く女の髪を掴み上げ、正当防衛という絶対的な名の下に、彼女の戦意を完全にへし折るための的確な打撃を数発叩き込んだ。女が床に這いつくばり、完全に無力化されたことを確認すると、私は自らのスマートフォンを取り出した。そして、女が溺愛するあの大破したナンバーワンホストをこの部屋に呼び出し、さらには警察にも通報を行った。


ここからが、私の真骨頂である!


ここまでの物理的な制圧など、単なる前置きに過ぎない!


やがて、顔中を包帯でぐるぐる巻きにした痛々しいホストが息を切らして部屋に駆け込み、その直後にサイレンの音とともに制服警官たちが部屋になだれ込んできた。

密室に、金属バットを持った暗殺者の女、大怪我を負ったホスト、そして無傷で立つ私。警官たちはただちに事態を制圧しようと、威圧的な態度で私たちを囲んだ。女は泣き喚き、私を「悪魔」「人殺し」と罵り始めた。ホストもまた、パニックに陥り、意味不明な言葉をわめき散らしている。


さて!


この絶体絶命とも言える混沌とした状況において、私はなぜ、襲い来る男女を完全に言いくるめ、自らの正当性を証明し、彼らを自滅へと追い込むことができたのか?


その答えは極めてシンプルである。


私は、一切の「正論」を口にしなかったからだ!


世の中の大多数の人間は、決定的な勘違いをしている。知性とは、法律や道徳という名の「正論」を武器にして、相手の間違いを論理的に指摘し、論破することだと思っている。

だが、現実の戦場において、正論ほど無価値で、危険なものは、ない!


考えてもみてほしい!


赤信号を無視して渡る者、路上で堂々と喫煙して吸い殻を投げ捨てる者、果ては、感情に任せて人を殺そうとする者。彼らに向かって、「ルール上ダメですよ」「それは法律違反ですよ」と正論を突きつけたら、一体どうなるか。

言った側が、逆上した相手に凄惨な暴力を振るわれ、最悪の場合には……殺されるのである!


あるいは、法律の抜け穴をついて脱法ドラッグを乱用する者や、子供の玩具を買い占めて高値で転売する卑劣な連中に向かって、「ルールに書かれていなくても、モラルとしてダメですよ」と諭したらどうなるか。

やはり、言った側が嘲笑され、恨みを買って襲われるのがオチである!


なぜか?


ルールを破る人間は、「ルールを知らない」から破っているのではない。「ルールを知った上で」、自分の欲望や感情を優先しているから、破っているのだ。そこに「ルール違反だ」という事実を突きつけることは、相手の神経を逆撫でし、ただ無駄な摩擦と攻撃性を生み出すだけの、最も愚劣な行為なのである。


男性的な、あるいは社会的な「正論」というものは、平和な会議室や法廷でのみ通用する遊戯に過ぎない。現実の泥沼において、正論を振りかざすことは命取りになる。男性同士の喧嘩の多くは、己が信じる「正論」と「正論」の無意味なぶつかり合いによって発生する!


そして女性がヒステリックにキレるのは、相手から冷たい「正論」をぶつけられ、感情の逃げ場を失った時に発生するのだ!


では、殺意を持って襲いかかってきた相手、そしてそれを裁こうとする警察という無機質なシステムを前にして、圧倒的な知性を持つ者はどう振る舞うべきか。


「正論」を捨てて、圧倒的な「共感」をぶつけることである!


「なぜ私を襲った!犯罪だぞ!」と正論で糾弾するのではない。私は、床で泣き叫ぶ女と、パニックに陥るホストに向かって、静かに、深く、そして悪魔的なまでの優しさを持ってこう囁いたのだ。


「そうだね。辛かったね。あんさんの愛する人がこんな姿にされて、許せなかったんだね。殺したいよね」


「そうだね。全部、あーしのせいにしたかったんだね。怒りのぶつけ先が、あーししかいなかったんだね。殺したいよね」


「そうだね。殺したかったんだね。そのバットであーしの頭をカチ割りたかったんだね。わかるよ。あんさんのその殺意は、あんさんとっての、真実だね」


私は、彼女の身勝手な殺意を、他責思考を、狂気を、頭ごなしに否定するのではなく、完全に肯定し、包み込んだのである!


人間の怒りや殺意というものは、抵抗されることによって燃え上がる。壁があるからこそ、それを破壊しようとするエネルギーが生まれるのだ。


だが!


私が彼女の感情に一切の抵抗を示さず、泥水のような暗い感情のすべてに「そうだね、わかるよ」と圧倒的な共感を示した瞬間、彼女の振り上げた拳は、ぶつかる壁を失い、完全に空を切った。


我々「戦士」の目的は、自らのちっぽけなエゴを満たすことでも、道徳の教師になることでもない。


「生存」すること、そして「悪を撃破」し、状況を完全に支配することである!


だからこそ、エゴ丸出しで正義や正論をぶつけることは、百害あって一利なしなのだ。悪を叩き潰して生き残ることこそが目的であり、そのために必要なのが、相手の精神を内側から崩壊させる兵器としての「共感」なのである。


この世を支配するのは、感情だけである!


駆けつけた警官たちは、唖然として立ち尽くしていた。


無理もない!


深夜に金属バットで襲撃された被害者であるはずの私が、加害者の殺意や他責思考に深く頷き、涙すら浮かべんばかりにして共感しているのだ。さらには、「こんな理不尽な世界で、警察なんてクソ食らえと思っているんだよね。わかるよ。私も警察をぶち殺したい気分だよ」という、体制への反逆すらも肯定し始めたのである。


警官からすれば、被害者と加害者が、なんだかしらない間に「おまわりぶち殺す」と口々に言い合い、謎の絆で結ばれ、自分たちが完全に蚊帳の外に置かれた状況である。彼らの持つ「マニュアル化された正義」は、私の展開した圧倒的な共感の空間の前では、何の役にも立たなかった。


そして、殺意に燃えていたはずの女とホストは、自らのドロドロとした感情をすべて私に受け止められ、肯定されたことで、精神の緊張の糸が完全に焼き切れた。


彼らは自ら進んで膝をつき、まるで救済を求めるかのように、呆然とする警官たちの手によって自ら取り押さえられていったのである!


私は、指一本動かすことなく、また法的なリスクを一切背負うことなく、私を殺そうとした男女を社会のシステムへと放り込み、自らの生存と勝利を確定させた。


これこそが、学である!


これこそが、生存のための、学である!


正義は、常識は、規則は、真の目的を達成するためには、時として、いや、往々にして無駄なのだ!


私は冷たい夜の空気の中で、連行されていく彼らの背中を見送りながら、静かに口角を上げた。


少々の「武」と、圧倒的な「学」がある限り、この混沌とした世界で、私は、そして、君は……決して敗北することはない!

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