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【8位】ヴェリタスの最終定理 番外編 強姦魔の父に苦しめられた私の自伝  作者: 王璃月
探偵・半自伝・オムニバス

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丸投げ!自殺して逃げる惨めな私!

私は今日、死ぬことにする。


これは決意などという立派なものではない。


腐りきった果実が、自らの重みに耐えかねて枝からドロリと落ちるだけの、極めて物理的で必然的な現象に過ぎない。


全てが、私という存在の「終わり」を嘲笑うかのように、静かに、ただ静かにそこにある。


かつての私は、探偵としてこの社会の底辺を這いずり回り、他人の隠し事や裏切りを暴くことで糊口をしのいでいた。

だが。あの地獄のような日々から逃れるようにして、私は探偵の看板を下ろした。

もう、人間の悪意の底なし沼を覗き込むことに耐えられなかったのだ。


その後、私はイラストレーターとして生きる道を選んだ。キャンバスの上で、あるいはデジタルなピクセルの海の中で、現実には存在しない美しいもの、完璧な線、理想の色彩を追求した。現実の人間が醜悪であるならば、せめて絵の中だけは完全な世界を構築したかった。

だが、そのささやかな逃避すらも、この社会は許さなかった。


私が筆を折ったのは、才能の枯渇が理由ではない。顔のない群衆たちによる、純粋な悪意の暴力によるものだった。私が利用していた巨大なSNSプラットフォームにおいて、私は何者かの逆恨み、あるいは単なる暇つぶしの標的となった。複数の見知らぬアカウントからの、事実無根の不当な通報。そして、機械的に下された「アカウントの永久凍結」という死刑判決。私の積み上げてきた作品群、繋がっていたはずの数少ない人間関係、築き上げてきたデジタルなアイデンティティの全てが、管理者からのたった一通の無機質な通知によって、文字通り一瞬にして消し去られたのである。


私は抗議した。


自分が不当に扱われていると、長文の異議申し立てを送った。だが、返ってきたのは自動応答の冷たい定型文だけだった。その時、私は完全に悟ったのだ。警察が道端で血を流す私を見捨てたように、この巨大なデジタル社会のシステムもまた、一人の人間の尊厳など塵芥ほどにも思っていないということを。私は、現実社会からも、仮想社会からも、完膚なきまでに排除されたのだ。


そうして私は、完全なる廃人となった。社会のお荷物であり、呼吸をして二酸化炭素を吐き出すだけの、無価値な肉の塊である。


「死んだほうがマシ」という言葉があるが、まさにその通りだ。いや、生きている状態がすでに死の腐敗プロセスの一部であると言った方が正確かもしれない。私にはもう、どこにも居場所がない。誰の記憶にも残らず、誰からも必要とされない。


そんな私が、この掃き溜めで最後にすがりついたのが、「小説」などという負け犬の最終防衛線であった。


世の中には、小説というものをなんだか頭が良くて崇高な芸術作品だと勘違いしているバカがうじゃうじゃいる。


美しい文体、巧みな伏線、人間の業を描き出す深い洞察力。そんなものは全て、見え透いたペテンである。小説の正体など、一言で言い表せる。それは「頭のおかしい人間の、どうしようもない愚痴」である。この事実を否定できる者など、一人としていないはずだ。


現実の世界で何者にもなれなかった才能のない敗北者が、その不満とルサンチマンを原動力にして、キーボードに八つ当たりしているだけなのだ!


現実では他人に殴られ、社会から黙殺されるからこそ、せめて紙の上、あるいはモニターの中のテキストファイルの中だけで、自分が神になり、世界をコントロールしようとする。


それは極めて惨めで、見るに堪えない自慰行為である!


数万文字にも及ぶその文字列を読み返した時、私を襲ったのは圧倒的な虚無感だった。


私が書いたものは、文学などという高尚なものでは断じてなく、ただの「社会に対する長ったらしい呪詛」であり、極限まで煮詰まった「愚痴」でしかなかったのだ。


私は、自分が底なしの馬鹿であることを完全に理解した。


探偵として現実の闇に敗北し、イラストレーターとして仮想の闇に敗北し、最後にすがりついた小説という名の妄想にすら敗北した。才能の欠片もなく、生きる意志もなく、ただただ不満を書き連ねることしかできない、醜悪な廃人。それが私だ。人間としては、もう、とうの昔に「おしまい」なのである。


だから私は、今日、この無意味な肉体の活動を物理的に停止させることにした。


私は、数日間洗っていない脂ぎった髪を掻きむしりながら、立ち上がった。部屋の中は、私の体臭と腐りかけた生ゴミの臭いが充満している。


もう、私の人生は、何一つ痕跡を残さずに消え去るべきなのだ。


財布とスマートフォンだけをポケットに突っ込み、私は部屋を出た。

五月の札幌の朝は、まだひどく冷たい。頬を刺すような風が、私の痩せこけた身体の熱を容赦なく奪っていく。私はあてもなく、すすきのの方向へと歩き出した。死に場所を探すという明確な目的があるわけではない。ただ、最後にこの狂った社会の縮図を、もう一度だけ目に焼き付けておきたかったのだ。


すすきのの歓楽街は、朝の六時を過ぎてもなお、夜の毒気を完全に抜き切れていなかった。カラスがゴミ袋をつつ木、路上には昨夜の饗宴の残骸である吐瀉物や割れたグラスが散乱している。ネオンサインは力なく明滅を繰り返し、始発の電車に向かう疲れ切った顔の群れと、まだ飲み足りずにフラフラと彷徨う亡霊のような酔っ払いたちが交差している。


もはや怒りすら湧いてこない。ただただ、全てがどうでもよかった。


彼らは生きている。豚の死骸を煮込んだスープを飲み干し、己の血肉に変えて、この理不尽な世界を明日も生き延びようとしている。彼らはこの社会の歯車であり、同時にこの社会という怪物を構成する細胞の一つなのだ。

私は、その店の前で立ち止まり、ガラス越しにラーメンをすする彼らの姿をただぼんやりと眺めていた。


もし私に、彼らのように豚の脂を貪り食うだけの無神経な生命力があったなら、私の人生は少しは違っていたのだろうか。


理不尽に殴られても、不当にアカウントを消されても、ヘラヘラと笑いながら豚骨スープをすすり、「まあ、そんなこともあるさ」と受け流すことができる鈍感さがあったなら。


だが、私には無理だった。私の精神は、あまりにも脆く、そしてあまりにもこの世界の悪意に対して過敏に反応しすぎたのだ。


「邪魔だ、どけよ!死ねボゲッ!」


背後から、不機嫌な声がした。振り返ると、作業着を着た大柄な男が私を睨みつけていた。ラーメン屋の列に並ぼうとしているらしい。


「ああ、すまない……」


私は力なく謝罪し、フラフラと歩き出した。以前の私なら、この程度の暴言に対して、心の中で猛烈な殺意を抱き、小説の中で彼を八つ裂きにしていただろう。だが今は、ただ風に吹かれるゴミのように、道を開けるだけだ。


どこへ行こうか。


札幌の街を見下ろせる高い場所が良い。あるいは、誰も近寄らない冷たい川の底が良い。

私は地下鉄の駅へと向かう階段を下りた。冷たいコンクリートの壁が、私の足音を不気味に反響させる。もう、誰の顔も見たくなかった。人間の皮を被った獣たちが織りなす、この巨大な狂気の劇場から、今すぐ退場したかった。


ホームに立つ。まだ乗客はまばらだ。冷たい蛍光灯の光が、私の手首に浮かび上がる青い静脈を照らしている。この血の巡りが止まれば、全てが終わる。不当な通報に怯えることもない。他人の暴力に怯えることもない。自分の無能さに絶望することもない。完全な「無」が、そこには待っている。

トンネルの奥から、地下鉄が近づいてくる轟音が響き始めた。風が吹き抜け、私の伸び切った前髪を揺らす。

私は、黄色い点字ブロックのさらに前、プラットフォームのギリギリの端へとつま先を進めた。


「おしまいだ」


私は誰に聞こえるでもなく、乾いた唇を動かして呟いた。

社会という巨大な肉挽き機の中で、私は完全にすり潰された。


私は目を閉じた。


列車のヘッドライトが、私の薄い瞼の裏を強烈なオレンジ色に染め上げる。

もう、何も書く必要はない。何も恨む必要はない。私はただの肉の塊となり、この完璧なまでに狂った世界から、静かに、そして完全に消え去るのだ。

さようなら。この救いようのない、地獄の底のような社会よ。


だが!


地下鉄の轟音に飲み込まれたのは、私の命ではなく、かつての私という形をした「人間の残骸」だったのかもしれない。

あの日、ホームの端で世界を拒絶したはずの私は、結局のところ、この醜悪な世界の濁流に完全に同化することで生きながらえる道を選んでしまった。それは生存というよりは、感染に近い。


理不尽に殴られ、居場所を奪われ、尊厳を粉砕され続けた果てに、私は自らが最も軽蔑し、呪い、嫌悪していた「血」の呪縛に屈服したのである。


皮肉な話だ。私は、高潔な被害者のまま死ぬことすら許されなかった。


気がつけば、私は通り魔になっていた。


手に持っているのは、かつて美しい線を描いていたペンでも、真実を暴くための手帳でもない。ただの鈍器であり、刃であり、他者の平穏を切り刻むための純粋な暴力の道具だ。


私は現在、最も憎んでいた母のように、金と破壊を盲目的に愛している。

かつてはあんなにも汚らわしいと思っていた札束の匂いが、今では鼻腔をくすぐる唯一の芳香となった。他人の築き上げてきたものを、段ボールの入り口を粉砕するようにぶち壊し、その残骸から利益を啜ることに、何の躊躇も感じない。


そして、最も憎んでいた父のように、性と混沌を渇望している。理性という名の首輪を自ら引き千切り、本能が命じるままに他者を蹂躙し、混沌とした情欲の海に身を投じる。かつての私が大切にしていた「心」や「絆」といった言葉は、今や意味をなさない泥のような記号に成り下がった。


知性は、確実に消え失せた。


物事を深く考え、社会の構造を分析し、絶望に理由を求めていたあの頃の私はもういない。複雑な思考は、生きる上で邪魔なノイズでしかなかったからだ。


イラストを描く能力も失われた。

かつて画面の中に構築していた理想の世界は、今や指先の震えと共に霧散し、私が描けるのは、被害者の返り血がアスファルトの上に描く不規則な斑紋だけである。


そして、ついには文盲になった。

文字。それは、私が最後まで固執していた「負け犬の砦」だったはずだ。社会への恨み、己の絶望、それを小説という愚痴に昇華させることで、私は辛うじて人間としての形を保っていた。だが、もはや文字を読み、書く力すら、私の脳からは剥げ落ちてしまった。目の前の標識も、ネット上の罵詈雑言も、私が書き殴ったかつての原稿も、今の私にとっては意味を持たない幾何学模様に過ぎない。


救いはない。


そこにあるのは、ただ圧倒的な「破滅」の完成形である。


言葉はない。


思想もない。


正義も、悪も、もはやどうでもいい。


私はただ、母が愛した金のために、父が愛した混沌のために、今日ものたうち回る街のノイズに紛れて、誰かの背後に音もなく忍び寄る。


探偵は死んだ。


イラストレーターも死んだ。


小説を書いていた廃人も死んだ。


私は、すべてを失った。


言葉を失い、線を描く指先は血に汚れ、知性は獣の咆哮にかき消された。


かつての私が大切にしていた「私」という輪郭は、もうどこにも残っていない。


今の私は、深夜の札幌の路地裏を彷徨い、意味のない破壊を繰り返すだけの、怪人に過ぎない。


しかし、その影が完全に闇に溶けて消える直前、私は一人の男に、私の残骸を託すことにした。


その男は、先日出会った漫画家である。


彼はかつて私を一方的に愛していた。


その愛は、あまりにも静かで、あまりにも深かったために、傲慢だった頃の私は、ついにその正体に気がつくことができなかった。


愛とは、実に皮肉なものだ。


失われてから、あるいは自らが怪物に成り果ててからでなければ、その輪郭を捉えることすら許されない。


私は彼に、すべてを任せた。


私が筆を折り、キーボードを叩く指を失い、絶望の果てに投げ捨てた物語のすべてを。


愛とは、単なる共感や同情ではない。


それは「解釈」という名の、最も残酷で、かつ最も美しい暴力である。


もし彼が、私の言いなりになって、私の指示通りに私を描くのであれば、それは愛ではない。


それは単なる服従であり、彼は私の「奴隷」に過ぎなくなってしまう。私の望みはそんなところにはない。


私の意図など無視していい。


私の苦悩を勝手に翻訳し、彼自身のフィルターを通して、歪んだ私の姿を世界に再構築すること。


それこそが真の愛であり、真の「創造」なのだ。


私が、イラストレーターとして完璧な線を求め、小説家として緻密な愚辞を積み上げ、そしてその両方に挫折して廃人となった今、彼はその瓦礫の中から、私ですら見たことのない「私」を掘り出そうとしている。


彼が作ろうとしているのは、漫画だ。


それは、私が完全に諦めた、イラストと小説の融合体である。


視覚的な暴力と、内面的な沈黙が交差する、紙の上の戦場。


私が言葉を失い、文盲となった代わりに、彼は私の沈黙に形を与え、私の血走った視線を線へと変換する。


私は私を、ついに「死体遺棄」した。


だが。


彼は、私が放棄した表現の砦を、自らの血を流しながら再建しようとしているのだ。


私は、彼のペン先が紙を削る音を、遠くの暗闇で聞いている。


もはや私には、その漫画に描かれた文字を読むことはできない。


描かれた私の顔が、どれほど醜く、あるいはどれほど悲しく描かれているのかを知る術もない。


だが、それでいい。


私は、私を殺したこの世界を呪いながら、同時に彼という一人の人間に、私の呪いを託した。


彼は私の「破滅」を、エンターテインメントという名の刃に変えて、再び世界に突き立てるだろう。


それは救いではない。


ただの、終わりの続きだ。


私は、もう二度と人間には戻れない。


かつての記憶が僅かに疼くが、それもすぐに消え去る。


私の背後には、私のすべてを飲み込み、新たな「虚構」へと翻訳し続ける、あの男の狂気だけが残っている。


任せたよ。


私の命も、私の絶望も、私の醜い最期も。


すべてを剥ぎ取り、好きに描き散らすがいい。


それが、最初で最後の「愛」なのだろうから。

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