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【8位】璃月の最終定理  作者: 王璃月
探偵・半自伝・オムニバス

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悪夢の夜!襲撃!全裸のおっさんと、母!

この世界は、時として精巧に塗り固められた平穏の皮を、いとも容易く剥ぎ取ってみせる。


日常という名の薄氷を踏み抜いた先には、底の見えない汚泥と、理性を嘲笑う原色の狂気が渦巻いている。あの日、私が浜松で経験した出来事は、まさにその裂け目に真っ逆さまに落ち込んでしまったような、最悪という言葉ですら生温い、純粋なる混沌の記録である。


夏の湿り気を孕んだ夜風が、街全体をねっとりと包み込んでいた。アスファルトの熱気と排気ガスの匂いが混じり合う中、私の前に突如として現れたのは、文明の象徴である衣服の一切を脱ぎ捨てた、正真正銘────()の、全裸のおっさんであった!


彼は深夜の路上で、自身の無防備な肉体を誇示するように立ち塞がり、焦点の合わない瞳で私を捉えた。


「触ってッ!俺を、触ってッ!」


その卑猥で醜悪な存在感は、それだけで……夜の静寂を冒涜していた。私は一瞬の躊躇もなく、その脂ぎった腹部を目掛けて渾身の蹴りを叩き込んだ。肉がひしゃげる鈍い音と共に、おっさんはゴミのように路上を転がっていった。


それが……私の「最悪の一日」を告げるファンファーレとなったのである!


不快感を拭い去るようにして、私は馴染みのバーへと足を向けた。そこは、世俗の喧騒から逃れるための避難所であるはずだった。しかし、重厚な扉を開けた瞬間に鼻腔を突いたのは、酒と煙草の匂いではなく、人間の業を煮詰め、発酵させたような、吐き気を催すほどの濃密な、「異常」だった……!


カウンターの奥では、一人の男が憑りつかれたような手つきで、一万円札を次から次へと引き裂いていた。ビリ、ビリ、という乾いた音が、この空間の唯一の調律のように響き渡る。一万円という価値が、ただの紙屑へと成り下がる瞬間の虚脱感。彼は福沢諭吉の顔を無惨に二つに割り、その破片を、まるで、不要なゴミのように床に撒き散らしていた。資本主義の墓場がそこにあった!


その隣では、さらに凄まじい光景が展開されていた。私が入店するなり、一人の女性が獲物を見つけた猛獣のような目で私を見据えたのである。彼女は「混沌巨乳女」と呼ぶに相応しい、歪なまでの豊満さを備えていたが、その肉体からは生命を祝福する香りではなく、生存競争に勝ち残ろうとするメスの攻撃的な、そして、猛烈なフェロモンが立ち上っていた。彼女は私ににじり寄ると、耳を疑うような傲慢な言葉を吐き捨てた!


「あそこの、他の女たちは、全員、無価値な豚よ。でも、私は違う。私だけが、この世界で本物の価値を持っているの」


彼女は周囲の女性客を徹底的に見下し、その選民意識を燃料に、私への欲情を剥き出しにした。しかし、その欲情は愛撫ではなく、戦闘行為として現れた。彼女は私に抱きつこうとしたかと思えば、次の瞬間には拳を振り上げ、私の頭を、体を、力の限り殴りつけ始めたのである。愛と暴力、欲情と殺意が、彼女の中では同じ回路で処理されているようだった!


さらに背後からは、別の狂気が忍び寄っていた。初対面のはずのおっさんが、挨拶もなしに私の身体を執拗に揉み出し、ついには服の中に冷たい手を滑り込ませてきたのである。彼の手の感触は、爬虫類のように無機質で、それでいて執念深かった。私のプライバシーも、尊厳も、この空間では意味を成さない!


ふと厨房の奥に目をやれば、この店のマスターは、大量の大麻と強い酒、そして数えきれないほどの煙草に溺れ、カウンターの下で白目を剥いて倒れていた。理性の灯はとうの昔に消え失せ、彼は自らの欲望の滓となって沈殿していた!


そして、その傍らでは、マスターの娘が、まだ幼い顔立ちに似つかわしくない不敵な笑みを浮かべ、テキーラのボトルをラッパ飲みしていた。14歳の彼女は完全に正気を失っており、隣に座る刑事を執拗に殴りつけていた!


驚くべきことに、その刑事は少女の暴力に抗うどころか、酒を煽りながら、その打撃を悦びとして享受していた。秩序を守るべき象徴である刑事が、混沌の化身である少女に跪いている!


そして、この狂気の中で唯一、まともな感性を維持していたはずの医者のおっさんは、己の無力さに打ちひしがれたのか、カウンターの隅で自らの胃の中身を吐き散らしながら、子供のように声を上げて泣いていた!


この地獄絵図から逃れるには、新たな混沌に身を委ねるしか、ない!


私はそこで出会った中東系のおっさんの誘いに乗り、場所を変えることにした。向かった先は、煌びやかなネオンが踊るホストクラブだった。しかし、そこで私を待ち受けていたのは、宇宙の不条理を凝縮したような、あまりにも残酷な再会だった。


店の中央、最も華やかな席に座っていたのは、他ならぬ私の実の母親だった……


なぜ、東京にいるはずの母が、この浜松の、しかも深夜のホストクラブにいるのか。私の脳は事態の把握を拒否し、視界が激しく歪んだ。しかし、そこにいるのは間違いなく、私を産み、そして、育てた女だった。彼女は私の姿を認めると、驚く風でもなく、むしろ、戦場から帰還した兵士を迎えるような、冷徹で空虚な笑みを浮かべた。


「あらん?奇遇ね。あなたも飲みに来たの?」


私は絶望の淵に立ちながらも、こうなったらこの混沌のすべてを飲み干してやろうという、一種の開き直りに至った。私は母の隣に座り、差し出された酒を煽った。しかし、私の目の前で展開されたのは、母という概念を根底から破壊する、おぞましい光景だった!


母は、若々しいホストたちの身体を獣のような手つきでまさぐり、その若さを吸い取るようにして悦に浸っていた!


そこにいたのは、「母」ではなく、自身の欲望を隠すことすら忘れた、一人の飢えた「女」の貌であった!


彼女は酒の力によって、自身の内側に潜む「獣」を完全に解放していた!


ホストたちは彼女のあまりの気迫と、理不尽な暴れっぷりに恐怖し、青ざめた顔でじりじりと後退りし始めた!


母の狂乱は、止まることを知らなかった!


彼女はテーブルの上のグラスを叩き割り、店内の装飾を引き剥がし、ついには私のヴィトンのリュックをひったくると、それを雑巾のように……引き裂き始めたのである!


私がこれまで手にしてきた地位や名声、あるいは平穏な生活の象徴でもあったそのリュックが、母の手によって文字通りのゴミと化していく。その破裂音は、私の精神が千切れる音でもあった。


私はついに、耐え切れなくなった!


この女は、もう、母ではない!


私は震える指でスマートフォンを取り出し、容赦なく警察を呼んだ!


通報から数分後、店内は、無機質な警察官たちの声で満たされた……


しかし、それこそが真の地獄の始まりだった!


警察官たちは、この異常な親子関係を前にして、困惑と嘲笑を隠そうともしなかった!


私は被害者であり、母は加害者である。その事実は明白である……はずだった!しかし!取り調べが進むにつれ、事態は妙な方向へと歪んでいった。私は心のどこかで、母に対する一抹の慈悲を捨てきれずにいた。その微かな情けが、警察官たちの前で甘さとして露呈してしまったのだ!


母はその隙を見逃さなかった!


彼女は私の慈悲を吸い取り、それを燃料にしてさらに増長した!


「聞いてッッッ!この子が、私を!『暴れるように』と、誘ったのよ!私は被害者なの!」


彼女は泣き叫び、自身の罪をすべて私に擦り付け、被害者としての演技を完璧にこなしてみせた!


私は自らの母を売った親不孝者として、警察官たちの冷たい視線に晒された。リュックを破かれ、殴られ、精神を凌辱されたのは私だけだったというのに、法というシステムは、なんと、この混沌の前では無力に等しかった!


乱闘騒ぎと、果てしない取り調べは、翌日の夕方まで続いた。窓から差し込む夕陽が、憔悴しきった私の顔を無情に照らし出していた。

やがて、警察から解放された母は、駅のホームで私に向き直った。そこには昨夜の、ホストをまさぐり、私の荷物を引き裂いた「獣」の姿は微塵もなかった。


彼女は、そう……まるで日曜日の朝に教会のミサを終えた敬虔な信者のような、清々しく、そしてどこまでも平穏な表情を浮かべていた!


「あらあ。ようやく帰れるわね。私、生まれてからこのかた、ただの一度も悪事をしたことがありませんからネ。ンモー、警察なんて本当に疲れちゃうわン」


彼女は、自身の記憶から昨夜の狂気を完全に抹消していた。あるいは、最初から彼女にとっての「真実(ヴェリタス)」とは、その時々の都合によって書き換えられる程度のものだったのかもしれない。彼女は一度も振り返ることなく、新幹線へと乗り込み、東京へと帰っていった……


残されたのは、ボロボロになった私の精神と、修復不可能なヴィトンの成れの果て。


そして。


「秩序とは、狂気の合間に見せる短い休息に過ぎない」……という、呪いのような確信だけだった。

浜松の最悪な一日は終わった。


しかし、私の内側にある混沌の恐怖は、今もなお、深い闇の底で静かに!そして!確実に呼吸を続けている……!

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