ブスを殺れ!美人の私による裁きの時!
私は吐いた。
文字通り、薄汚れた場末のバーの狭いトイレに駆け込み、胃の中身を全て便器にぶちまけたのだ。だが、私、Wan Liyueの吐き気は一向に収まる気配を見せなかった。何故か。酒に酔ったわけではない。出された酒が腐っていたわけでもない。理由はただ一つ、私が座っていたカウンター席の隣に、あまりにも醜い男女がやって来たからだ!
最初、私は自分の目が何かの錯覚を起こしたのか、あるいは照明の暗さが生み出した悪趣味な影のいたずらかと思った。
しかし、違った!
彼らは、絶望的なまでに……ブスだったのだ!
もちろん、私は当たり前のようにブスが嫌いである。
だが、ここで私が定義する「ブス」という言葉の真意を、世間一般の浅薄なルッキズムと同列に語られては困る。私は、目鼻立ちの造作が不整であるとか、体型が美の基準から外れているといった、単なる「外見の良し悪し」を問題にしているのではない。
そんなものは、皮相的な物理現象に過ぎない。
私が心の底から嫌悪し、生理的な拒絶反応を引き起こす「ブス」とは、内面のどうしようもない汚らしさが、腐敗ガスのように毛穴という毛穴から吹き出し、皮膚を突き破って悪意の形を成しているような、そんな次元の存在なのだ。
私は、善人が好きだ!
そして同時に、悪人も好きである!
人を愛することに生涯を捧げる人間は、人を愛する者の気高く美しい顔をしている。
一方で、己の欲望のままに人を殺めるシリアルキラーや、他者を蹂躙することに喜びを見出す純粋な悪党は、人を殺す者の、氷のように冷たく研ぎ澄まされた顔をしている。
そこには「一貫性」がある!
存在の在り方と、内面と、外に現れる顔が、完璧な論理で結びついているのだ。
大自然において、シマウマの喉笛に食らいつくライオンが美しいように、自らの本性に忠実に生きる者は、それが善であれ悪であれ、圧倒的な「美」を内包している。それが宇宙の真理であり、美学というものである。
だが!
先ほど私の隣に座り、ねばりつくような視線と湿った声で絡んできたあのブス・カップルは、その宇宙の真理を根底から冒涜する存在であった。彼らは、いかにも自分たちが弱者に寄り添う心優しい善人であると言いたげな、卑屈なまでに愛想のよい笑みを浮かべていた。しかし、その歪んだ口角の隙間からは、他者を見下し、利用し、搾取しようとするどす黒い悪意が全く隠しきれずに漏れ出していたのである。
さらに恐ろしいことに、彼らの中にあるその純度一〇〇パーセントの悪意の根底には、自分たちは絶対に正しいことをしているのだという、狂気じみた純度一〇〇パーセントの善意が潜んでいたのだ。善意と悪意がマーブル状に混ざり合い、もはや、どちらが主体なのかすらわからない。己の悪意を善意でコーティングし、その善意すらも悪意のための燃料として燃やし続ける、永久機関のようなおぞましさ。彼らはもはや、人間という枠組みを外れた何者でもない、怪物を超えた「怪物」であることは私の直感が見事に告げていた。
そして、私のこの鋭敏すぎる直感は、彼ら自身の口から語られた言葉によって、直ちに正解であったと残酷なまでに証明されることになる。
そのブス・カップルは、薄ら笑いを浮かべながら、私に自分たちの「尊い活動」について語り始めた。彼らは、街をうろつく可哀想な野良猫たちを保護する活動をしているのだという。
そこまではいい。
だが、彼らがやっていることは、保護などという生易しいものではなかった。彼らは捕獲した猫畜生たちを、人里離れた山奥にある、野戦病院のような、いや、強制収容所めいた劣悪な小屋に、文字通り……鮨詰めにしていたのだ!
そして、あろうことか、わざと不衛生な環境に置き、餌を制限し、時には意図的に傷を負わせることで、無理やり怪我と病気を悪化させ、極限まで苦しめているというのだ!
なぜ、そんなことをするのか。
理由はシンプルだった。
彼らは、その死にかけの、膿と血にまみれた哀れなぐぢゅぐぢゅの猫たちの写真をSNSにアップロードし、「可哀想な命を救うために力を貸してください」と涙ながらに訴えかけ、善意の寄付を募るのである。そして、全国の無知な善人たちから集められた莫大な支援金は、猫の治療費などには一円も使われることなく、彼らが派手なだけで不味い反社・レストランで舌鼓を打ち、老婆の乳首色をした古臭い高級バッグを買い漁り、小太りの豚が小太りの豚をあやす豚臭いキャバクラで豪遊するための資金へとロンダリングされていた……
善意からの悪意からの善意からの悪意……。
無限のループである。
自分たちは命を救う活動家であるという「善意」の自己陶酔。動物を虐待し、弱者を騙して金を巻き上げるという純粋な「悪意」。寄付をする人々の「善意」。そして、その全てを嘲笑いながら飲み込んでいく彼らの底知れぬ「悪意」。
私の脳髄が、そのあまりの不条理と美学の欠如に悲鳴を上げた。
もう、ダメだ。
崩壊している。
こんな存在を、この世界に放置しておくわけにはいかない。こいつらは今ここで、私のこの手によって、物理的に解体し、殺害しなくてはいけない。
あるいは、あの分厚いグラスでその顔面を原型をとどめないほどに殴り飛ばし、そのどす黒い内面と釣り合うように、外見も正しく醜悪に「直して」差し上げるべきではないか。
「いや。直しても無駄だ。殺しちまおう……」
私の右手が、カウンターの上のグラスを握りしめようとしたその瞬間である!
ブス女とブス男は、まるで天気を語るような、あるいは昨日のテレビ番組の感想を述べるような、信じられないほどに軽薄で日常的なトーンで、こう言い放ったのだ。
「殺すのも楽しいのよ。猫を」
その一言が、私の精神の堤防を完全に決壊させた。彼らは、金のためだけにやっているのですらなかったのだ。虐待そのものに、命を弄り、蹂躙すること自体に、甘美な快楽を見出していた。それでいて、表向きは聖人のような顔をして社会に溶け込んでいる。
私は胃袋が裏返るような強烈な吐き気に襲われ、口を抑えながらトイレへと駆け込み、そして……吐いたのである!
しかし!
トイレの個室で胃液を吐き尽くし、冷たい水で顔を洗い、鏡に映る青ざめた自分の顔を見つめながら「これでこの最悪の夜も底を打っただろう」と高を括っていた私を、バーのフロアでは、更なる地獄の悪夢がお待ちかねしていたのである!
足取り重くトイレから戻った私の目に飛び込んできたのは、先ほどのブスカップルが可愛く思えるほどの、「この世の終わり」であった。バーの薄暗い空間が、まるで地獄の蓋が開いて這い出してきたような、正気の沙汰とは思えない異形の者たちの巣窟と化していたのだ!
カウンターの奥に陣取っていたのは、肉塊に服を着せたような、呼吸をするたびに脂肪が波打つ精神のおかしい、デブ・女だった。彼女は、隣に座る男に向かって、自らの異常な性癖を誇らしげに語っていた。彼女は、ペットショップで買ってきた愛らしいフェレットを、自らのその巨大な尻の下敷きにし、骨が砕け、内臓が破裂する音を聞きながら、じわじわと捻り潰して殺すことに至上の喜びを感じるのだという。その行為を語る彼女の目は、瞳孔が開き切り、「あっちの世界」を見据えていた。
その隣のテーブルには、骸骨に薄い皮を貼り付けたような、不気味なほどガリガリに痩せ細った男が座っていた。彼は、いかにして子供から希望を奪い、肉体的な苦痛ではなく、精神的な拷問を与えて絶望のどん底に突き落とし、その恐怖に歪む顔と泣き叫ぶ声を聞くことだけが、自分の干からびた人生における唯一の生きがいであるかを、淀みない、断固とした、正義の口調で語っていた。
さらに信じられないことに、入り口近くの席では、どう見ても高齢の老婆が、若作りの男装をし、ホモ・男性を装って夜の街を徘徊しているというのだ。彼女は、ターゲットにした若い男性を襲い、その一部始終をカメラで撮影してコレクションすることに自らの余生を捧げる変態老婆であった。
私の頭は、完全に理解を、拒絶した。
狂気というものにも、一定のルールがあるはずだ。
社会という大きな枠組みの中で、「ここまでは狂っていても、まあ、人間として扱ってやる」という、暗黙の了解、常識的なラインが存在する。
しかし!
いま私の目の前で繰り広げられているこの百鬼夜行は、狂気を遥かに超えた、言語化不可能な「なんらか」としか言い表せない代物であった。
私はこれまで、周囲の人間から狂人と呼ばれたこともあるし、なんなら自分自身が狂っていることを、ある種の特権であり、かっこいいとすら思っている節がある。それは客観的に見ればひどく痛々しいことかもしれないが、私は自らの狂気に絶対的な誇りを持っている。なぜなら、私の狂気は、己の信念という強固な背骨に基づき、一切の嘘偽りなく、この世界に対して真っ直ぐに牙を剥いているからだ。だからこそ、私は社会から避けられ、恐れられつつも、一部の人間からは熱狂的に愛されているのだと自負している。
私の狂気には「矜持」がある!
だが、いま目の前でグラスを傾け、自らの醜悪な罪業を自慢し合っているこの怪人軍団は一体なんなのか?
混沌か?
いや、違う!
本物の混沌というものには、全てを飲み込み無に帰すという、ブラックホールのような絶対的な意志と矜持がある。しかし、目の前の怪人たちは、自らの欲望に流され、他者を踏み躙りながら、それに、理由すら求めない。
ただただ自己中心的で、底なしに醜悪で、美学の欠片もない。彼らは、人間としての定義が不可能な、この宇宙のバグ、システムエラーの集合体であった。
私の中の純粋な怒りが、限界点を超えた!
私は、彼らの汚らわしい声が飛び交う空間を引き裂くように、腹の底から咆哮した!
「てめえたち。なんなんだ?……死ね!」
それは、この不条理な世界に対する、私なりの宣戦布告であり、純粋な狂気からの、不純な狂気への鉄槌となるはずの叫びだった。私は、彼らが私に向かって牙を剥き、一斉に襲いかかってくることを期待していた。血で血を洗う暴力によって、この不快な空間を浄化してやるつもりだった。
だが、怪人軍団は、私の論理と予想を遥かに超えた、信じがたい反応を見せたのだ。
私のその圧倒的で純粋な殺意の意志に直面した怪人たちは、恐怖に怯えたのか、あるいはその狂気に染まった奇特な脳回路が奇妙なショートを起こしたのか、なんと……私に立ち向かってくる代わりに、その場にたまたま居合わせた、何の関係もない一人の女性客を一斉に取り囲み、寄ってたかってリンチし始めたのである!
「は……?」
私は絶句した!
これは欺瞞だ!
これこそが、絶対的な欺瞞なのだ!
自らの異常性を誇示しておきながら、いざ本当に強い意志を持つ強者、すなわち、自分たちを破壊し得る圧倒的な存在の「私」に直面し、勝てないと悟るや否や、矛先を変えて圧倒的に弱い無関係の者をいたぶる。暴力の方向性をすり替える。彼らには、自分の狂気に殉じる覚悟すらない。ただの……卑怯者の群れに過ぎなかったのだ!
その瞬間、私の脳裏に、深く封印していたはずの過去の記憶が、濁流となってフラッシュバックしてきた。
かつて、私を育てた血族たち――叔父や、叔母や、父や、母。彼らもまた、この目の前の怪人たちと同じ、いや、それ以上に醜悪な、怪物であった。彼らは平然と強姦や横領、詐欺や拷問に手を染め、その犯罪行為によって得た金で、あらゆる人のお世話になり、のうのうと生きていた。
彼らの行動は、常に常軌を逸していた!
ある日、父は道端で唐突にヤクザを呼び止め、全く価値のないただの籾殻を、あたかも魔法の粉であるかのように熱弁を振るって売りつけようとした!
「籾殻を、食べてよッ!いちまるさんちのツツム君!この頃少し、変よッ!」
叔母は、すれ違っただけの見ず知らずの老人男性にわざとぶつかり、因縁をつけるどころか、あろうことかその老人の鼻先にしゃぶりつくという常軌を逸した暴挙に出た!
「おねえつぁんに、チューされちゃったねッ!うれち?ねえ、うれち?」
叔父は、高級な寿司屋に乗り込み、厨房に侵入して職人たちの目の前で小便を撒き散らし、神聖な場を排泄物で汚辱した!
「おしっこしたいのに!おしっこ出ないのは!差別!」
母は、重要な商談の席で、相手の目を見つめながら、自らの名刺をただひたすらに、細かく、細かく破き続けるという奇行で相手を精神的に追い詰めた!
「朝、三つの誓いを書きましたか?名刺に、書きましたかッ!」
彼らは、社会のルールも、他者の尊厳も、何一つ理解していなかった。そして、それらの凶行が警察や被害者から咎められると、彼らは決まって、一切の罪悪感を持たない、空っぽの瞳でこう言い放ったのだ。
「じゃあ、こいつにやれってゆわれたからだゆッ!」
そう言って彼らは、たまたまその場に居合わせただけの、全く無関係な少年や、通りすがりの老人や、被害者であるはずの店主を指差し、さらにはこう叫ぶのだ。
「……あっ!いーこと思いついた!じゃあ、お前態度悪い!死ねッ!」
そして、自分たちの罪をなすりつけた相手を、狂ったように殴りつけ、暴力を振るうのである。自らの責任を他者に転嫁し、その転嫁した相手を攻撃することで、己の正当性を捏造する。それが、私の血に流れる、呪われた欺瞞のメカニズムであった。
今、私の目の前で、何の関係もない女に群がり、蹴りを入れ、髪を引っ張っている怪人軍団の姿は、あの醜悪な私の家族たちの姿と完全に重なり合った。
許せない!
こんな欺瞞が、こんな理不尽が、この世界に存在していいはずがない。
私は、自らの中にある全ての枷を外し、純度一〇〇パーセントの暴力の化身となった。私は獣のように吠え、怪人軍団の輪の中に飛び込んだ。
まずは、「フェレット潰し女」の巨大な顔面に、右拳を全力で叩き込んだ。
すかさず、「子供いたぶるガリガリ男」の首ぐらを掴み、その貧相な顔面を壁に何度も、何度も、何度も叩きつけた。
「変態ホモ老婆」が背後から私に噛み付こうとしてきたが、私は振り返りざまにその顎の骨を蹴り砕いた。
「猫殺しブスカップル」が悲鳴を上げて逃げようとしたが、私は追いすがり、その偽善に満ちた顔面を、拳で殴り続けた。
私も無傷では済まなかった。
彼らも死に物狂いで反撃してきた。
ビール瓶で頭を殴られ、ガラスの破片が腕に突き刺さり、服は引きちぎられ、時計を巻いた拳で顔を殴られた。
しかし、私は止まらなかった!
私が殴っているのは、目の前の怪人たちだけではない!
過去の呪縛、偽善という名の悪意、そして、この世界の根底に巣食う不条理そのものを殴り続けていたのだ!
どれだけの時間が経ったのかわからない。
店内の全てのグラスが割れ、椅子が壊れ、血と酒の匂いが充満した頃、ついに私の周囲で動く者はいなくなった。私は、息も絶え絶えになりながら、血まみれの拳を見つめ、見事に全員をぶん殴り、そして私も限界までぶん殴られ、ついには半殺しにされたことを理解した。
そしていま、私は、夜の闇に包まれた、凍てつくような公園の冷たい土の上に、大の字になって倒れている。
なぜバーからここまで歩いてきたのか、その記憶は曖昧だ。
全身の骨が軋み、肉が裂けるような激痛が絶え間なく襲ってくる。夜空を見上げると、無機質な星々が、ただ冷たく瞬いているだけで、私に何の慰めも与えてはくれない。
戦いには、圧倒的な暴力をもって勝った。
あの欺瞞に満ちたバグ共を、完膚なきまでに破壊してやった。
しかし!
私の中には、一切の達成感も、カタルシスもなかった。
善意に擬態した悪意を打ち砕き、無責任な混沌を力でねじ伏せたところで、この世界が美しくなるわけではない。私の血族が残した呪いが消えるわけでもない。ただ、血を流し、痛みに耐え、虚無を見つめるだけの時間が残されただけだった。
私の純粋な狂気は、不純な狂気を排除した!
だが、何も残らなかった!
ただ、冷たい土の感触と、血の味と、絶対的な孤独だけが、私を優しく、そして……残酷に包み込んでいた!




