話さず、聞かず、暴れる老人!そして暴かれるマクガフィン!
ほぼ事実をそのまま書いてます。
この世に、意味などというものは、存在しない。
宇宙は単なる物理法則に従って動き続けているだけであり、その片隅の地球の上で、我々人間が泣こうが喚こうが、マクロ視点では何の意味もない。
だが!
意味がないからこそ、我々は生きるのだ!
あらゆる行動、あらゆる感情、あらゆる営みは、究極的には無駄である。
しかし!
その「無駄」にこそ、人間の生命の震えるような豊かさが宿っているのである。生存を維持するだけならば、味のない栄養剤を胃袋に流し込み、ただ、屁理屈をこねくり回して機械のように稼ぎ、感情を殺して呼吸を続け、時が来ればそのまま冷たい棺桶に入るのが最も合理的だろう。
だが!
そんなハウツー本に書かれたような、小手先の効率と最適化ばかりを追い求める生き方は、確実に人間の魂を内側から腐らせ、死よりも深い虚無へと追いやる。
最適化とは……死への……片道切符なのだ!
食べる必要のない、カロリーと脂質にまみれたイカれた料理を腹がはち切れるまで食べること。
見る必要のない、人生の何の足しにもならないイカれた映画を見て目を血走らせること。
何の目的もなく、興味すら抱いていなかった見知らぬ街の路地裏や、虫の這い回る薄暗い自然の中をイカれたように駆け巡ること。
そうして、計算された合理性のレールから脱線し、泥にまみれ、己の感情と肉体を無駄に消耗させること。
無駄に、イカれちまうこと。
それこそが「生きる」ということであり、それこそが真の豊かさなのだ!
効率化の対極にある、圧倒的なまでの無駄。
私は、無駄とは、……人間が人間であるための「愛」そのものであるとすら確信している。
だが、だよ。
この世界には、私の愛する、生命を豊かにする愛すべき「無駄」とは全く異質の、人の精神を根底から破壊し、知性を冒涜する恐るべき「無駄」が存在する。
それに直面した時……私は、己の存在意義すら見失い、一瞬ではあるが、言葉を発することすらできないある種の廃人と成り果ててしまったことがある!
それは、アスファルトのような濁った色の雲が空を重く覆い尽くし、海からの冷たい湿った風が骨まで染み込んでくるような、陰鬱な日のことであった……
私はその日、探偵としての依頼を受け、横浜の山手にある、蔦に覆われた古く巨大な洋館へと足を運んでいた。そこは、気難しいことで名を馳せている、ある高名な老陶芸家の屋敷であり、同時に彼の広大な作業場でもあった。
依頼の内容は「屋敷からある重要なものが盗まれたから、探し出して犯人を突き止めろ」という、探偵にとっては最も古典的でありふれたものであった。私は重厚な応接室に通され、作務衣を着たまま不機嫌そうに葉巻を吹かしているその老陶芸家と対峙した。
「盗まれたものというのは、具体的に、何なのでしょうか」
私が事務的にそう尋ねた瞬間から、この世の理を外れた不条理なホラーの幕は、切って落とされたのである!
陶芸家は、私を虫ケラでも見るかのような侮蔑の眼差しで睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「レーゴだ」
「レーゴ?」
レーゴ。
私は手帳にペンを走らせようとして、ピタリと動きを止めた。私の辞書には存在しない単語だった。
「レーゴ、ですか。それは……具体的にどのような……」
私が当然の疑問を口にした途端、老陶芸家の顔は真っ赤に染まり、彼は狂ったようにテーブルを叩き始めた。
「てめえこの野郎!てめえは探偵だろうが!調べるのが貴様の仕事だろう!質問か?質問すれば何でも教えてもらえるなら、てめえに意味、ねえじゃあねえか!丸投げするな!レーゴはレーゴだ!なぜそんなことも分からんのか!この無能!とっとと私のレーゴを探し出してこい!ボケがよッ!死ね!」
怒号と罵声のシャワー。
私は、完全に困惑した。
依頼人自らが依頼をしておいて、何が盗まれたのか、その対象物の定義すら頑なに話そうとしないのだ。会話が成立しない。論理が通じない。私は、圧倒的な理不尽の壁の前に立たされていた。
これはもう、完全に「マクガフィン」である!
マクガフィンとは、映物語において登場人物たちの動機付けや、事件の引き金となる極めて重要なアイテムや情報のことだ。スパイ映画における「機密情報」や、冒険活劇における「お宝」などがそれに当たる。登場人物はそれを追い求めるが、観客にとってはそれが「具体的」に何であるかなど、どうでもいいのだ。物語を動き出させるための、中身のない、なんらか。それが、マクガフィンである……!
しかし、探偵である私が、依頼人から提示されたマクガフィンの正体を知らないというのは、物語の構造として……これはもう、完全に破綻している。
観客は知らなくてもいいが、追う当事者である私が「レーゴ」の正体を知らなければ、探し様がないではないか。
論理的な、完全なる「詰み」である!
だが、この圧倒的な説明の欠如と、コミュニケーションの断絶を前にして、私の脳裏には、過去に経験したある恐るべきトラウマがフラッシュバックとして鮮明に蘇っていた。
そう!
私は以前にも、これと全く同じ構造の、背筋の凍るような不条理を経験したことがあったのだ。
それは、私がまだ探偵になる前、両親が経営する会社で働いていた頃のことである。ある日、社長である私の父と、専務である母が、血相を変えてオフィスに飛び込んできた。そして、フロアにいる全社員に向けて、狂乱したような声でこう叫んだのだ。
「大至急、チンパルキを探せッ!どこにやったんだッ!早くチンパルキを、見つけ出せ!」
社内は一瞬にして静まり返り、次の瞬間、阿鼻叫喚の騒然たる状態に陥った。
「チンパルキ」とは、一体何なのか!
誰一人としてその言葉を聞いたことがなかった。
契約書の名前なのか。
新しい商品のプロトタイプなのか。
それとも、社長が飼い始めた珍しい犬の名前なのか。
「何か」がわからないのに、社長の厳命によって、その「何か」を探さなければならない。
これほど、人間の知性をバカにし、そうして、精神を摩耗させる不条理な作業はこの世には存在しない!
社員たちは顔を見合わせ、引き出しをひっくり返し、キャビネットの奥を漁り、ゴミ箱の中まで手をつっこんで、存在するかどうかもわからない「チンパルキ」を探し続けた!
オフィスの空気は疑心暗鬼と疲労で澱み、皆の目は虚ろになり、ある者は泣き出し、ある者は発狂寸前になっていた!
何時間にも及ぶ、意味のない、地獄のような捜索!
社員一同が完全に疲弊しきり、オフィスの床に力尽きて座り込んでいたその時である。
騒ぎを聞きつけたのか、あるいは、単にパチンコやソープランドから戻ってきただけなのか、両親が不思議そうな顔をしてフロアに現れた。そして、散乱した書類と、死体のように転がる社員たちを見て、首を傾げながらこう言ったのだ。
「あらもー。みんな、こんなに散らかして、一体何を探しているのん?」
私は、床に這いつくばりながら、血を吐くような思いで両親を見上げ、掠れた声で答えた。
「てめえさあ……てめえがチンパルキを探せと言ったから、みんなで必死に探しているんじゃあねえかッ!」
その言葉を聞いた両親は、顔を見合わせ、そして、この世の全ての論理を無に帰す、最も恐ろしい一言を放ったのである。
「チンパルキ?なにそれえ?」
世界が、音を立てて崩壊した瞬間であった……
彼らは、自らが発した指示すら完全に忘れ去っていたのか、あるいは最初からそんな言葉は存在せず、集団的な幻聴であったのか。
今となっては……永遠に謎である!
社員たちのあの数時間の生命の浪費は、全ては虚無の中に消え去った。今でも、あの「チンパルキ」の謎は解明に至っていない。
圧倒的な不条理!
言葉というコミュニケーションツールの完全なる、敗北!
横浜の陶芸家の屋敷で、私はそのトラウマの記憶に脳髄を焼かれながら、深く、深く息を吐き出した。
あの日の経験が、私に一つの冷酷な真理を教えていた。
「狂人に、わざわざ関わっては、ならない」
意味不明な言葉を発し、説明を拒絶する人間に対して、言葉で理解を求めようとする行為自体が、既に相手の不条理の沼に足を踏み入れることを意味するのだ。
私は、陶芸家にこれ以上質問を重ねるのを完全にやめた。彼の罵倒をBGMとして聞き流し、私は黙って立ち上がり、彼が先程までいたという広大な作業場へと向かった。
作業場は、冷たく湿った土の匂いと、釉薬の化学的な匂いが混ざり合った、一種独特な静謐さに包まれていた。ろくろ、無造作に積まれた粘土の塊、焼き上がりを待つ無数の陶器たち。私は、探偵としての嗅覚と観察眼をフル稼働させ、この空間のどこかに潜む「違和感」を探し求めた。
言葉が通じないのなら、物言わぬ現場から真実を抽出するしかない。私は作業場の隅々まで目を走らせた。そして、作業部屋の奥、休憩用と思われる古いソファの脇に置かれた、埃を被った本棚の前に立ち止まった。
そこには、陶芸の専門書に混じって、ある有名な長編時代小説、「坂の上の雲」の文庫本がズラリと並んでいた。私は、その背表紙の数字の並びを見て、雷に打たれたように完全に全てを理解した。
一巻、二巻、三巻、四巻……六巻、七巻、八巻。
そう!
見事に、五巻目だけがすっぽりと抜け落ちていたのだ。
私は、自らの脳内で、この圧倒的にくだらなく、そして身の毛もよだつような言語の変換システムを起動した。
数字の「〇」を「レー」と読む。
そして、数字の「五」。これをそのまま「ゴ」と読む。
合わせて、「レーゴ」。すなわち、「05」。つまり、第五巻。
この老いぼれた陶芸家は、自らが読書中であった小説の第五巻が見当たらないという、ただそれだけの理由で、それを「レーゴ」などという自分勝手な、他者への配慮が微塵もない不気味な暗号で呼び、あろうことか探偵を雇い、何の説明もせずに……罵倒し続けていたのである!
私は、激しい眩暈を覚えながら、屋敷の奥にある生活スペースへと向かった。そして、昼間からパジャマ姿で自室のベッドに寝転がり、のんきにポテトチップスをかじりながら、まさにその小説の第五巻を読み耽っていた中年太りの息子を発見した。
「ちょいちょい。君さ、ちょっと」
私は息子を見下ろし、無感情な声で言った。彼が「小説を勝手に拝借して読んでいた」という、ただ、それだけの事実。窃盗でもなんでもない、家族間の些細な本の貸し借り。この屋敷では、最初から「何も起きていなかった」のだ。
私は息子を作業場へと連行し、老陶芸家の前に突き出した。
「あ、先生。あなたの『レーゴ』。息子さんが、読んでいらっしゃいましたよ」
私が冷ややかにそう告げると、老陶芸家は奪い返すように息子から小説の第五巻を取り上げた。そして次の瞬間、彼は言葉を発する代わりに、近くにあった太い薪を掴み上げ、信じられないほどの力で、実の中年の息子を滅多打ちにし始めたのである。
「痛い!親父、やめてくれ! ただ本を読んだだけじゃないか!」
「てめえこの野郎!ちょっと外国かぶれしたからってこの、この、穀潰し!死ねい!」
鈍い打撃音と、息子の悲鳴が作業場に響き渡る。小説を勝手に読まれたという極めて些細な事象に対する、この異常なまでの暴力のプレゼント。言葉による説明を一切放棄し、独自の暗号を用い、自らの思い通りにならない世界に対しては即座に暴力で応じる。
それは、私が愛する豊かな「無駄」とは対極にある、人間性の欠如から生まれる、圧倒的に醜悪で暴力的な「無駄」であった!
事件そのものは、私が本棚の違和感に気づいてから、ほんの数分で解決した。犯人探しも、トリックの解明もそこにはない。ただ、コミュニケーションの不全と、自己中心的な狂気がそこにあっただけだ。
私は、床に転がって呻く息子と、肩で息をする陶芸家を冷たい目で見下ろしながら、約束の報酬だけをきっちりと受け取って屋敷を後にした。
だが!
往々にして世界というものはこういう風に……できているのだ!
複雑な陰謀など存在しない!
世界の半分以上の悲劇や争いは、極端な説明不足、傲慢な思い込み、そして言葉を尽くして他者と繋がろうとしない怠慢から引き起こされる。
私は横浜の街を歩きながら、深く重い疲労感に襲われていた。
頭のおかしな陶芸家と、コミュニケーションを放棄した人間が作り出す、真の不条理。
その底知れぬ恐ろしさに触れたこの時の「疲れ」は、いまだに私の魂の奥底にへばりつき、時折、私を暗い虚無の底へと引きずり込もうと、苦しめ続けているのである!




