表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ決定【8位】ヴェリタスの最終定理7 番外編 THE ORIGIN  作者: 王璃月
探偵・半自伝・オムニバス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/31

寿司屋でオレンジジュースを飲んで爆死を図る者!

完全なる事実のみを描きます

大人というものは、総じて、嘘をつく生き物である。


彼らが語る言葉の九割は、己の虚栄心を満たすための欺瞞か、あるいは、己の精神を守るための防衛機制でしかない。


彼らが酒の席や説教の場で得意げに語るのは、決まって自らの血湧き肉躍る「成功体験」か、あるいは、いかに自分が社会や他者から不当な扱いを受けてきたかという「被害者としての悲しみ」の二つに一つである。それ以外などほぼ、ない。


成功を語ることで自らの有能さを誇示し、被害を語ることで同情と免罪符を得ようとする。


そこにあるのは、自己愛という名の、安っぽいマスターベーションである!


では、社会のレールから外れた外道たち、いわゆるアウトローや不良と呼ばれる連中は違うのかといえば、もちろん彼らもまた、全く同じ病理に冒されている。


彼らは窃盗や暴力、薬物といった己の犯罪行為を武勇伝として自慢し、警察や学校の教師に対する敵対意識を燃やして見せるが、その本質は、反転した社会における「悪の成功体験」であり、「悪の被害者としての悲しみ」でしかない。


権力に反抗した俺は凄い、社会に理解されなかった俺は可哀想……という、結局のところ、表現のベクトルが反転しているだけで、己の正当性を主張する自己愛の奴隷であることに何の変わりもないのだ。


誰一人として、真の「失敗談」を語ろうとはしない。

誰一人として、「加害者としての罪の意識」や、己の取り返しのつかない愚かしさを、血を流すような痛みと共に語ろうとはしないのである。


誰もが被害者ぶりたがり、そうして、誰もが正義の味方でありたがる。


だからこそ!


今日はあたくしWan Liyue(リウ)が、この欺瞞に満ちた世界に対する強烈なアンチテーゼとして、特別に語ろうと思う!


正義など微塵もない、純度100パーセントの「やらかし」の物語を。

ほんの出来心、ほんの軽率な行為が、いかにして人間の精神を破壊し、取り返しのつかない狂気を呼び覚ますのかを。私は、私自身の絶対的な加害の歴史を、ここに開陳する。


ある日のことであった。

私はその日、特に理由もなく、ただ、己の内に渦巻く無軌道なエネルギーを持て余していた。

そして、そのエネルギーの矛先を、同じ家の中で静かに本を読んでいた実の弟へと向けたのである。


私は、弟を寿司に誘った。


文字にしてしまえば、これほど平和で日常的な一文もないだろう。


「弟を、寿司に、誘う」。


だが、問題はその「誘い方」であった!


私は、ただ「寿司に行こう」と声をかけたのではない。私はその時、何かに憑かれたように……尋常ではない勢いと執拗さで、弟の精神を、叩き潰しにかかったのだ!


「寿司。寿司。寿司。寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司寿司!寿司だ。今日は寿司!お前は、寿司を食うために生まれてきたんだよ?行こう。寿司屋に!いやお前は寿司になりたいんだよ!寿司になりたいんだよな?お前は既に寿司になってしまっているんだよ?寿司。寿司。寿司。寿司。寿司。寿司。寿司ぃいいいい!」


私は文字通り、彼の耳元で、ラップミュージックのように、あるいは呪詛のように、何十分にもわたって「寿司」という言葉を連呼し、物理的にも心理的にも彼を追い詰めた。

彼が本から目を離し、「うるさい」「後にしてくれ」と拒絶しても、私は決して引き下がらなかった。

拒絶されればされるほど、私の中の「狂気」のエンジンが加速していくのを感じた。


私は、彼の整然とした正義の、論理の宇宙を、私の無意味で圧倒的な悪意の「寿司」によって破壊したかったのだ!


弟は、物静かで、常に理性的で、そして何より「優秀」な人間であった。

彼の頭脳は精密機械のように作動し、感情の波に飲まれることなく、常に最適解を導き出すように訓練されていた。そんな彼にとって、私のこの理由なき、論理なき、ただひたすらに粘着質なアプローチは、未知のウイルスか、あるいは妖怪や幽霊の類が身体の内側に侵入してくるようなものだったのだろう。

私が彼の部屋のドアにへばりつき、窓ガラスを叩き、床を転げ回りながら「寿司!寿司!」と喚き散らして数十分が経過した頃。

ついに、弟の我慢の限界値が突破された!


「うわああああああああああああああああああッ!!!」


突如として、弟は獣のような、あるいは、地獄の底から響き渡るような絶叫を上げた。

それは、彼の中に蓄積されていた理性の防波堤が完全に決壊した音であった。

私は一瞬、自分のやりすぎた行動に背筋が凍る思いがしたが、事態は、私の想像を遥かに超える速度で悪化していった。


発狂した弟は、部屋の片隅にあったライターオイルの缶を手に取ると、あろうことか、居間に鎮座していた大型テレビを庭に投げ捨てて、それをぶち撒け、ためらうことなく火を放ったのである!


テレビの黒い画面が、赤とオレンジの猛烈な炎に包まれた。プラスチックが溶ける異臭と、配線が焦げる刺激臭が瞬く間に部屋中に充満する。私は目の前で起きている現実が理解できず、ただ口を開けてその炎の揺らめきを見つめることしかできなかった。弟は、優秀な頭脳を持つエリート候補生から、ただの放火魔、真性の気狂いへと、たった一瞬で変貌を遂げてしまったのだ。


私が、そうさせてしまったのだ!


だが、真の恐怖はここからであった!


燃え盛るテレビ、立ち上る黒煙。その絶対的なパニック状況の只中で、弟はゆっくりと私の方へくるりと振り返った。

彼の顔には、先程までの怒りも、絶叫の余韻も、何一つ残っていなかった。全ての感情が抜け落ちた、能面のような無表情。そして、彼は静かに、底冷えのする声でこう言ったのである。


「そうだよね。じゃ……行こっか。寿司屋へ」


狂っている!

完全に、完膚なきまでに、彼の精神の歯車は吹き飛んでしまっていた。火を消すこともなく、燃えるテレビを背にして、彼は靴を履き、外へ歩き出した。私は、自分が開けてしまったパンドラの箱の底知れぬ深さに戦慄しながら、ただただ彼の背中を追って家を出るしかなかった……


私たちは、重苦しい沈黙のまま、近所の回転寿司屋へと足を踏み入れた。店内には軽快なBGMが流れ、家族連れやカップルが楽しそうに寿司を頬張っている。レーンの上を、色鮮やかなマグロやサーモン、エビたちがとことこと流れていく。


しかし!


私たち二人が座ったボックス席だけは、まるでそこだけ重力が歪んでいるかのような、異様で凍てついた空気に支配されていた!


席に着くや否や、弟はタッチパネルを操作し始めた。しかし、彼の指は決して寿司のメニューには触れなかった。彼は「ドリンク」のカテゴリーを開き、「オレンジジュース」を選択し、注文ボタンを……連打した!


オレンジジュース。

オレンジジュース。

オレンジジュース。

オレンジジュース。

オレンジジュース。

オレンジジュース。

オレンジジュース。

オレンジジュース。

オレンジジュース。


彼は一切の感情を交えず、ただ、機械的な動作で、オレンジジュースの注文を繰り返したのだ!

プラスチックのコップに注がれた毒々しいケミカル・オレンジ・ジュースが次から次へと運ばれてくる。


一つ、二つ、五つ、十。


私は、一切何も食べず、ひたすらにオレンジジュースのグラスをテーブルの上に並べていく弟を、恐怖と罪悪感に苛まれながら見つめていた。


流れてくる寿司には目もくれず、弟はただ、オレンジジュースをストローで一気に吸い上げ、空になったグラスを端に押しやり、また、次のグラスに手を伸ばす。

テーブルの上は、またたく間に無数のオレンジジュースのグラスで埋め尽くされ、オレンジ・要塞と化していった。


「……あのさ、もうやめてさ、その、寿司、食べよっか」


私は震える声でそう絞り出した。私が誘ったのだ。私の軽率な狂気が、彼をこんな奇行に走らせているのだ。

私の声を聞き、弟はオレンジジュースのグラスから口を離し、濁った瞳で私を真っ直ぐに射抜いた。そして、彼は哲学者のような、あるいは、死を目前にした殉教者のような、静かな口ぶりで、こう語り始めたのである。


「頭のおかしい気狂いから、頭のおかしい方法で粘着されたのだから、そりゃあ、頭のおかしい方法で答えてやるのが、仁義だろう」


仁義!


その言葉が、私の胸に重く突き刺さった。

お前が狂気という名の暴力を振るうなら、俺もまた狂気という名の暴力で応戦する。……それが、彼の残された最後のプライドであり、暴力的な倫理の崩壊に対する、理論での抵抗だった。


「俺はな、お前みたいな、頭のおかしいやつと、一緒に寿司なんか、食いたかあねえんだよ」


弟の言葉は続く。


「いいか?俺は確かに、お前の誘いに乗って『寿司屋に行く』とは言った。だがな、俺の口から『寿司を食べる』とは、一言も言ってねえじゃあねえか。だからだよ。だから、お前のその、わけのわからねえ、ランダムな、狂気の土俵には、俺は、絶対に上がらない」


弟は、新たなオレンジジュースのグラスを引き寄せ、宣言するように言った。


「俺はこれからな、このオレンジジュースを飲みまくり、水分と糖分で身体を内側から完全に破壊し、限界を突破して、そうして、この場で破裂して死ぬんだよ。爆死だ。見るも無惨に弾け飛んだ俺の死体が、夜な夜な、お前の夢の中に毎日、毎日、出るんだよ。これは呪いだ。……お前のような、薄汚い、軽率な悪意に対する、俺からの、最大の復讐だ。お前も道連れなんだよ」


オレンジジュースによる、爆死。


医学的にも物理的にも不可能な、しかし、彼の中では絶対的な真理として成立しているその狂った宣言を聞き、私は完全に打ちのめされた。彼は、自らの肉体を内側から破壊するという究極の自傷行為によって、私という加害者に対して永遠の罪の意識を植え付けようとしていたのだ!


テーブルの上を埋め尽くすオレンジ色の海は、彼の血と涙のメタファーであった。私はただ、自分が彼に対して犯した罪の深さと、その報いの重さに耐えかね、俯くことしかできなかった。


結局、弟が破裂することはなかったが……彼はその日、本当にオレンジジュースだけを致死量すれすれまで飲み続け、私たちは店を出た。

そして、その日を境に、弟は私と一切の口を聞かなくなった……


一日、一週間、一ヶ月。


顔を合わせても、彼は私を透明人間のように扱い、一切の視線を合わせず、声も発しなかった。完全なる冷戦。いや、私に対する一方的な、精神的な処刑が、静かに、そして確実に執行されていた。

それは、いかなる暴力を振るわれるよりも、いかなる罵倒を浴びせられるよりも、遥かに残酷な罰であった。

私は毎日、自分が彼の理性を破壊し、彼の中にあった私への信頼を完全に焼き尽くしてしまったという「完全なる私のやらかし」の重圧に押し潰されそうになりながら生きていた。


数ヶ月という、永遠にも似た重苦しい時間が流れたある夜。


私は、深夜の台所で水を飲もうとして、暗闇の中にポツンと座り込んでいる弟の後ろ姿を見つけた。私は、逃げ出したい衝動を必死に抑え込み、歩み寄った。そして、これまでの私の全ての傲慢さと軽率さを土下座するような気持ちで、ただ一言、「す、寿司。ごみんに……」と口にした。

その一言が、長く分厚い氷の壁に、微かな亀裂を入れた。

弟はゆっくりと振り向き、数ヶ月ぶりに私と視線を合わせた。彼の瞳には、怒りでも憎しみでもなく、ただ、深い絶望と、諦念のようなものが浮かんでいた。


そして彼は重い口を開き……自らのはらわたをえぐり出すような、痛切な告白を始めたのである!


「……俺は、ただの勉強しかできないゴミクズ野郎だ」


それは、世間一般から見ればエリート街道を突き進んでいるはずの彼の口から出たとは到底思えない、自己否定の言葉であった。


「大阪大学なんて、世間はもてはやすが、あんなものはな、ただの、訳のわからねえ託児所でしかねえ。俺はそこで、学問という名のおはじきや積み木を、ルール通りにいじくりまわしているだけの、単なるヤクザもんだ。決められた枠組みの中で、決められた正解を出すことしかできない。研究なんかできやしねえ。なぜなら、教科書通りに生きているからな。異常な勉強が!異常な学問が!異常な研究が!できねえんだ、よッッッ!」


彼の言葉は、学歴社会の欺瞞と、そこに適応することしかできない自らの脆弱さへの、血を吐くようなルサンチマンであった。


「お前はろくでもない馬鹿だ。頭が悪い。勉強もできないし、社会のルールにも適合できない。いつまでも、両親から虐待されていたという過去に囚われた、正真正銘の異常者だ。前を見ないで、後ろだけを見て運転しているブルドーザーじゃねえか。だが……」


弟は、私を真っ直ぐに見据えた。


「お前には、俺に絶対に持っていないものがある。……『狂気』だ」


狂気。その言葉が、深夜の台所に重く響いた。


「お前は馬鹿で、そして、本物の狂気に満ちている。お前のような『バカ・キチガイ』は、他にいない。理論も、理屈も、損得感情も関係なく、ただ、己の衝動のままに、他者の領域に平気で土足で踏み込み、そうして、全てを破壊することができる。……あの日、俺はテレビを燃やした。オレンジジュースを死ぬほど飲んで見せた。俺は、自分自身を、お前に対抗できるだけの『気狂い』ができると思いたかった。お前の狂気くらい、乗り越えて見せると。お前の狂気に、俺の狂気で勝とうとしたんだ!」


弟の顔が、苦痛に歪んだ。


「でも、違った。俺の狂気は、所詮は計算された『演技』でしかねえんだ。俺は、『映画』をやったにすぎなかった……!テレビを燃やすのも、ジュースを飲むのも、心のどこかで『ここまでやれば、まあ、お前は引くはずだ』『ここまでやれば、まあ、俺の狂気が証明されるはずだ』という、理屈と計算の延長線上にあった。打算なんだよ!安全装置のついた狂気だ。……でも、お前は違う。お前には安全装置ははじめっからついていない。ブレーキが、ないんだ。お前は、完全なる、本物の馬鹿で、本物の狂気だ」


ポロリと、弟の目から涙がこぼれ落ちた。それは、完璧に構築してきたはずの己の理性の城郭が、私の持つ無軌道な野生の前に完全に敗北したことを認める、屈辱と安堵が入り交じった涙であった。


「俺は、お前には、絶対に勝てねえ……」


弟は両手で顔を覆い、肩を震わせて泣き出した。最高学府で積み上げてきた論理も、知識も、プライドも、全てが涙と共に流れ落ちていくようだった。私は、ただ黙って彼の背中に手を置くことしかできなかった。私は彼に勝ったわけではない。ただ、私の持っていた致命的な欠陥が、彼の致命的な欠陥と衝突し、奇妙な形で彼を縛り付けていた鎖を断ち切っただけなのだ。


そして、あの日以来、私たちの関係性は劇的な、そしてひどく奇妙な変化を遂げた。


弟は、憑き物が落ちたように、やたらに私に対して協力的になったのだ。私が何か突拍子もない提案をしても、以前のように理屈で否定することはなくなった。彼は自らの理性の限界を知り、「本物の狂気」という混沌の神の前にひれ伏すことで、逆説的に……精神の自由を手に入れたのである!


世の大人が語りたがらない、失敗と加害の物語。


私は軽率ないたずら心で弟の理性を破壊し、彼を狂気へと追い込んだ、最低最悪の加害者である。


だが!


その取り返しのつかない「やらかし」の果てに、私たちは論理や体裁という分厚い皮を剥ぎ取った、むき出しの魂のレベルでの奇妙な連帯を手に入れたのだ。


人間は、成功体験で他者を支配し、被害体験で他者を操作する。


しかし!


真に人間と人間が深く結びつく瞬間というのは、互いの隠し持っている「どうしようもない狂気」と「取り返しのつかない失敗」を曝け出し、その醜さを認め合った時にしか訪れない。

私はこれからも、自らがどうしようもない馬鹿であり、狂気を持った加害者であることを決して忘れずに生きていく。弟がオレンジジュースで作り上げたあの狂気の要塞の光景を、永遠に脳裏に焼き付けながら……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ