善てなに? 後編 + 杉良太郎様について
そもそもどうしてこんな事を調べる気になったのか。
それは杉良太郎を未だに「偽善者」として扱う者がいるらしいこと、
他の有名人の行為であれば尚更に炎上するらしいことを目にしたからである。
彼は半世紀以上に亘り被災地や災害地でボランティア活動を行い続けている。
今年82歳になった超お爺ちゃんがである。
その元気さと健康さ加減も驚異的である。
昔は本気で彼を「偽善者」と蔑み「売名行為」と非難する人が大勢いた。
だが彼はそれら全てを受け入れている。そして胸を張って
「もちろん売名です!決まってるじゃないですか!」
「あなたもやればいい!」
と言い放った。
現代であれば理解できる人も多いが、当初は大きく非難された。
だが彼は全く臆することなく「しない善よりする偽善」の姿勢を昔も今も貫き通している。
で、根本的な問題として
「善」と「偽善」の定義
を確認したくなったのである。
その結果、個人的にこれらは限りなく同義語であると考えた。
どちらも行為と結果は同じであり、
違うのは心持ちだけ。
そんなの分かるものか。
人間は自分の心さえ理解できていないことが多い。何しろ心を計る物差しは発明されていないのだから。
ゆえに「善」か「偽善」かを問題視することに意味はない。
たぬきだろうとムジナだろうと食って同じ味ならどうでもいいじゃないか。
また、杉様の行為は日本語的に
偽善に該当していない。
ついでに言えば売名ですらない。
何しろ彼の行為は資産的にはマイナスとなっているのだから。
噂では一時期は彼の資産は底を尽き、自宅や私財を担保に金を借りてボランティアを行っていたとか。
事実であればそれはもうボランティアではなく自己犠牲である。
もし彼が亡くなった時に借金が残っていたとしても、業突張りな俺であっても取立てはしない。
というか出来ない、出来るわけがない。
可能な限りデカい花を偽名で出させてもらうだけだ。
また彼の行為が売名として成り立っていたら、
それが採算の取れる行為であれば、
大企業のスタッフジャンパーを着た連中が
我先にと援助活動をしているだろう。
てかすればいいのに。
なんだかよく分からなくなってきた。
とにかく人の行為に難癖をつけるならまずは自分でやってからにしろ、と言いたい。
もちろん犯罪はダメだけど。火事場泥棒とか謎の発火現象で焼け死ね!
じゃあお前は何かしたのか?と言われれば
何度もボランティアに応募したが外れた又は外された。
なんと素晴らしいことに日本人はボランティア精神に満ち溢れているらしい。
応募しようにも既に満員になっていることが殆ど。また遠方からの参加希望者はどの自治体も事前にお断りしている。
稀に参加希望者の地元のボランティア団体に所属してから云々とかケースもあるが、とにかく参加へのハードルがSASUKEよりも高いのだ。
もちろん勝手には来るなと被災地のHPに書いてあるので独断も禁止されている。
ニュース等の映像を見ると
「もっと人手があった方が良くない?」
「本当に人手足りてる?」
と思わずにはいられない。
しかしニュースも全て創り物、流される映像は彼等が意図的に選別したものである。
さすがに被災地の方々に「困っている感じを演じてください」とは(たぶん)言わないだろうが、
人目を引くために、一番困っているところを厳選して放送する程度のことはするだろう。
撮影スタッフの後ろでは
「早く撮り終われよ」
と手伝いたいのに待たされてイライラしているボランティアさんたちがいる可能性は高いと考える。
邪推が過ぎる。
しかしモニターの向こうは全てフィクションだ。
ニュースさえ事実を“元に”誰かが恣意的に改定し、歪んだ伝言ゲームを経て放送される造作物だ。
信憑性が年々下がっていく事がもどかしい。
なので自治体が「来ないで」と言っている以上はそれに沿うべきだろう。
ゆえに
「被災されてしまった方のために使われますように」
と願いながら募金をしているだけである。
不甲斐ないが現状はそれが精一杯だ。
ちなみに赤十字には絶対に募金しない。
詳細は省くが、あそこには昔から
薄汚い中抜きシステムが
さも当然の如く存在している。
100万円を募金しても
実際に被災地の方々のために使われるのは
精々10万円程度である。
募金すべきところも厳選しなければ
金を捨てたり、最悪の場合は
詐欺に遭っているのと同じになる。
世の中には良い人もいれば悪い人もいるのである。
もうなんの話だか分からなくなったので、以上です。




