第九章 表彰式
——それは、進化の終着ではなく、「完成」——
その瞬間。
狂桜は、ただの武器ではなくなった。
長い時を超えて受け継がれてきた力。
幾代もの想い。
守りたいものを守るために、決して諦めなかった者たちの願い。
それが今、一本の刃となって姿を現していた。
狂桜の、本当の、真の力。
私の先祖が、大切なものを残すために、命を懸けて生み出した力。
それは、ただ敵を倒すための力ではない。
ただ破壊するための力でもない。
守るため。
未来へ繋ぐため。
受け継いだ想いを無駄にしないための力。
それは——
すべてを、切る。
魔力も。
概念も。
時さえも——「全て」を切ることができる。
どんなに強固な壁でも。
どんなに複雑な魔法でも。
どんなに変えられないと思われた運命でさえも。
断ち切ることができる。
本当の力。
狂桜はその力を、私の、私たちの未来の為に。
今、解き放った。
過去の罪を消すためではない。
過去から逃げるためでもない。
全てを背負った上で、未来へ進むために。
そして……。
私は静かに狂桜を鞘へ戻す。
その瞬間。
光が、舞った。
まるで散り桜の花びらのように。
一つ一つの光が優しく舞いながら、ゆっくりと鞘へ吸い込まれていく。
やがて、全ての光は消え。
狂桜は再び、静かな姿へ戻った。
けれど。
もう、ただの刀ではない。
そこには確かに。
未来を切り開くための力が宿っていた。
バサッ……!
静かになり始めた空に、翼の羽ばたく音が響いた。
さっきまで街を覆っていた暴風とは違う。
今聞こえるその音は、まるで誰かが迎えに来てくれたような、優しい音だった。
翼の羽ばたく音が聞こえたと思ったら、今度はゆっくりと抱きしめられる。
突然の温もりに、私は少しだけ目を見開いた。
……キアロだ!
「グリザイユ殿ッ!」
「キアロ……」
声を聞いた瞬間。胸の奥に張り詰めていたものが、少しだけほどけた気がした。
「怪我はないか!?」
キアロは、私を心配してくれている様だった。その表情は真剣で。本当に心の底から私のことを案じてくれているのが分かった。私は今まで、自分のことばかり責めていた。自分は許されない存在だと思っていた。皆を傷つけた。皆を悲しませた。だから、一人で全部背負わなければいけないと思っていた。
でも。
違った。
カゲエちゃんだけじゃない。キアロだけでもない。
皆が、私のことを心配してくれてる——
私がどんな過去を持っていても。
どんな罪を背負っていても。
それでも、仲間だと思ってくれている。
このチームは本当に。
温かい。
「私……」
言葉が詰まる。
何か伝えたいことはたくさんあるのに、上手く言葉にできない。
嬉しい。
安心した。
そして——。
ようやく帰ってこられた気がした。
だから。
「やったよ!」
笑顔をキアロに向ける。自分でも驚くくらい、自然な笑顔だった。昔の自分なら、こんな顔で笑えなかったかもしれない。でも今は違う。守りたいものがある。信じてくれる仲間がいる。
「!」
キアロは一瞬驚いた。
きっと、私がそんな顔をするとは思っていなかったのだろう。
けれど次の瞬間。
「ああ……よくやった!グリザイユ殿!」
キアロは優しく笑った。その言葉が、胸の奥へゆっくり染み込んでいく。認めてもらえた気がした。許された気がした。そして、私はもう一人ではないのだと感じた。キアロは、ゆっくりと地面に向かって飛んでいく。下には、待ってくれている仲間たちがいる。帰る場所がある。
その事実が、何よりも嬉しかった。
◇
グリザイユくんとの魔法通信が切れた後——。
僕は、空を見上げていた。そこにはまだ、巨大な竜巻が存在していた。
街を飲み込み、全てを壊そうとしていた災厄。
誰もが恐れていたもの。
でも。
その竜巻の上に。
一筋の、鋭い、そして美しい……希望の光が現れた。暗く荒れた空の中で、その光だけがまっすぐ輝いていた。まるで、もう大丈夫だと伝えてくれているように。そして、その光が竜巻を貫いたと思ったら……。竜巻は、ゆっくりと姿を消していった。暴れ狂っていた風が止まる。空が少しずつ明るさを取り戻していく。
まるで桜が風に乗って散っていくように。光の欠片が、空から静かに舞い落ちていた。絶望に、終焉の時が訪れた。誰もが見ていた。この街を救った瞬間を。
そして。英雄は帰ってくる。
しばらくして。
空の向こうから、ゆっくりと影が近づいてくる。グリザイユくんを抱えたキアロくんが、ゆっくりと地上に降りてくる。その姿は、まるで——。
まるで、天から降りてきた天使のようだった!でも。僕には分かっていた。あそこにいるのは、遠い存在なんかじゃない。僕たちの仲間だ。ずっと一緒にいた、大切な家族だ。
「グリザイユくんッ……!!」
僕はすぐに迎えに行く。
そして。
「……お疲れ様っ!!」
思いっきりの笑顔を見せる。
言いたいことはたくさんあった。
心配したこと。
寂しかったこと。
でも、今はそれよりも。
帰ってきてくれたことが嬉しかった。
「!」
グリザイユくんは……安心した表情を見せた。
少しだけ驚いたような。
でも、どこか泣きそうな顔。
きっと。
この瞬間まで、自分が受け入れてもらえるか不安だったんだと思う。
「ありが……」
そう言いかけた、次の瞬間。
ワアアアアアアアア!!!!!!
「「!?」」
辺りに、一気に歓声が巻き起こる。
大地が震えるほどの声。
それは怒りでも恐怖でもない。
喜びの声だった。
まるで、勝利して戦場から帰って来た戦士を歓迎するように。
いや。本当に、この街を救った英雄を迎える声だった。
そして、大勢の人が僕たちの中心に集まる。
ドタドタドタ……!!
さっきまで怯えていた人たち。
逃げ惑っていた人たち。
その人たちが今は、笑顔でグリザイユくんの元へ向かっている。
「貴方が竜巻を消してくれたのね!!」
「本当にありがとう……!!」
「これで私たちは救われた!!」
ガヤガヤガヤ……!
多くの人が、グリザイユくんに感謝の言葉を伝えた。
一つ一つの言葉が。きっと、グリザイユくんの心に届いている。
過去に苦しんで。自分を責め続けて。誰かに認められることなんて、もうないと思っていた彼に。今、たくさんの人が「ありがとう」と伝えている。皆、グリザイユくんに感謝している。その事実が、とても誇らしかった。僕の大切な仲間が。僕たちの家族が。こんなにもたくさんの人を救ったんだ。胸の奥が、温かくなる。
——おかえり。
改めて、そう思った。
キアロくんが、呟いた。
「……いいな」
その声は、誰にも聞こえなかったのだった。
◇
そして、僕たちは家へと帰ることに。
街はまだ騒然としていた。たくさんの人がグリザイユくんの周りに集まっていて、感謝の言葉や歓声が飛び交っている。嬉しいことではある。
でも……。
周りに人が集まりすぎて、もう、何が何だか分からなくなっていた。このままだと帰るだけでも大変そうだ。そんな状況を見て、バロロさんが小さく息を吐く。
そして。
バロロさんがまた瞬間移動魔法を使った。急に英雄が姿を消して、あそこはきっと混乱状態だろう。
でも、今だけは許してほしい。
僕たちには。
僕たちだけの、大切な時間が必要だったから。
——シュンッ!
足元に魔法陣が広がる。
柔らかな光が僕たちを包み込み、景色が一瞬で変わっていく。
魔法陣が、僕たちを家まで移動させてくれた。
そして——。
「グリザイユくんーーーッ!!!」
気付いた時には、僕の身体はもう動いていた。
僕は、グリザイユくんの胸に向かって飛び出していた!
「うおっ!」
驚いた声が聞こえる。
でも次の瞬間。
厚い、鍛え抜かれた胸板が、僕をぎゅむっと受け止めてくれる。
ああ。
この感覚。
ずっと待っていた。
「えへへ~!!」
僕は笑顔でグリザイユくんの胸に顔を押し付ける。
……ずっと、またこうしてハグをしたかった。
いつもみたいに。
何も考えずに。
仲間として、隣にいたかった。
そして。今。それは叶っている。
「……たくっ、可愛い奴め~このこの~!」
グリザイユくんは僕をガシガシと撫でる。
いつもの調子。いつもの笑顔。
それが嬉しくて仕方なかった。
……ちょっと力強くて痛かったけど、とても幸せだった。
こんな何気ない時間が。僕にとっては何より大切だった。
「カゲエくんばかりずるい~~!!グリザイユくん、僕も撫でてっ!」
トロンプくんが帽子を脱いで頭を差し出す。
その様子に思わず笑ってしまう。トロンプくんらしい。
「お!いいよん~~!よし!皆この英雄サマが撫でてやるッ!来いッ!!」
グリザイユくんが胸を張る。
その顔は、少し照れながらも嬉しそうだった。皆が次々にグリザイユくんの元に集まってくる。まるで帰ってきた家族を迎えるみたいに。……キアロくんとバロロさんまで撫でられに来てた。かわいい……!いつもは頼れる二人なのに、こういう時は素直なんだ。そして。また、平和な時間が戻ってきた。元気なグリザイユくんが戻って来た。失われたと思っていた日常が、ちゃんとここにある。改めて上を見上げてグリザイユくんの顔を見上げる。
そこには……。輝かしい、宝物の笑顔があった。その笑顔を見ていると、胸の奥がいっぱいになる。帰ってきてくれて、本当に良かった。
ピロロロロロ……。
突然、静かな音が部屋に響いた。
バロロさんから、また特殊な音がする。
「ん?誰からだ……?」
魔法通信だ。バロロさんは魔法のモニターを出して、ぽちっと通信を開始する。皆が自然と画面の方へ集まる。そこには——。市長の姿。
「市長……!?」
バロロさんも驚いたようだ。
僕たちも顔を見合わせる。
こんなタイミングで、一体何の話だろう。
皆で通信画面をのぞき込む。
そこには、一人のおじいさんの姿。
……心優しそうな、穏やかな笑みを浮かべていた。その表情は、とても優しかった。
「……バロックロココさんだね?」
「はい……。私に。いや、我々に何の要件でしょうか」
バロロさんは一瞬だけ考えたあと、言い直す。いつものように落ち着いた声。でも、その目は少しだけ警戒していた。市長さんがわざわざ直接通信をしてくるなんて、普通の話ではない。
そして。
「……グリザイユさんの件なんだけどね」
その言葉を聞いた瞬間。空気が変わった。ハッとする。皆でグリザイユくんの方を見る。肝心の本人は、はて……?と不思議そうに頭を傾けた。どうやら、自分のことを話されているとはまだ完全には理解していないらしい。
でも。
市長さんの言いたいことはすぐに分かった。
そして次の瞬間。
「この度は……街を救ってくれて、本当にありがとうございます!!」
市長さんは、深々と頭を下げた。
画面越しでも伝わってくるほどの、真剣な感謝。
「感謝してもしきれません!」
その声は震えていた。
街がどれだけ危険だったのか。
どれだけ多くの人が不安だったのか。
そして、どれだけグリザイユくんの行動に救われたのか。
その全てが込められているようだった。
涙を流しながら感謝を伝える市長さん。
その姿を見て、グリザイユくんは……。
少しだけ目を丸くしていた。
きっと、こんな風に誰かから感謝されることに慣れていないのだろう。昔の彼なら。自分がそんな言葉を向けられるなんて、想像もしなかったかもしれない。
でも。
「はっはっは!それほどの者です」
グリザイユくん……!
思わず笑ってしまう。
いつもの調子。
いつもの自信満々な態度。
でも。今はそれが嬉しかった。無理をして強がっているんじゃない。本当に、自分のしたことを受け止められているように見えたから。そして、市長さんはしばらく泣いた後、要件を伝えてくれた。
なんでも……。
明日、すぐにでもグリザイユくんの表彰式を、街中の真ん中でしたいとのこと!
街を救ってくれた英雄に。
直接、皆で感謝を伝えたいとのことだった。
その話を聞いて、皆の顔が明るくなる。
もちろん、グリザイユくんのことを考えると少し心配でもあった。大勢の人の前に出ること。皆から注目されること。きっと、今までの彼なら避けたかったことだろう。
でも。
グリザイユくんは……。
「おっけ~で~す!!まかせて花丸☆」
決めポーズを取っていた。
あはは……!
思わず笑ってしまう。
でも、その笑顔には少しだけ安心も混ざっていた。
もう大丈夫。
グリザイユくんは、ちゃんと前を向いている。
昔の自分ではなく。
今の自分として。
仲間と一緒に、未来へ進もうとしている。
そして……次の日。
表彰式が、今、まさに始まろうとしていた!




