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第八章 そして、英雄へ

 辺りには……暴風、巨大な竜巻、そして、逃げ惑う人々。空は暗く染まり、風はまるで生き物のように街中を暴れ回っていた。建物は揺れ、道路には瓦礫が散乱している。一歩間違えれば、大きな被害になる。

 そんな状況の中で――。

 僕たちは、必死になって街の人々を誘導していた。

「こっちですー!!あ、いや、そっちじゃない!!」

「ケガ人はこちらに!!」

「ミスター・スポットライトッ!!避難所はあっちです!!」

「む!この建物、今にも崩れそうだ!バロロ殿!」

「うん……!」

 皆、必死だった。

 誰もが怖いはずなのに、自分にできることを探して動いていた。でも、その中でも一番頑張ってたのは間違いなくバロロさんだった。飛んでくる大量の瓦礫を魔法で柔らかくして、少しでも被害を抑えようとしている。普通なら避けるしかないようなものまで、自分の力で受け止めていた。街を守るために。そこにいる人たちを助けるために。大量に魔力を使っていて、もう、息も絶え絶えだった。

 ……そろそろ立っているのも限界だろう。足元がふらついている。それでもバロロさんは止まらなかった。そんな時だった。

「あッ!!バロロさん!!!危ないッ!!!」

 僕の声が響く。巨大な二個の瓦礫が、上から落ちてくる。

 ……運命はなんて残酷なんだろう。

 その瓦礫は、まるで狙ったかのように。一つはバロロさんの上へ。もう一つは、避難所の上へ。

 同時に落ちてきていた。

「クッ……!!!」

 当然、バロロさんは……。

 避難所に落ちてきた瓦礫を柔らかくする選択を取った。

 それは、バロロさんらしい選択だった。

 自分よりも、他の人を優先する。

 いつものバロロさんなら、きっと両方に魔法をかけられただろう。でも。今はもう限界だった。魔力も、体力も、精神力も。全部を使い果たしかけていた。そして。瓦礫はバロロさんをめがけて真っすぐと落ちてくる。

「クッ……!?」

 キアロくんも救助に向かおうとした。

 でも——間に合わない!

 ぶつかる!!!!!!

 その瞬間。

 シャキンッ……!!!

 鋭い音が響いた。

 影が現れる。

 そしてその影は、迫り来る瓦礫を一瞬で切り伏せた。

 真っ二つに割れた瓦礫は、そのまま粉々のかけらになって地面へ落ちていく。

 誰もが驚いて、その場に立ち尽くした。

 その影の正体は——

「グリザイユくん!?!?」

 グリザイユくんだった!

 そこにいた。ずっと待っていた、大切な仲間が。皆が彼の近くに集まる。

「皆……」

「……」

 しばらく、誰も言葉を出せなかった。

 嬉しい。安心した。でも、それだけじゃない。今まで抱えていた寂しさや不安、心配していた気持ち。全部が一気に溢れてくる。

「本当に、申し訳ないッ!!!」

「「「!!」」」

 突然、グリザイユくんは土下座した。

 地面に額をつけて、震える声で叫ぶ。

「皆に心配かけただけじゃなくて、あんな態度までとって……!本当に酷いことまで言ってしまった……!謝っても許されないのは分かってる!でも!これだけは言わせてくれ……!」

「……」

 僕たちは何も言わずに聞いていた。

 ゴクリ、と唾を飲む。

 そして。

「皆……ごめんなさい……」

 そこには——涙を流すグリザイユくんの姿があった。

 いつも強気で。

 いつも皆を笑わせてくれて。

 弱いところなんて見せなかったグリザイユくんが。

「……ぐすっ」

 つられて、僕も涙を流す。

 ずっと苦しかった。

 ずっと心配だった。

 でも今、帰ってきてくれた。

「良いんだよ……僕の方こそ、グリザイユくんの事情も知らないで、勝手なことしてごめん……!」

「!」

 グリザイユくんは驚いた顔をしてこっちを見上げる。きっと、自分が許されるなんて思っていなかったんだ。

「でも……グリサイユくん」

 僕は言う。

「……おかえりなさい!」

 そして、手を差し伸べる。


 ああ。カゲエちゃん。この人は。なんて優しいんだ——


「うわっ!」

 グリザイユくんが、僕に抱き着いた。

「ごめんな……ごめんな……ッ」

 そう、呟きながら。

「ッ……!」

 ミライ・ユくんも、二人をまとめるように抱きしめる。

 キアロくんもトロンプくんも、ミライ・ユくんに続いて抱きしめる。

 そして最後に。

 バロロさんも……皆の後ろに腕を回して、僕たちを抱きしめる。

 誰も何も言わなかった。

 ただ、温かかった。

 ずっと離れていた時間を埋めるような。

 失いかけたものをもう一度確かめるような。

 そんな時間が流れた。

 ——おかえりなさい。グリザイユくん——



「おおいッ!!お前らッ!!何抱き合ってんだ!!そんなことしてる暇ねえぞ!!!」

 ハッとする。他の組員から叱られてしまった。

 でも、たしかに抱き合ってる暇はなかった!?

「グリザイユくん!今大変なんだ!!巨大な竜巻が、魔法都市を襲ってて……!!」

「ああ、知ってるよ……」

 グリザイユくんは、落ち着いた様子で話す。

 その表情には、もう迷いはなかった。

「私は、過去の償いのために……これからの未来の為に、アレを切り伏せに来たッ!」

「!」

 グリザイユくん……覚悟を決めた表情だ。もう逃げない。自分の過去と向き合う覚悟を決めた顔だった。

「キアロ……お前は、どこまで飛べる?」

「……何故?」

「……キアロに、私をあの竜巻のてっぺんまで運んでほしい」

「そんな……!何するつもり!?」

「だから、言ったろ?」

 グリザイユくんは、狂桜を握り締めた。

「……私がこの街を救ってみせるッ!」

 狂桜の見た目は、前見た時と少し違っていた。

 なんか……すごく簡単に言うと、装飾が豪華になっているような?

 まるで、グリザイユくんの覚悟に応えるように。

 そして、グリザイユくんはゆっくりとこっちを見る。

「……出動許可を。カゲエリーダー」

 僕は……。

「……ッ」

「……了解!行ってらっしゃい!グリザイユくんっ!!」

 仲間を。

 家族を。

 グリザイユくんを——。

 信じることにした。


 ◇

 キアロに、空高くてっぺんまで運んでもらう。

 地上がどんどん遠くなっていく。

 街は小さくなり、建物はまるで玩具のように見える。

 そして目の前には——巨大な竜巻。近づくだけで身体が吹き飛ばされそうなほどの暴風。普通なら、そこへ向かうなんて考えもしないだろう。それでも。キアロは必死に翼を動かしていた。暴風の中、よくもまあ器用に飛ぶもんだ。揺れる。風に押し戻される。それでも、私たちの仲間を届けるために、キアロは前へ進み続けた。

「……ここら辺か?グリザイユ殿」

「ああ……ありがとなッ」

 キアロに向かってグーを差し出す。

「……?」

 キアロは少し不思議そうな顔をする。

「……成功するように、祈っててねん!」

「!ああ……健闘を祈る、グリザイユ殿!」

 グータッチで、おまじないをする。

 ほんの一瞬の、小さなやり取り。でも、それだけで十分だった。仲間がいる。信じてくれる人がいる。それが、今の私の力になる。

 

 そして……。

 私は、竜巻に向かって落下していった。

 身体が宙へ投げ出される。辺りを、暴風がかすめる。冷たい風が、頬をすり抜ける。普通なら恐怖で目を閉じるような状況。でも、私は目を開けたままだった。逃げない。もう、逃げないと決めたから。

 私は——過去のことを、少しだけ思い出していた。

 親が、村の人々に暴力をふるっているのを見た自分。何度も、止めなければと思った。間違っていると思った。でも、怖くて。何もできなくて。それを、悪いことだと思いながらもずっと止められなかった自分。……狂桜に、正義の為に協力してほしいと言われ、受け入れた自分。正しいことをしているつもりだった。でも——。

 そして——あの惨劇を作った自分。

 眉間にしわが寄る。

 胸の奥が痛む。

 もう考えたくない。

 忘れてしまいたい。

 でも。

 それでは何も変わらない。

 過去から逃げ続けるだけになる。

 だから——。

 自分の過去と、向き合わなくては。


 ガガッ!

 その時。

 耳の魔法陣に通信が入る。

《……グリサイユくん!?大丈夫!?さっき、竜巻に向かって落下していくように見えたけど!?》

「ああ……まあねん。今、落下中」

 通信の向こうから、明らかに驚いた声が聞こえる。は!?という声が聞こえる。

《何を考えているの……!?グリザイユくん……!》

 その声を聞いて、少しだけ笑ってしまう。

 本当に。

 カゲエちゃんは最後まで優しい。

「今?今はねえ……カゲエちゃんのこと、考えてたよ」

《!》

「カゲエちゃんの、笑った顔、泣いてる顔、ゲームに負けて悔しがってた顔、そして……今日、私に本気で怒ってくれた顔」

 全部覚えている。

 全部、私に向けてくれた大切なものだった。

《……グリサイユくん……》

 通信はいったん止まる。

 風の音だけが響く。

 でも、不思議と怖くなかった。

「カゲエちゃん」

《何?》

「ありがとね」

《!》

「そして、見ててよ」

 私は狂桜を握り締める。

 この刀は、ただ敵を斬るためのものじゃない。

 自分自身の罪も。

 過去も。

 全部背負って進むためのものだ。

「今から、英雄になる男の姿をさ——ッ!!」

 私は、狂桜を手にかける。

 そして。


 魔法通信を、全世界の通信局に繋いだ。

 ガチャリ……ツーー……

《……》

「何事だ!?」

 通信局の人々は混乱している。突然、世界中へ繋がった謎の通信。そこから聞こえてくる声。

 そして。

《——我名は、グリザイユ》

「!?」

 一体、何が始まるというんだ。

 そして、声は続く。

《——Venom Desire、カゲエ親衛隊の剣士》

 世界中に響く声。

 それは、過去の罪を隠すための言葉ではない。

 全てを受け止めるための宣言だった。

《この宿命、この罪、この未来——全てこの刃で断つッ!》

 狂桜を抜刀する。


 その瞬間。

 刀は大きく姿を変えた。

 狂桜は、もはやただの刀ではなかった。

 光り輝く。

 絶望の中に差し込まれる希望の光。

 それはどこまでも伸びていった。

「ハアア……ッッ!!!!!!!」

 私は叫ぶ。

 今まで背負ってきた全てを込めて。

 竜巻に向かって、どこまでも続く刀を思いっきり振りかざす。


 


 シュン……ズバァッ!!


 


 巨大な風の壁を、光の刃が切り裂く。

 竜巻に、その光が差し込んだ時——。

 暴れ狂っていた風は、まるで力を失ったように静かになっていく。

 そして。

 竜巻は、ゆっくりと姿を消していった。

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