第四章 見るに堪えない光景
グングンと山道を進んでいく。
足元は決して歩きやすい道ではなく、ところどころに伸びた草や木の根が邪魔をしていた。それでも僕たちは、止まることなく先へ進む。
カサッと木の葉をかき分けて、進んでいく。
周りを見渡しても、あるのは高く伸びた木々ばかり。太陽の光も葉に遮られて、少し薄暗い。村なんて本当にこの先にあるのだろうか。そんな不安が少しずつ大きくなっていく。村は、想像していたよりも大分奥にあった。ただ近い場所にあると思っていた。でも実際は、誰かが簡単には近づけないように隠しているようにも感じるほど、深い場所に存在していた。
歩いていく内に、皆の会話も少なくなっていった。
これから何を見るのか。
何が待っているのか。
誰も分からない。
「……む」
その時、先頭を歩いていたバロロさんが突然止まった。
「あでっ」
「うおっ」
「ありゃ」
「む」
一列に並んで歩いていたため、僕はバロロさんの背中に、皆それぞれ前を歩いていた人の背中にぶつかっていく。
突然止まったことに驚きながら、僕は前を見る。
「……どうしたんですか?急に止まって」
バロロさんは答えず、足元をじっと見つめていた。その表情は、いつもの落ち着いたものとは少し違っていた。
「……これを見てごらん」
そう言われて、皆でのぞき込む。
そこには……乾いた、黒い液体。
地面に染み付いたそれは、時間が経っているのか、すでに固まっていた。普通の人なら、乾いたインクかな?と思うだろう。でも僕たちは、これが何なのかすぐに分かった。
「これは……乾いた血?」
「……恐らくね。ここで争いがあったのだろうか……」
その言葉を聞いた瞬間、空気が変わった。
今までただ歩いていた森の道が、急に不気味な場所に感じる。
ゴクリ、と唾を飲む。
頭の中に、さっきのアレックスさんの言葉が蘇る。
『……本当に中に入る覚悟はできているかい……?』
あの時は、その意味を完全には理解していなかった。でも今なら分かる。アレックスさんは、僕たちがこれから見るものを知っていたのだ。怖い。足を止めたくなる。
でも——進むしか、なかった。
ここまで来た理由がある。
僕たちは、真実を知るためにここへ来たんだ。そして、さらに奥へ進んでいく。しばらくすると、木々の隙間から少しずつ光が見えてきた。奥に開けた広場が見えてきた。暗い道に光が差し込む。その先には、いくつもの建物らしきものが見えた。黒い家も沢山あるようだ。
「お……ついに村かな?」
少しだけ安心したような声が出る。
ようやく目的地に着いた。
そう思って、僕たちは足を進める。
でも——。
——声が、出なかった。
そこにあったのは……
想像していた「村」ではなかった。
悲惨。
無残な光景。
村のそこら中に飛び交っている黒い飛沫。
地面にも、壁にも、建物にも。
そこら中に残された跡。
血。
血。
血——
「こ……これは一体ッ!?」
誰かの声が震える。
でも、それ以上の言葉が続かなかった。
皆、衝撃で声が出ないようだった。
目の前の光景を理解することを、心が拒否しているようだった。
……黒い家だと思って行ったものは、大量の血を被って黒くなった藁の家だった。
最初は暗い色の建物なのだと思った。
でも違った。
これは、この場所で起きた何かの跡だった。
そのあまりの無残な光景に、思わず目を背ける。
胸の奥が苦しくなる。
ここで、一体何があったのか。
どうしてこんなことになったのか。
「ここで……一体……」
「何が……」
「……ッ。君たちは、一旦ここで待ってなさい。キアロくん、ミライ・ユくん、トロンプくん。カゲエくんを全力でお守りしなさい」
「は、はい……」
バロロさんがそういって村の奥へと進んでいく。
その背中は、いつものように頼もしかった。けれど、今まで見たことのないほど真剣な表情をしていた。目の前に広がる光景は、あまりにも悲惨だった。何が起きたのか分からない。誰が、何のために。この村で一体何があったのか。考えれば考えるほど、嫌な予感だけが膨らんでいく。
それでもバロロさんは、真実を確かめるために一人で先へ進んでいった。
◇
私——バロックロココは、カグラノ村の奥へと足を動かしていた。
踏みしめる地面には、まだこの場所で起きた出来事の跡が残っている。周囲を見渡すたびに、胸の奥が重くなる。……まさか、こんな無残な光景が広がっていたとは……。
事前にある程度の情報は集めていた。五年前、突然カグラノ村の村人全員が失踪した。それだけでも十分に不可解な事件だった。しかし、実際に目の前に広がっているものは、想像していたものとは全く違っていた。
ここで、村人同士で戦争でも起きたのだろうか。だが、それならば一体なぜ。何が原因で、ここまでの惨状になったのか。五年前にいきなり村人たちが全員失踪したというのも謎だ……。分からないことばかりだった。
だからこそ、この場所に残された何かを探す必要がある。
小さな手掛かりでもいい。真実に繋がるものがあるはずだ。
「……ここは……」
さらに奥へ進んだところで、私は足を止めた。
一番奥へ行くと、ひときわ大きくて豪華な装飾がされた家にたどり着いた。周囲の建物とは明らかに違う。この村の中でも特別な場所だったのだろう。
……色は真っ黒だった。
不気味な静けさが漂っている。扉に鍵はかかっていなかった。少し迷ったが、覚悟を決めて手を伸ばす。ギイイ……と音がして、扉を開ける。中へ入ると、外見からは想像できないほど整った空間が広がっていた。豪華な家具。壁に飾られた装飾品。細部までこだわった内装。中は外見よりも豪華な内装で、富豪が住んでいたことが一目でわかる。
これは……なにか重要な手掛かりがありそうだ。私は慎重に部屋の中を調べ始めた。
棚の中。
机の上。
引き出しの奥。
残された物には、この村で暮らしていた人々の生活の跡が残っていた。
そして——。
いくつか資料を見つけた。
村の記録書。過去の出来事をまとめた資料。
その他にも、この村について書かれたものがいくつもあった。しかし、その中でも明らかに異彩を放つ物があった。他の資料とは違う。なぜか、そこだけが強く目に入った。
——日記だ。
古びた一冊の日記。
私はゆっくりと手に取る。
名前の欄に、……グリザイユと書いてある。
「これは……!?」
一瞬、思考が止まった。
なぜここに彼の名前があるのか。
グリザイユくんが、この村と何か関係があるというのか。
胸の奥に大きな疑問が湧き上がる。
だが、今は考えている時間はない。
早急に中を確認する。
——〇月〇日
今日も、刀の稽古をした。おばあさまに随分上手になったと褒められた。すごく嬉しかった。
×月×日
今日は、村のお祭りの日だった。最前列で催し物のカグラノ踊りを見た。綺麗だった。
△月△日
今日は、お父様に狂桜について教えてもらった。まだ触ることは許されてないけど、いつか大人になって家を継ぐときに、グリザイユも持っていいと言われた。大人になるのが、楽しみになった。
——ぺらり。続きをどんどんめくる。
□月□日
——今日は、ちょっと不思議なことがあった。家の、奥の、暗い部屋……狂桜がしまってある金庫から、声が聞こえた気がした。その声は、私の名前を呼んでいるように思えた。
●月●日
今日、狂桜の刀身を初めて見た。罪人の処刑に、お父様が使っていた。……やっぱり、声が聞こえる。明らかに私の名前を呼んでいるように思えた。お母様にこのことを相談したら、ふざけたことを言うなと怒られた。
▲月▲日
……狂桜の声は、日に日に大きくなっていってる。ついには、家のどこにいても声が聞こえるようになった。……今晩、狂桜に会いに行こうと思う。どうして声がするのか、どうして私に話しかけるのかを聞いてみようと思う。少し怖いけど、勇気を出さなくちゃ!お父様に見つかったらただじゃすまないだろうから、慎重に、静かに行かないと——
日記は、ここで終わっていた。五年前だから……グリザイユくんは十四歳か。それにしても、この富豪の家の出身だったとはな……。
取り合えず、皆のところに戻ることにした。
そして、……こればかりは、グリザイユくん本人に聞かないと、分からないな。
そう思った。




