第三章 カグラノ村へ
そして、時刻が二十時になったころ、ようやくカグラノ地帯についた。
長い移動で少し疲れていたけれど、目的の場所が近づいてきたという実感が湧いてくると、不思議と眠気も少しだけ吹き飛んだ。
カグラノ村があったところに一番近いホテルを既に予約してくれていたみたいで、すんなりとチェックインできた。
事前に準備してくれていたおかげで、到着してから慌てることもなく、荷物を持って部屋へ向かうことができた。皆で泊まることのできる広めの部屋で、部屋に入った瞬間、少しだけ旅行に来たような気分になった。
ご飯は近くのコンビニで買って、一番広い部屋で皆で泊まる。
それぞれ好きなものを選んで買ったご飯を広げると、疲れていたはずなのに自然と会話が増えていった。今日までの出来事を振り返ったり、明日の予定を確認したり、どうでもいい話で笑ったり……。
そんな時間は、まるでいつもの日常の延長みたいだった。
……またお泊り会みたいで楽しかった!
皆で同じ部屋に集まって、くだらないことで笑ったり、夜遅くまで話したりする時間は、やっぱり楽しい。こんな状況じゃなかったら、ただの楽しい思い出として終わっていたのかもしれない。
楽しくおしゃべりしたけど、皆心のどこかでは明日の調査に向けて緊張していたのだった……。
笑っている間も、頭の片隅には明日のことがあった。
カグラノ村で何が待っているのか。何か手がかりは見つかるのか。そして、無事に帰ってくることができるのか。
考え始めると不安は消えなかった。
それでも今は、皆が一緒にいる。
その安心感だけは、確かにそこにあった。
◇
「……カゲエくーん、起ーきーてー!朝だよお!」
遠くから声が聞こえる。
まだ眠気が残っていて、すぐには目を開けられなかったけれど、その優しい声ですぐに誰なのか分かった。
トロンプくんが、僕を優しく起こしてくれる。
「んん……おはよお」
眠たい目をこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。
辺りを確認すると、もう皆は準備を終えていた。
荷物もまとめられていて、皆ビシッとスーツを決めていた。その姿を見ると、いよいよ本当に調査に行くんだという実感が湧いてくる。
「早くしないと置いてくぞー」
ミライ・ユくんが冗談っぽく言う。
「わあ、待ってよお!」
慌てて布団から出る。
顔を洗って、歯を磨いて、寝癖を直して、そしてスーツに着替える。
鏡を見ると、いつもの自分とは少し違って見えた。今日はただのお出かけじゃない。今日は……。カグラノ村に、調査に行く日だ!
外に出ると、少し冷たい空気が頬に当たった。
これから向かう場所のことを考えると、不安がないと言えば嘘になる。でも、ここまで来た以上、僕たちは進むしかない。
絵画に持ち込んだミライ・ユくんの車を取り出して、運転してもらう。
いつもの席に座る。
運転席にミライ・ユくん。助手席にバロロさん。サードシート(三列目の席)にキアロくんとトロンプくん。そして真ん中には……僕と、本来ならグリザイユくん。少し、いや、やっぱり結構寂しいな。いつもなら、この席から明るい声が聞こえてくるはずだった。何か面白いことを言ったり、皆を笑わせたり、緊張している空気を変えてくれたり。でも、今日はその声がない。車は静かに走る。
普段、どれだけグリザイユくんが明るいムードを作ってくれているのか、痛いほど身に染みた。皆もきっと同じことを感じている。誰も口には出さないけれど、空いた席の存在が大きく感じられた。
そして、しばらく車を走らせたあと——。
カグラノ村……ではなく、その一番近くの村に着いた。
車を出る。
ここから先が、本当の目的地への入り口になる。何をしに来たかというと、今カグラノ村に入るにはこの村の人に許可を取る必要があるみたい。電話で一応確認したけど、礼儀的に直接挨拶しに来たのだった。知らない場所に入る以上、勝手に進むわけにはいかない。それに、この村の人たちはカグラノ村について何か知っているかもしれない。少しの情報でも、僕たちにとっては大きな手がかりになる。
「こんにちは、アレックスさん……先日電話したバロックロココです」
「おお!来たかい!こんな小さな村によく来てくれたねえ」
出迎えてくれた男性——アレックスさんは、ニコニコと笑顔で挨拶してくれた。
その表情は優しく、僕たちを警戒している様子はなかった。
どうやら、バロックロココさんたちに村の情報を教えてくれたのも、どうやらこのアレックスさんみたいだ。
電話でインタビューしたらしい。
だからこそ、僕たちの目的もある程度は理解してくれているのだろう。
「……それで、カグラノ村に入るには、どうしたらいいでしょうか」
バロロさんが本題を切り出す。するとアレックスさんは少し表情を変えた。
「……ああ、ちょっと待ってねえ」
そう言って、一度家の中へ戻っていく。
そして、戻ってきたアレックスさんの手には、大きなカギが握られていた。
「カグラノ村に続く道の途中で大きな門があってね、魔法の門で、私しか開けられないようになっている」
アレックスさんは静かに説明する。
普通の鍵ではない。魔法で守られた門。それだけで、カグラノ村がどれだけ普通ではない場所なのかを感じさせられた。アレックスさんはこっちだ、と僕たちを案内してくれた。村を少し離れ、森の中へ進んでいく。
しばらく歩いた先に。
「おお……結構でかい門だなあ」
三十メートルはありそうな大きな門がそこにあった。
森の中に突然現れた巨大な門は、まるでここから先の世界を拒んでいるようにも見えた。
アレックスさんは鍵を取り出した。けれど、すぐには開けなかった。
「……本当に中に入る覚悟はできているかい……?」
意味深に聞いた。
「……どういうことですか?」
僕たちは顔を見合わせる。
ただの調査のはずなのに、その言葉には重い意味があるように感じた。
「中は……結構、荒れているからさ。それに……」
アレックスさんは何か言いかけた。
でも、しばらく黙ったあと、言うのを辞めた。
何か知っている。
でも、今は話せない何かがある。そんな気がした。
「まあ、覚悟がないとこんな辺鄙な場所まで来ないか。今開けよう」
そう言って、アレックスさんは鍵を差し込む。
ガチャリ、と鍵を開ける。重たい音が森の中に響いた。
そして——。
「よし……行こうか」
頼れるリーダーのバロロさんを先頭に、森の中を進んでいった。
その背中を見ながら、僕も一歩を踏み出す。ここから先に何が待っているのかは分からない。でも、皆と一緒なら進める。そう思った。
——僕たちが森の奥へ消えていったあと。
アレックスさんは、閉じていく門を見つめながら小さく呟いた。
「……強いショックを受けなきゃいいんだけどな」




