第二十三章 ボスからの指令
《いや~! 本当はさ、カゲエに直接電話をかけようかな~とも思ったんだけどね!》
画面の向こうで、フードを深くかぶった兄さんはいつものように朗らかに笑う。
《でも今は、スケジュール管理はミライ・ユくん担当でしょ?勝手にカゲエを連れ回したら怒られそうだな~って思ってさ!だから今回は、ちゃんとミライ・ユくんに連絡しましたっ!えらいでしょ~?》
「こ、こっ……こここここここ光栄ででででですすすすすすすッ!!!!!!」
ミライ・ユくんは椅子から立ち上がったまま、九十度近く頭を下げていた。
その横では——
「はははははははは初めましてましてましてッ!? トトトトロンプルイユですすすすすすすッ!!!!!!」
トロンプくんまでガッチガチだ。
兄さんは二人を見て楽しそうに笑う。
《あはははっ! 二人ともそんな緊張しなくていいのに~!そんなに畏まられると、逆にこっちが照れちゃうよ~!》
「む、無理ですッ!!!!」
「ぼぼぼぼぼ僕たちからしたら神様みたいな存在ですからあああああああッ!!!!」
「ふふっ……!」
思わず笑ってしまう。
兄さんは昔からこうだ。
どれだけ偉い立場になっても、全然偉そうにしない。
だからこそ、皆が自然と慕ってしまう。
《それよりカゲエ~?》
「うん?」
《ちゃんとミライ・ユくんとトロンプルイユくんに迷惑かけてないだろうね~?また転んだり、無茶したり、ご飯食べ忘れたりしてない?》
「も、もう! 兄さんったら!」
思わず頬を膨らませる。
「そんなに子どもじゃないもん!」
「い、いいいいいいいやいやいやいやいやッ!!!!」
ミライ・ユくんは勢いよく首を振った。
「カゲエくんが迷惑なんてとんでもないですッ!!俺たちが勝手に世話を焼いてるだけでしてッ!!!!」
「そそそそそそそうですッ!!!!」
トロンプくんもぶんぶん首を振る。
「むしろ僕たちの方が毎日癒やされてますからあああああああッ!!!!」
《あははははっ!》
兄さんは心底楽しそうに笑った。
《それなら安心安心!》
柔らかな笑い声が、魔法モニター越しでも部屋いっぱいに広がる。
だけど——その笑みが、ふっと消えた。
《……まあ、それはさておき》
「「「……!」」」
一瞬で空気が変わる。
画面越しとは思えないほどの静かな圧力。
さっきまでの、のんびりした兄さんとはまるで別人だった。
自然と僕たちも背筋を伸ばす。
《重要な知らせがある》
「「はい」」
二人の返事がぴたりと重なる。
さっきまであれだけ噛みまくっていたミライ・ユくんとトロンプくんも、この瞬間だけは一切噛まない。
……やっぱり。この二人はすごい。
兄さんへの尊敬が、そのまま集中力になっているみたいだった。
《今回、グリザイユくん、バロロくんに続いて、キアロスクーロくんも特別任務へ向かったよね》
「「はい!」」
《つまり今、この屋敷には——カゲエ。ミライ・ユくん。トロンプルイユくん。この三人だけになりました!》
「「はい!」」
兄さんはニヤリと笑う。
《そこで普通なら——》
《親衛隊、お仕事終了~!しばらくお休みでーす!》
《……って言いたいところなんだけどねぇ?》
「え?」
《残念でした~~!!》
急に声色が明るくなる。
《ここでなんとッ!!》
《この私!ボス、カクシエ直々のッ!!》
《超・特・別・任・務が発令されま~~すッ!!!》
「「「えええええっ!?」」」
思わず三人で声を上げる。兄さんは満足そうにうなずく。
《ふふふ~。びっくりした?》
「う、うん……!」
「まさか俺たちにも任務が来るとは……」
「ぼ、僕たちで大丈夫なのかな……?」
《もちろん大丈夫!》
兄さんは力強く笑った。
《私がちゃあんと考えて決めた任務だからね!》
《それにね——これは戦う任務じゃない。》
《でも、人を救う、とても大切なお仕事なんだ。》
その一言だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
兄さんは最後に、少しだけ優しく微笑んだ。
《君たち三人には——》
《これからしばらく、医療班のお仕事を手伝ってほしい。》
「「「医療班……?」」」
僕たちは顔を見合わせ、同時に首をかしげた。
《うんうん!医療班!》
兄さんは明るく頷いた。
《そういえば、この前ゼーユさんが君たちに電話してたんだっけ?》
「ゼーユさん……」
その名前を聞いて、自然と思い出す。
ゼーユカタルシスさん。
あの大災害の時、街の被害を少しでも減らすために協力してほしいとお願いされた。
「あ、うん!」
僕は頷く。
「竜巻の被害を抑えてほしいって頼まれて……皆で街中を走り回ったんだ」
《あ~~!!そうそう!!そんなこともあったねぇ!!》
兄さんは思い出したように笑う。
《いやぁ、本当にあの時は助かったよ》
《もちろん、グリザイユくんの活躍も本当に素晴らしかった。あの子がいなかったら街は守れなかった。》
《でもね。俺は、君たち三人にも心から感謝してるんだ》
その言葉に、僕たちは思わず姿勢を正した。
《街の人たちを安全な場所へ誘導して。泣いている子どもを助けて。瓦礫の下敷きになりそうな人を助けて。混乱している人たちを落ち着かせて。君たちがいてくれたから、救えた命がたくさんあった。本当に、本当にありがとう》
「……!」
胸が熱くなる。
「い、いえ……!」
「そんな、俺たちは当然のことをしただけです!」
「ぼ、僕たちなんて全然……!」
ミライ・ユくんとトロンプくんも慌てて首を振る。
だけど。
《って!!》
《今はその話じゃなーーいッ!!》
「「「!?」」」
急に兄さんがパンッと手を叩く。
《感動モード終了~~!!》
《はい!話を戻しまーす!!》
あまりの切り替えの速さに、思わず笑ってしまう。
《そのゼーユカタルシスさんね》
《今、医療班のリーダーをやってくれてるんだ》
「リーダー……!」
《うんうん!さっき私から直接電話しておいたから、君たちが来ることはもう伝わってるよ》
《向こうもすっごく喜んでた!》
「そ、そうなんだ……!」
《医療班ってねぇ、昔からずーーーーっと人手不足なんだよ》
兄さんは困ったように苦笑する。
《怪我人は毎日のように運ばれてくるし》
《薬の管理もあるし》
《患者さんのお世話もしなきゃいけないし》
《記録も付けなきゃいけないし》
《もう毎日てんやわんや!》
《だからね!》
兄さんは人差し指をこちらへ向けた。
《そこで!君たち三人の出番ってわけッ!!》
「えぇ……」
思わず顔を見合わせる。
「で、でも……」
僕は少し不安そうに口を開いた。
「医療班って……人の命を預かる仕事、だよね……?僕たちなんかに……出来るのかなぁ……。」
兄さんはすぐに笑顔で頷いた。
《あー、大丈夫大丈夫!そんなに身構えなくていいよ~!なんならね……》
一拍置いて、さらりと言った。
《正式な医療免許持ってる人、一人もいないし!》
「「「…………え?」」」
一瞬。
時間が止まった。
「「「ええええええええええッ!?!?!?」」」
三人同時に絶叫する。
兄さんはきょとんとしていた。
《あれ?言ってなかったっけ?》
「い、言ってませんよッ!!?」
「えええぇぇぇぇぇぇ!?」
あまりにも衝撃的すぎる事実に、頭が真っ白になる。
しばらく誰も言葉を失っていた。
ようやく最初に立ち直ったのは、ミライ・ユくんだった。
「…………失礼ですが。」
恐る恐る尋ねる。
「それでは……皆さん、一体どうやって治療をされているのですか?」
《ああ、それはね――》
兄さんは説明を始めようとする。
僕たちは身を乗り出した。
「ごくり……」
《ん~~~~。》
兄さんは少し考えて、にぱっと笑った。
《……まあ!行ったら分かるッ!!》
「「「えっ」」」
《行ってからのお楽しみってことで!》
「いやいやいやいや!?!?」
「そこ一番大事なところですよね!?」
「兄さんんんんッ!?」
僕たちは総ツッコミする。
だが兄さんは全く気にしていない様子だった。
その時だった。
兄さんが画面の向こうを振り返る。
《ん?デコっちが呼んでる。》
遠くから誰かの怒鳴り声が聞こえた。
《『カクシエーーーッ!!いつまで電話してるんだーーーッ!!』》
《あっ、やべ。》
兄さんは苦笑する。
《なんかキレてるなぁ……はいはい!今行くよーー!!》
画面の向こうで慌ただしく返事をしながら、こちらへ向き直った。
《まっ、そういうことだから!》
《医療班本部の場所は、目印付きの地図を今送っておくね!迷子にならないように、ちゃんと分かりやすくしてあるから安心して!》
「う、うん……!」
《それじゃ!三人とも、体には気を付けてね!またね~~~~!!》
兄さんは最後まで満面の笑みで手を振り、
通信画面はふわりと消えた。
部屋には、しん——と静寂だけが残る。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は顔を見合わせる。
そして。
「…………医療免許、誰も持ってないって……」
「だ、大丈夫なのか……?」
「…………行けば分かる、って言ってたし」
三人とも、期待と不安を胸いっぱいに抱えながら、兄さんから送られてきた地図をそっと見つめるのだった。




