第二十一章 光と影の対比
敵は――まだ、生き残っていた。
一階の見張り役。先ほどから何度も上層部へ魔法通信を送っている。
「……くそッ」
返事がない。誰一人として、応答しない。
静かすぎる。
「一体……何が起こってるんだ……!?」
額から冷や汗が伝う。
この拠点には、精鋭ばかりが集められていたはずだ。
それなのに。
たった数人の侵入者に、ここまで壊滅させられるなんて——。
あり得ない。
震える手で、最後の切り札へ魔法通信を繋ぐ。
先ほど、この軍の頂点に立つ男――
「セレスティアル・ジャッジメント様」へ、救援要請を送った。
私は直接お会いしたことはない。
だが、その名を知らぬ者はいない。悪魔狩り最強。「天罰」の名を冠する男。その魔法能力は、もはや人智を超えているという。空を裂き、大地を焼き払う、超巨大魔法レーザー。一撃で街ひとつを消し飛ばしたという噂さえある。もし本当にセレスティアル・ジャッジメント様がお越しくださるなら——
あの侵入者どもなど、一瞬で消し炭だ。
見張り役は、小さく安堵の息を吐く。
「これで……勝てる」
その時だった。
ズゥゥゥン……。
大地が低く唸る。空気が震え始める。
「……!」
見張り役は勢いよく空を見上げた。雲が割れる。まるで天そのものが道を開けるように。その中心から、まばゆい光がゆっくりと降り注いでいた。
「来られた……!」
思わず息をのむ。
「セレスティアル・ジャッジメント様が……お着きになられたッ!!」
その光は柱となり、大地を包み込んだ。風が止む。木々がざわめきをやめる。世界そのものが、その存在にひれ伏したかのようだった。やがて光がゆっくりと晴れていく。そこに立っていたのは——。
純白の外套をまとい、黄金の装飾が施された軍服姿の男。
腰には一本の白銀の剣。
その瞳は、まるで人を裁く神のように冷たい。
一歩。また一歩。ゆっくりと歩くだけで、地面に淡い魔法陣が浮かび上がる。
見張り役は慌てて跪いた。
「セ、セレスティアル・ジャッジメント様ッ!!」
周囲の兵士たちも次々と膝をつく。
「お待ちしておりましたッ!!」
男は兵士たちを一瞥する。その視線だけで、誰も息ができなくなった。
「……報告」
低く、よく通る声。
「は、はいッ!!」
兵士は震えながら説明する。
「侵入者は二名……いえ、現在は悪魔モノクローム、天使グラデーションまで合流しております!」
「幹部クラス二名……」
「さらに拠点内の精鋭部隊との連絡が、すべて途絶えました!」
「恐らく……全滅かと……!」
しばらく沈黙。
セレスティアル・ジャッジメントは目を閉じた。
「……そうか」
それだけだった。怒鳴りもしない。責めもしない。ただ一言。
「ご苦労。」
その言葉だけで、兵士は涙を流した。
「も、もったいないお言葉です……!」
男はゆっくり前を向く。その視線は建物の最上階を貫いていた。
「……モノクローム」
「グラデーション」
二人の名を静かに呼ぶ。
「久しいな。」
その声は穏やかだった。
しかし、その穏やかさこそが恐ろしい。
「今日は——」
腰の剣に手を添える。カチリ。柄を握っただけで、大気が震え始めた。
「貴様ら夫婦を討ち取りに来た」
そして。ほんの少しだけ口元が笑う。
「それと」
「半魔半天——」
「キアロスクーロ」
「ようやく会えたな」
男の瞳が細くなる。
「私は、お前を二十年以上探していた」
その一言で、場の空気が完全に変わる。
セレスティアル・ジャッジメントは剣をゆっくり抜いた。
シャァァァン――。
白銀の刀身が姿を現した瞬間。空一面に、巨大な魔法陣が展開される。
眩い光が空を覆い尽くす。
「さあ」
「天罰の時間だ」
そして――。
セレスティアル・ジャッジメントは、ゆっくりと右手を掲げた。
巨大な魔法陣が空一面に展開される。
「裁きを受けよ」
その一言と共に。
ビイイイイイイイイイインッッ!!!!!
天を貫く純白の極大魔法ビームが、上層階へ向かって放たれた。それは応用魔法などではない。あらゆるものを焼き尽くし、浄化し、存在そのものを消し去る――
まさに、《セレスティアル・ジャッジメント》。
轟音が世界を震わせる。
光が視界を埋め尽くし、誰も目を開けていられない。
数秒後。
ビームは静かに収束した。
セレスティアル・ジャッジメントはゆっくりと腕を下ろす。本来なら。建物など跡形もなく消え去り、巨大なクレーターだけが残るはずだった。
しかし。
「……!」
建物は、そこにあった。
壁も。
床も。
窓も。
何一つ壊れていない。焦げ跡すらない。
静寂の中、セレスティアル・ジャッジメントがゆっくりと目を細める。
「……現れたな」
その視線の先。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと、煙の中から人影が姿を現す。
「キアロ……スクーロッ!!」
そこに立っていたのは——
純白のスーツ。
漆黒のシャツ。
深紅のヒールブーツ。
雪のように白い髪。
悪魔の証である赤い肌。
そして、澄み渡る蒼い瞳。
背中には。
純白の羽翼が二枚。
漆黒の羽翼が二枚。
上下に広がる四枚の翼が、静かに風を揺らしていた。
その姿は。
天使でもなく。悪魔でもない。
両者を超越した、新たな存在だった。
セレスティアル・ジャッジメントは剣を構える。
「その穢れた姿……!」
「今、この場で塵と化すがいいッ!!」
再び巨大な魔法陣が展開される。
ビイイイイイイイイイインッッ!!!!!
二発目の極大魔法ビーム。
今度は一直線にキアロくんだけを狙う。
だが——
光が晴れた時。そこには。
傷一つないキアロスクーロが、静かに立っていた。
「……ッ!?」
セレスティアル・ジャッジメントの表情が初めて揺らぐ。
「何だ……」
「何をした……ッ!?」
信じられないものを見るように、目を見開く。
「私の《咆哮》は……!」
「完全無欠の魔法のはずだ……!」
「何故、効かないッ!?」
キアロスクーロは答えない。
ただ静かに。セレスティアル・ジャッジメントを見つめる。
そして。
ゆっくりと、その口を開いた。
「……効かなかったんじゃない」
一歩、前へ出る。
「お前の魔法は——」
蒼い瞳が、静かに輝く。
「私が、喰らった」
「な……」
そこにいる誰もが、聞き間違いだと思った。
「《喰らった》だとッ……!?そんなのありえないなッ!」
「なぜなら、魔法というものは……」
「食料でも、物質でもない——《概念》なのだからッ!!」
再び、剣を構える。
最終奥義。
セレスティアル・ジャッジメント・ファイナル。
六つの魔法陣から、キアロスクーロを囲むようにビームが発射される。
ビイイイイイイイイイイイインッッッ!!!!!
部下たちは、信じられないものを見る目でこの光景を見つめていた。
まるで、この世の終わりを眺めるような瞳。
これで、終わりだ——ッ!!
世界を埋め尽くすほどの白い光。
轟音。
熱。
魔力。
空間そのものが悲鳴を上げる。
誰もが目を閉じた。
だが。
その光は。
少しずつ、小さくなっていく。
「……?」
異変に気付いたのは、セレスティアル・ジャッジメントだった。
「何だ……?」
ビームが——
細くなっている。
「な……ッ!?」
魔法陣は最大出力のまま。
何一つ出力は落ちていない。
それなのに。撃ち続けているはずの魔法が、
まるで何者かに「飲み干されている」かのように、
どんどん細くなっていく。
「な……何をしているッ!?」
さらに魔力を流し込む。
だが。消える。喰われる。飲み込まれる。魔法そのものが、存在ごと消失していく。
「ば、馬鹿なァァァァァァァッ!!」
そして——
ビームは、
完全に消えた。
シン……。
静寂。
そこには。
傷一つないキアロスクーロが、静かに立っていた。
白と黒、二対四枚の羽翼をゆっくり広げながら。その瞳だけが、深い深い夜のように静かだった。
「…………」
キアロスクーロは、自分の右手を見る。
手のひらには、
黒と白の魔力が、
ゆっくりと渦を巻いていた。
「……なるほど」
小さく呟く。
「これが……私の新しい力か」
ゆっくりと顔を上げる。
「私は今——」
一歩。前へ踏み出す。
「時さえも」
また一歩。
「魔法さえも」
さらに一歩。
「概念さえも」
敵を真っ直ぐ見据える。
「——すべてを喰らう」
その瞬間。
ドクン——。
世界中の魔力が、
一瞬だけ震えた。
「ッ!?」
セレスティアル・ジャッジメントの額から、
冷たい汗が流れる。
「こ……この威圧感は……何だ……?」
呼吸が浅い。剣が震える。膝が笑う。目の前にいるのは、先ほどまで拷問していた青年ではない。
もっと根源的で。もっと恐ろしくて。決して敵に回してはいけない「何か」。それを本能が理解していた。
「貴様は……」
震える声で問う。
「一体……何者になった……?」
キアロスクーロは静かに答える。
「Venom Desire」
「カゲエ殿親衛隊の戦士」
「キアロスクーロ」
そこで一度だけ目を閉じ、
ゆっくりと開く。
その口元に、穏やかな笑みが浮かんだ。
「もう、誰にも」
「私の大切な家族は、傷つけさせない」
◇
そして――。
キアロくんは、静かに羽を広げた。
白と黒、四枚の羽翼。
一見すれば、美しく神々しいその翼。
だが——。
バキッ。
ベキベキベキベキ……。
「……ッ!?」
羽の表面が、ゆっくりと裂け始める。
白い羽毛の隙間。
黒い羽毛の隙間。
その奥から現れたのは——。
無数の歯。
何百。
何千。
数え切れないほどの巨大な歯が、翼一枚一枚の内側にびっしりと並んでいた。
そのどれもが、鋭く白い牙を幾重にも並べ、獲物を見つけた猛獣のように、一斉に口を開く。
ガチッ。
ガチガチガチガチガチ……。
歯と歯がぶつかり合う音だけが、不気味に響いた。
「な……なんだアレは……」
「ば、化け物……ッ!」
敵たちの顔から、一瞬で血の気が引く。逃げようと振り返る。だが、その時にはもう遅かった。
ギュンッ!!
四枚の羽が、生き物のように一斉に伸びる。
そして。
ガブッ!!
「ぎゃあああああああッ!!」
一人の敵を、そのまま丸ごと呑み込んだ。
続いて。
ガブッ。
ガブッ。
ガブッ!!
まるで飢え続けていた怪物が餌を貪るように、無数の口が次々と敵へ喰らいつく。
「や、やめ——!」
「たすけ——!」
「いやだああああああッ!!」
悲鳴が響く。
腕を伸ばし、必死に逃れようとする。しかし、その牙から逃れることはできない。噛みつかれた瞬間、肉体だけではない。
魔力も。
魔法も。
存在そのものさえも。
すべてが「喰われて」いく。
敵たちは叫び声を上げながら、一人、また一人と巨大な口の奥へ消えていった。
「やめ——!」
「たすけ——!」
その言葉も最後まで紡がれることなく。
深淵のような喉の奥へと飲み込まれ、跡形もなく消えていく。
数秒後。
数千もの口はゆっくりと閉じ、裂けていた羽は何事もなかったかのように元の美しい翼へと戻っていく。
そこにはもう、敵の姿は一人として残っていなかった。
ただ静かに羽をたたむキアロくんだけが、その場に立っていた。
「おっ、終わったか~キアロ」
ミライ・ユくんは軽い様子で建物からひょっこり顔を出した。
「ナイスキアロくん!!まさか、ビームを丸ごと食べちゃうなんて……!」
トロンプくんがそう言う。僕も、
「いやあ……この一家、最強すぎる……っ!!」
このデコだし高身長スタイルグンバツ家族、全員がチート能力持ちだ……。設定、盛り過ぎじゃない!?作者誰!?あ……僕~?☆
……そんなおふざけは置いといて。
「「キアロ……」」
モノクロームさんとグラデーションさんさんが、屋根の上から優しくキアロくんを見下ろしていた。
「父さん……母さん……」
「……ありが、とう」
キアロくんは少し恥ずかしそうに目を逸らす。
「私のことを、こんなにも大切に思ってくれて……本当にありがとう」
ぺこり、と屋根に向かって頭を下げるキアロくん。
「……それはお友達に言ってあげなさい」
グラデーションさんさんが優しくそう言う。
「そうだな……」
キアロくんは今度は僕たちの方を向いて。何か言おうとした。が。
ふわり。
グラデーションさんがキアロくんの背中にハグをした。
「!母さん……?」
「キアロ……」
「こんなにも優しくて、大きな背中になったのね……」
「こんなに優しく大きく育ってくれて、ありがとう……」
「……!!」
今度は、モノクロームさんが二人を大きな腕で抱きしめる。
「……お前は、立派だ」
「お前には、母さんがくれた優しさがあるから」
「キアロには、父さんがくれた強さがあるから」
「「その二つは、これから先、お前自身が誰かに受け継いでいくものだから」」
「これからも……お友達のこと、ちゃんと大事にするのよ?」
キアロくんは涙をぬぐい、小さく、それでも力強くうなずいた。
「……ああ」
「もちろんだ」
「私の家族は……もう、父さんと母さんだけじゃない」
そう言って、僕たちの方を振り返る。
その笑顔は、今までで一番穏やかで、一番幸せそうな笑顔だった。




