第十六章 敵の目的
「オラアッ!さっさと答えろよッ!!」
「ッ……!!」
激しい痛みが、全身を襲う。
鈍い衝撃が体中を駆け巡り、息が詰まる。
肺の中の空気が一気に押し出され、呼吸すらまともにできない。
口の端から血が伝い、床へぽたり、と赤い雫が落ちた。
私——キアロスクーロは。
白い軍隊の敵に、拷問されていた。真っ白な部屋。眩しすぎるほどの明かり。鼻につく鉄のような血の匂い。部屋の隅には、白い拷問器具らしきものが無造作に並べられている。この場所で、一体何人が苦しめられてきたのだろう。考えただけで胸が苦しくなる。私は椅子に縛り付けられ、身動き一つ取れなかった。腕も。足も。翼さえも。すべて封じられている。
私を椅子に縛り付けている紐は、恐らくただの紐じゃない。対悪魔専用のまじないが施された、特殊な紐。悪魔の魔力を抑え込み、身体能力まで奪ってしまう呪具。この特殊な紐のせいで、私は身動きが取れなかった。こんな細さの紐。普段の私なら。魔法を使うまでもなく、力任せに引きちぎれる。
だが。今は、それすらできない。少し力を込めるだけで。紐が肌へ食い込み、焼けるような激痛が走る。まるで、暴れること自体を罰しているかのようだった。
「早く答えろッ!!」
敵は私を怒鳴りつける。
胸ぐらを掴まれ、そのまま乱暴に引き寄せられる。
鋭い視線が、私を射抜く。
「モノクロームはどこにいるッ!?!?」
その名前を聞いた瞬間。
私の瞳が、わずかに揺れた。
——モノクローム。
それは。
私の父の名前。
その名前を聞くだけで。
様々な記憶が頭の中を巡る。
厳しくも不器用で優しかった父。
強くあり続けようとした父。
そして。
いつも傷だらけで帰ってきた父。
……少しだけ。
両親の話をしよう——
父。悪魔、モノクローム。
母。天使、グラデーション。
二人は……。
種族を超えて、愛し合っていた。
天使と悪魔。
本来なら決して交わることのない二つの種族。
それでも二人は互いを愛し。
一緒に生きることを選んだ。
出会いは聞いてないから分からないが……まあ、そこは重要じゃない。
大事なのは。
二人が、互いを本気で愛していたということだ。
私は——。
その二人の間に生まれた。
だが。その出生は。決して祝福されるものではなかった。
地獄では。天使に近い見た目をしているから迫害され。
天国では。悪魔の血が流れているから迫害された。
どちらにも属せない。どちらにも受け入れてもらえない。
私は。
生まれた時から。
居場所が、無かった。
だから。
仕方なく。
私たち一家は地上界で暮らすことになった。ここなら。少しは平穏な生活が送れる。そう信じていた。……だが。現実は甘くなかった。
今度は——。
悪魔ハンターに身を追われることになった。
悪魔の血を引く者。
それだけで狙われる。
昼も。
夜も。
安心して眠れる日はなかった。
父は毎晩。家族を守るために戦った。ボロボロになって帰ってくる父。体中に傷を負い。血を流し。それでも。笑って。
『大丈夫だ』
そう言ってくれた。母は。そんな父の傷を手当てしながら。ぽつり、と呟いた。
『地上界に降りてこなかったら、こんなことにならなかったのに——』
そう言った。
それは。
ただ単にそう思っただけなのかもしれない。
深い意味は。
特になかったのかもしれない。
父を心配して。
思わず漏れてしまった言葉だったのかもしれない。
だが。
その時の私には——。
「(なら……なんで私を産んだんだッ!?)」
そう思った。
胸の奥が。
締め付けられる。
私が生まれた理由。
ただ。
迫害されるために生まれてきたのだ。
そう思った。
どこへ行っても。
居場所はない。
どこへ行っても。
命を狙われる。
私は。
生きているだけで。
誰かを不幸にしてしまう存在なのだと。
私は。
本気でそう信じていた。
そして。
その時は訪れた。
ついに。
我々一家は。
ハンターに追い詰められた。
「お前らは……ここで終わりだッ!!」
幾人もの悪魔ハンターが。武器を構え。私たちを取り囲む。逃げ道はない。父も。母も。既に満身創痍だった。
——殺される。そう思った。いや。思ったというより。確信した。ここで終わる。それが運命なのだと。
そして。
私は。
それでいいと諦めた。
どうせ。
どこへ行っても居場所はない。
だったら。
ここで終わってしまった方が。
皆も楽になれるのかもしれない。
そんなことまで考えていた。
その時。
キュイン……!!
眩い光が辺りを包む。
美しい魔法陣が。私たち一家を囲んだ。
「これは……!?」
父が驚く。
次の瞬間。
敵の放った攻撃が。魔法陣に弾かれた。そして。そのまま。敵へと跳ね返る。
「グハッ……!?!?」
敵は自ら放った攻撃を受け。次々と倒れていった。誰も。何が起きたのか理解できない。静まり返る戦場。
その中を。
一人の青年が。
真っ直ぐこちらへ駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?!?」
その青年は。
心の底から私たちを心配するような表情を浮かべていた。
あの時の私は。
まだ知らなかった。
彼こそが。
後に私の人生を大きく変えることになる人物。
Venom Desireのボス——カクシエだった。




