第十二章 家族の愚痴
テレビが、暗い部屋の中で光っている。
部屋の明かりは消したまま。聞こえるのは、テレビから流れる音と、時々聞こえる僕たちの小さな声だけ。画面には……白熱した大バトル!主人公は強敵を前に、何度も倒れそうになる。もう無理かもしれない。そう思った瞬間。でも。仲間が駆けつける。一人では勝てない相手でも。仲間と力を合わせれば、乗り越えられる。そして。仲間と協力して、戦いに勝利した!
「わああ~!」
思わず拍手する。
やっぱり、仲間っていいなあ。
隣を見ると。キアロくんも。
「おお……!良かったな」
真剣に見てくれていた。
最初は少し戸惑っていたキアロくんだったけど。今ではすっかり物語に入り込んでいる。涙は、大分前に収まっていたようだ。
辺りには、すっからかんになったポテチの袋。そして。映画に夢中になって、感動した二人の様子があった。エンドロールが流れる。静かな音楽が部屋に響く。僕は。
「エンドロール最後まで見てもいい?僕、最後まで見たい派で……」
「ああ、構わない」
キアロくんは迷わず答えてくれる。
主題歌をじっくり聞きながら余韻に浸る。映画の最後まで見る時間。この時間が好きだった。物語が終わった後の、少し寂しくて。でも温かい時間。はあ……今回も最高だったなあ!
そんなことを考えていると。
ふと。
視線を感じた。
キアロくんは——僕の方をじっと見ていた。何か考えているような。迷っているような表情。
「……なあ、カゲエ殿」
「ん……?なあに?」
「……ありがとう」
突然のお礼に、少し驚く。
でも。
キアロくんの表情を見て。なんとなく分かった。映画を一緒に見たことだけじゃない。きっと。今夜、隣にいたことへのお礼なんだ。
「ふふ!こちらこそ、一緒に見てくれてありがとね」
僕もキアロくんの方を、笑顔で見る。
そして。
「……カゲエ殿の両親は、どんな人だった?」
突然、そんなことを聞いた。
「えっ……両親?」
思わず聞き返す。少し予想していなかった質問だった。
「あ……答えたくなかったらいいんだが」
キアロくんは、少し慌てたように付け足す。きっと。無理に聞きたいわけじゃない。ただ。何かを知りたかったんだと思う。僕は少しだけ考える。静かな部屋。テレビのエンドロールの光。そして、隣にいる仲間。こんな夜だからこそ。話せることもある気がした。
「……正直、あまりいい人じゃなかったな」
僕は、ゆっくりと言葉を選びながら話す。普段なら。こんな話を誰かにすることは、あまりなかった。両親のこと。家族のこと。簡単に話せるようなことじゃない。でも。今は。隣にキアロくんがいる。不思議と、話してもいい気がした。
「ご飯とかはつくってくれたよ。でも、僕に対しては無関心で……あんまり、子供に対する愛情、っていうのは感じられなかった」
言葉にすると。
思ったより胸が少しだけ痛んだ。嫌いだったわけじゃない。憎んでいるわけでもない。ただ。欲しかったものが、少しだけ足りなかった。そんな感じだった。そして。思わず、ハッとする。
「あ……ごめん、愚痴言っちゃって!」
慌てて笑う。
暗い話をしてしまった気がした。
せっかく楽しい時間だったのに。
でも。
「……構わない」
キアロくんは、静かに答えた。
責めるでもなく。気を遣いすぎるでもなく。ただ、受け止めてくれた。そして。キアロくんも、ポツリポツリと話し始める。
「……私も、両親とはあまり仲が良くない」
「え……」
思わず声が漏れる。
キアロくんにも。
そんな悩みがあったなんて。
いつも強くて。何でも一人で乗り越えているように見えたから。キアロくんは少し寂しそうな顔をした。いつもの自信に満ちた表情ではない。ただの、一人の子供のような顔だった。
「自分たちはボスに誘われてVenom Desireに入ったくせに、私には、『お前にはまだ力が足りないから——』と入れてくれなかった」
「それは……」
僕は言葉に詰まる。
もしかしたら。キアロくんのことを心配していたからなんじゃないか。危険な場所に行かせたくなかったんじゃないか。そう思った。でも。言わなかった。きっとキアロくん自身も、そんなことは分かっている気がしたから。それでも。寂しかったんだと思う。仲間外れにされたような。自分だけ認められていないような。そんな気持ち。キアロくんは続ける。
「だから、その日から沢山修行をして、隠れてVenom Desireの面接を受けた」
静かな声。
でも。
そこには強い意志があった。
「だが」
「採用管は私を見るなり、『モノクローム様とグラデーション様のご子息ですかッ!?もちろん入って下さい!!』と私を私の肩書だけで合格させた」
キアロくんは少し目を伏せる。
「無事入れたのは良かったが……何とも言えない複雑な気持ちだった」
その言葉の意味が分かった。入りたかった。認められたかった。自分の力で。自分自身を見てもらって。でも。最初に見られたのは、自分ではなく。親の名前だった。
「……」
僕は何も言えなかった。
キアロくんがどれだけ努力したのか。
どれだけ「自分」を見てほしかったのか。
その気持ちが、少しだけ分かる気がした。
静かな部屋。
テレビの光だけが、僕たちを照らしている。でも。さっきまでより。少しだけ近くなった気がした。キアロくんも。僕も。きっと同じように。誰かに認めてもらいたかったんだ。
「……ボスにカゲエ殿親衛隊の一員に指名されたのも、両親の影響が大きいだろうな」
キアロくんは、静かに呟く。
「それだけは……唯一感謝してる」
少しだけ目を伏せる。
「そのお陰で、カゲエ殿たち……大切な仲間に出会えたのだからな」
その言葉を聞いて。胸が温かくなる。キアロくんは、きっとずっと。自分自身を認めてほしかったんだと思う。親の名前じゃなく。自分の力を。自分自身を。でも。そのきっかけが、結果的に僕たちとの出会いに繋がった。
「……そっか」
僕は笑う。
「僕も、キアロくんみたいな優しい人が選ばれて、本当に良かったなあ」
優しく微笑む。
すると。キアロくんは少し驚いたようだった。まるで。そんな風に言われると思っていなかったみたいに。でも。すぐに目を逸らす。照れているのか。それとも。何かを思い出したのか。
……そして。
キアロくんは続ける。
「……今日、久しぶりに両親に会って来た。Venom Desire結成以来だから……約十年ぶりだな。挨拶がてら、強くなった自分を見せたかった」
その言葉に。少しだけ胸が痛くなる。きっと。本当は褒めてほしかったんだ。頑張ったなって。強くなったなって。言ってほしかったんだと思う。キアロくんの表情が、少し暗くなる。
「……?」
どうしたんだろう。
僕が見つめると。
キアロくんは少し迷った後。ゆっくりと口を開いた。
「両親は……私のことを冷たい目で見てきた」
その声は。
いつものキアロくんとは違っていた。
「私が勝手にVenom Desireに入ったことも怒っていたが、何より……。お前には、まだ実力が足りない、と言われた……。そんなんでボスのご令弟を守れるのかと、キツく言われてしまった……」
「え……」
僕は驚いた。
だって。
僕は知っている。
キアロくんがどれだけ強いか。どれだけ僕たちを守ってくれたか。何度も助けてもらった。危険な時。怖い時。いつも前に立ってくれた。キアロくんがいなかったら。僕たちは何度も危なかった。でも。キアロくんの両親は違った。キアロくんの強さを。まだ認めていなかった。
「……」
キアロくんは、少し震えるように言葉を続ける。
「……グリザイユくん殿とバロロ殿が出かけるとき、私にこう言った」
そして。
大切な記憶を語るように。
『もちろんミライ・ユとトロンプのことも信用してるけどな~~?一番力があるのはキアロ、お前だ!三人のことは、しっかり守ってくれよな!』
『ああ……。任せたよ、キアロくん』
その言葉を思い出した瞬間。
キアロくんの表情が歪む。
「私は……」
「……」
「私は……まだ、こんなにも弱いッ!」
キアロくんは、思わず大きな声を出す。
静かな部屋に。その声が響いた。
「キアロくん……」
僕は心配そうに見つめる。
いつも強くて。
誰よりも頼れるキアロくん。
でも。
その心の奥には。ずっと消えない傷があったんだ。強くなりたい。認められたい。大切な人を守れる存在になりたい。その想いが。キアロくんをここまで連れてきたんだと思った。
僕は、いつもどれだけキアロくんに助けられているのかを言おうとした。
何度も守ってもらったこと。
何度も支えてもらったこと。
キアロくんがいたから、僕たちは前に進めたこと。ちゃんと伝えたかった。
でも。
その声は。
キアロくん本人によって、かき消されてしまう。
「アイツら……いつか絶対……殺してやる……ッ」
「!?!?!?」
一瞬。
何を言われたのか分からなかった。
頭が真っ白になる。
いつもは。
超冷静で。
どんな状況でも落ち着いていて。
誰よりもかっこいいキアロくん。
そんなキアロくんが。
そんな言葉を口にするなんて……。
信じられなかった。
でも。キアロくんの表情を見て。
分かった。
これは、怒りだけじゃない。
悲しみ。
悔しさ。
寂しさ。
ずっと我慢していた感情が、全部溢れているんだ。強くなりたかった。認めてほしかった。ただ、それだけだったのに。その気持ちを踏みにじられたように感じたんだと思う。僕は……。
「い、一旦おちつこ!!ほら、もう深夜一時だし……!このまま僕の部屋に泊まっていきなよっ!」
慌てて声をかける。
何か正しいことを言おうとしたわけじゃない。
怒らないで、なんて言いたかったわけでもない。
ただ。
今のキアロくんを一人にしたくなかった。
キアロくんは、まだ何か言いかけようとしていた。
拳を握って。悔しそうに俯いて。
でも。
「……そうだな。もう、寝るか」
しばらくすると。
いつものように冷静なキアロくんに戻っていた。
でも。
さっきの姿を見たから。
僕には分かった。
いつもの冷静さの裏側に。
たくさんの感情を隠していたんだって。
そして。
僕はキアロくんにパジャマを貸す。
「これ、使っていいよ!」
「すまない」
キアロくんは素直に受け取る。……が。
「……むむ」
次の瞬間。
服は。
今にも張り裂けそうなくらいビヨーンと伸びた。中央にプリントされた犬の絵は。まるで今にも。「助けてッッ!!」と叫びそうなほど限界だった。
その様子があまりにもおかしくて。
「プッ……!!あはははは!!!」
思わず吹き出す。
さっきまでの重い空気が。
一瞬で消えてしまった。
「……」
キアロくんは困ったような顔をする。そして服を脱ぎながら。
「す、すまない……」
と申し訳なさそうにした。
「いや……ふふっ……ごめん、でも……」
笑いながら言う。
「キアロくんでも、こういうことあるんだね」
「……?」
「なんか、ちょっと安心した」
いつも完璧に見えるキアロくん。
でも。本当は悩んだり。傷ついたり。笑ったりする。僕たちと同じなんだ。
結局。
キアロくんは上半身裸で。ベッドに寄りかかって、一緒に寝ることになったのだった……。
静かな夜。さっきまで泣いていたキアロくん。でも今は。少しだけ穏やかな顔をしていた。きっと。全部解決したわけじゃない。家族への傷が消えたわけでもない。
でも。
一人じゃない。
そのことだけは。
少しでも伝わっていたらいいなと思った。




