第十一章 そして、新たな展開へ
グリザイユくんが街の英雄になってからは、毎日忙しそうだった。
あの日から。街の人々の見る目は大きく変わった。今まで恐怖に包まれていた街は、今ではグリザイユくんの名前を聞くだけで笑顔になる人が増えた。
けれど。
英雄になったということは、それだけ注目されるということでもあった。
バロロさんに押し掛ける大量の着信。次々と届く取材の申し込み。メディアからの大量のインタビュー。
最初は「すごいねえ」と笑っていた僕たちだったけど……。
その量は、想像以上だった。朝から晩まで鳴り続ける魔法通信。休む暇もないほどの連絡。流石のバロロさんも、少し疲れた表情を見せることが増えていた。普段、どんな状況でも冷静で。何が起きても落ち着いて対応するバロロさん。そんなバロロさんが。横暴なメディア取材者の対応には、流石に少しだけ怒っているようだった。
でも。
そんな時。
グリザイユくんは……。
「いいよいいよ~!全部答えてあげるっ!でも、あんまうちのバロロさんに迷惑かけると……分かってるよね?」
「ひ、ヒイイイ……!?」
笑顔だった。
いつもの明るい笑顔。
でも。その目だけは全然笑っていなかった。グリザイユくんは、英雄としてではなく。仲間を守るためにそこに立っていた。自分のことをいくら聞かれても気にしない。でも。大切な仲間に迷惑をかけることだけは許さない。それが、グリザイユくんだった。こうして横暴なメディア取材者を黙らせていた。
……やっぱり。
グリザイユくんは、どれだけ有名になっても変わらない。
僕たちの知っている。
大切な仲間のままだった。
——そして、あの表彰式から、二週間が経った。
街ではグリザイユくんの名前を聞くことが増えた。
英雄。
そう呼ばれるようになった。
でも。
僕たちにとっては、何も変わらなかった。いつものように笑って。いつものように騒いで。いつものように、一緒に過ごしていた。……だけど。
そんな日々にも、少しだけ変化が訪れる。
グリザイユくんは、兄さん……ボス直々のお願いで、別件の任務に行くことになった!
それも、重要な任務らしい。
バロロさんもついて行く。
きっと、二人なら大丈夫。
そう思う。
でも。しばらくは会えないかもね。
そう言われた。
やっと。
本当にやっと。
グリザイユくんとまた一緒に笑えるようになったのに。やっと仲直りできたのに……。
寂しくなった。
胸の奥が、少しだけ冷たくなる。また離れてしまうんだ。そんな気持ちが、少しだけ湧いてしまう。でも。グリザイユくんは。
「カゲエちゃんっ」
「?なあに?」
突然、僕を呼ぶ。
振り向くと。
僕の頭に、ポンと手を乗せる。
「!」
いつものような、優しい手。前みたいに乱暴じゃない。ちゃんと大切にしてくれているのが分かる。
「私、特別任務に行ってくるからしばらく会えないと思うけど……」
グリザイユくんは少しだけ笑う。
そして。
「気持ちはいかなる時も、カゲエちゃんのそばにいるよお~!!」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥にあった寂しさが、少しずつ消えていった。
ああ。
もう大丈夫なんだ。
昔みたいに、不安になる必要はない。
離れていても。
僕たちはちゃんと繋がっている。
そう思えた。
「……!うんっ!」
自然と笑顔になる。そして。
「じゃ!」
いつもの調子で手を振るグリザイユくん。その隣には、静かに見守るバロロさん。二人は新しい任務へ向かって歩き出す。
僕は。笑顔で送ることにしたのだった。寂しいけど。大丈夫。だって。グリザイユくんは、ちゃんと帰ってくるから!
◇
その日の夜。
僕は、自分の部屋に向かって歩き出していた。
今日はいろんなことがあった。グリザイユくんを送り出したこと。また少し離れることになったこと。寂しさはあったけど。でも、不思議と前みたいな不安はなかった。きっと。ちゃんと繋がっているって分かったから。
「ふあああ~~眠いー」
大きなあくびが出る。
もうお風呂も歯磨きも済ませて、あとは寝るだけだ。早く布団に入って、ゆっくり眠ろう。
そう思いながら。
僕は長い長い廊下を歩いていた。
静かな夜。
廊下には、月明かりだけが差し込んでいた。
そして——。
窓辺に、白い人影が目に入る。一瞬びっくりしたけど。その姿には見覚えがあった。
キアロくんだ。
「あ、キアロくん!おやす——」
そう言いかけた。
でも。
その言葉は途中で止まった。
キアロくんの表情を見て。
思わず体が固まってしまう。
いつものキアロくんじゃなかった。
いつもは強くて。冷静で。皆を守ってくれるキアロくん。でも今は。
その目には——。
大粒の涙が浮かんでいた。
「……ッ」
キアロくんは俯く。
隠そうとしているのかもしれない。
弱いところを見せたくないのかもしれない。
でも。その瞳は、雲がかっていた。まるで、大切なものを失う怖さを抱えているようだった。
僕は……。
「キアロくん……」
名前を呼ぶ。
でも。
何があったのかなんて聞けなかった。
きっと。
キアロくん自身が一番分かっているから。
だから僕は。
少しだけ笑って。
「今晩、夜更かししちゃわないっ!?」
「……?」
キアロくんは不思議そうにこっちを見る。
きっと、予想していた言葉と違ったんだと思う。
「……お菓子でも食べながら、映画でも見ようよ!そういえば、この前一緒に見たバトルアニメ、映画版もあるんだよ~!ミライ・ユくんに夜にお菓子食べてるとこ見られたら叱られちゃうから、こっそりね……!」
僕はできるだけいつも通りに言う。
楽しい話をする。無理に笑わせたいわけじゃない。ただ。今、この瞬間だけでも。一人でいないようにしたかった。
「……」
キアロくんは、言葉に詰まっている様だった。
何か言おうとして。でも、言葉が見つからないような顔。しばらく沈黙が続く。
そして。
「……ああ。分かった。見よう」
小さく。
でも確かに、返事をしてくれた。
「うんっ!」
僕は笑う。
そして、キアロくんの手を引っ張って、僕の部屋へと案内する。
冷たい夜の廊下。一人でいたら、きっと寂しさに押しつぶされていたかもしれない時間。でも今は。二人分の足音が響いていた。こうして。
二人の真夜中の映画鑑賞は始まった!




